夜空ノムコウ
2001/5/18
歌詞はこちらから!
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Song by SMAP
たかがSMAP、と思ってはいけません。スガシカオの楽曲だけあって、なかなかの名曲だと
思います。曲全体の雰囲気も好きなのですが、やっぱり詞が良いですよね。
特に、「あのころの未来に ぼくらは立っているのかなぁ・・・」という詞。
過去に思い描いていた未来と、いま自分が立っている場所は、同じものなのだろうか?
そんな疑問を、僕もずっと持っていました。
中学時代には中学時代の、高校時代には高校時代の、「未来像」があったわけで、もちろん
それは、日々刻々と変わっていく性質のものだったろうけど、その時その時で、真剣に考えて
いたはずです。
これまで僕は、いくつもの選択をしてきました。
尊敬する友人の言葉を借りれば、どちらか(あるいは、何か)を選ぶということは、その時点
において、「それ以外のもの」を諦めるということだったわけで、「もしあの時、○○を選んで
いたら、どうなっていただろう?」と考えてみたこともありました。
誰でもそうかもしれないけれど、迷うことなく選べたものもあったけど、眠れないほど悩んで、
泣く泣く諦めたものも少なくなかったからです。
でも、「 if (もし)」から何かを考えてみることは、それはそれでおもしろい作業だったけれど、
それによって得られたものは、僕にとってはあまり意味のないものでした。
なぜなら、良いことばかりじゃなかったけれど、自分で選び歩いてきた道が、最良の道だった、
と思えたからで、それは、ある意味、とても幸せなことかもしれない、と思いました。
ひとつひとつの選択の上にいまの僕が立っているわけですが、社会に出て丸6年が経ったいま、
ひとつの選択が大きな意味を持つことが多くなってきています。
いままでしてきた全ての「選択」は、いわば、自分の「未来像」に近づくための過程であった
わけで、いつからか僕の中に存在している「未来像の“第一段階”」を具現化すべき時が近づき
つつあることに、かすかな不安と大きな期待を感じています。
ただ選ぶだけで良かったこともあったけれど、選ぶために、あるいは選んだ後に、それなりの
努力が必要になったことがたくさんありました。
今回も、たぶん、今まで以上に必要になるでしょう。
「夢を見る」ことは、誰にでも出来ます。すべてが、自分の内側で完結するからです。
しかし、「夢を追いかける」ということは、当然行動を伴うわけで、ここで初めて、様々な問題と
本気で向き合わなくてはいけなくなります。
僕にとっては、「未来像」=「夢の実現」です。
どんなささやかな夢であっても、叶えたい!と思ったら、自分を信じて挑戦してきました。
部活もそうだったし、就職にしてもそうでした。母校の軟式野球部の監督を引き受けたのも、
そこに「夢」があったからでした。
その結果、たくさんのものを得て、もしかしたら、たくさんのものを引き替えにしてきました。
そして、いま、僕はここに立っています。
もしかしたら、何分の1 程度しか、実現出来なかったかもしれないけれど、すべての夢を
実現するために精一杯やった結果、僕はここにいる、いや、ここにいられるのだと思います。
何故、突然、こんなことを書きたくなったのか、正直言って、よくわかりません。
すこし弱気になっていて、自分の歩いてきた道を確かめたくなったのかもしれない。
僕の中にいるもうひとりの僕が、いつも「ホントに目一杯頑張っているのか」って訊いてくる
のです。それに、「これが目一杯だよ!」って、答えられない自分がいるのが悔しかった。
「お前の仕事は大変だ」って、みんなが言うけれど、自分は、そんなことはないと思っている。
それに、もっともっと頑張ってる仲間がたくさんいるし。
「あんまり自分に厳しくしなくてもいいんじゃない?」と言われたとき、「うん」 と答えつつ、
どこかで納得がいってなかった。 僕はまだまだ甘いのかもしれない、と思えたから。
だけど、矛盾するようだけど、ある友達が言ってくれた、
「頑張りすぎると、見えるものも見えなくなっちゃうよ」
という言葉に、ちょっとショックを受けたことがありました。
確かに、そうなのかもしれない。 もうすこし、肩の力を抜くことも大切かもしれない、と。
“心のバランス”というか、頑張ることと休むことを、バランス良く取り入れるべきなのかも
しれない、と気づいたわけです。 ( “メリハリ”というやつですね )
ピッチングに例えるなら、ストレートとスローカーブの組み合わせ、かな。
もし、いつか僕が、自分の立つべきマウンドに立てたとしたら、最後まで投げ抜くことを目標
にしたいと思う。 試合を壊さないように、一球一球の積み重ねを大切にしながら。
9イニングを投げ終えたとき自分がどこにいるのかを、想像するだけでわくわくするような、
そんな試合になれば良いな。
ホームランを打たれることがあるかもしれないし、三振を取ることもあると思う。
デッドボールをぶつけてしまうかもしれないし、ファインプレーに救われるかもしれない。
だけど、何度ノーアウト満塁になったとしても、あのころと同じように、
「さぁ、おもしろくなってきた!」と、マウンドで空を見上げてみようと思う。
それに、どんなときでも、僕はひとりじゃない。
バックで守ってくれる人、ベンチやスタンドで見守ってくれる人がいる。
そんな幸せを大切にしていきたい。
そして、どんなときも自分らしく歩いていこうと思う。
夜空のむこうには もう明日が待っているから・・・・・。
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