ほどけた靴ひも



 ふいに、いつか見た風景や聞いた話を思い出す瞬間がある。

 

 普段は忘れているくせに、突然甦った記憶はいつも鮮やかで、

そして必ず切ない想い出を連れてくる・・・。

 

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 今日の昼下がり。

 賑やかな家電量販店のPCコーナーを歩いていた僕は、足元に

違和感を感じていた。


 
 視界の片隅に何かが映るな、と思ったら、右の革靴の靴ひもが

ほどけてしまっていた。

 ひもを結ぼうと屈み込んだ瞬間、オーストラリア・ブリスベンで
暮らしていた頃に 韓国人の友達に教えられた話を思い出した。

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 あの時も僕は、いつの間にかほどけていた靴ひもを結ぼうと

 机の下に屈み込んでいた。

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 「おはよう! そんなところで何をやってるの?」

 

 「おはよー。靴ひもがほどけちゃったから結んでたんだ」

 

 「なーんだ。お金でも落としたのかと思ったわ」

 

 そう言って笑う彼女に、

 

 「ホント、お金でも落ちていればいいけどね。

       この靴はすぐにひもがほどけるから困っちゃうよ」
 
 「そんなにいつも?」
 
 「うん。一日に2〜3回は結んでいる気がするなぁ・・・」

 

 僕が真顔で答えると、彼女はこう言って笑った。

 

 「でも、それは韓国ではうれしいことなのよ。


    韓国では、靴ひもがほどけるのは誰かが自分のことを

  考えてくれている合図だって、そう言われているの。

  だから、韓国流に言うなら、あなたはいつも誰かから

   思われているということ。
 
    家族か、友達か、恋人か・・・。
    それは分からないけれど、誰かが自分のことを考えて
  くれているって感じられるのは とても幸せなことだわ。

  だから、靴ひもがほどけるのは、私たちにとってとても
  うれしい合図なの。

 

  あなたもそう考えてみたらどうかしら?」

 

 「悪くない話だね。
    OK、これからは、僕もそう考えるようにしてみるよ。

  この靴は本当にすぐにほどけるんだけど、そう考えれば
    気分的にだいぶ違うものね」

 「そうでしょう? 絶対、そう考えるべきよ」

 

 僕らは誰もいない教室で、そう言って笑い合った。

 

 

 「そういえば、昨夜、家に帰る時にもほどけてたなぁ。
   昨夜は誰が僕のことを考えてくれていたのかな?」

 

 「・・・・・。
   それは、私かもしれないわ・・・」

          

 

   
 
 


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