時代屋 武ちゃんのどじょうすくい放浪記  (復活版)                                

                    動画ーどじょうすくい踊り

武ちゃんのどじょうすくい放浪記」パート8 武ちゃんー1

テレビ「素人名人会」に出場してから友人・知人・近畿大学OB会での間では、時代屋武ちゃんは「どじょうすくいの武ちゃん」として一躍名前が知れわたり、会合がある度に踊り要請の声がかかるようになって、勉強のつもりで各地にでかける。平成12年までのその足跡を列記すると次の通り。
平成11年10月2日〜3日 和歌山県「花園村」・近畿大学梅友会近畿連合「宿泊研修会」
平成11年11月26日    大阪・天満橋「キャッスルホテル」:大阪府社会保険労務士会中央支部「忘年会」
平成12年2月20日     奈良市「猿沢荘」:近畿大学梅友会奈良県支部「25周年記念祝賀会」


                     近畿大学梅友会奈良県支部25周年記念祝賀会にて

平成12年3月17日     大阪・上六「ホテル・アウィーナ」:近畿大学通信教育部・学習会「卒業前夜祭」
平成12年6月11日     神戸「チサンホテル」:近畿大学梅友会兵庫県支部「20周年記念総会」
平成12年5月27日     株式会社松菱京都支店に営業倉庫の見学に行き、お土産代わりに「どじょうすくい踊り」を披露する。
平成12年7月28日     大阪・上六「都ホテル・葛城の間」:中村鋭一会「中村鋭一を励ます会」
平成12年9月17日     JR京都駅前「新阪急ホテル・すみれの間」:近畿大学通信教育部学習会同窓会
平成12年11月3日〜5日 
台北市「ホテル・ローヤル・タイペイ(老爺大酒店)」:日本近畿大学通信教育部台湾学習会30周年記念大会

<武ちゃんのどじょうすくい踊り・海外初公演>
梅友会近畿連合の仲間30人程のツアーで「台湾学習会30周年記念大会」に出席することになり、行くときには踊り衣装を忘れないようにと声がかかり、普通の旅行でも荷物が多いのに旅行バックの他ザル・ピグ・踊り衣装を背中にしょって海外旅行に出発。
第一日目は台北市「グランド・フォルモサ・リージェントホテル(晶華酒店)」で記念式典・祝賀パーティーがおごそかに且つ華々しく行われ、二日目が場所をホテル・ローヤル・タイペイ(老爺大酒店)に移し、梅友会近畿連合と近畿大学からの返礼パーティーの予定が台湾学習会との三者主催の祝賀パーティーとなる。前日から大学から世耕理事長を始め御薗生理事・梅友会会長の棚田教授、目崎法学部長、上野副学長から蒼々たるメンバーの先生方が列席。台湾学習会の方々はと云うと、また政界・財界の蒼々たるメンバーの方が多く、参加者総勢150名とか。
二日目の夕刻、セレモニーの後、乾杯となりアルコールが少し廻ってきた頃、昨夜の宴で司会者に耳打ちしていた通り、アトラクション「時代屋 武ちゃんのどじょうすくい踊り」特別出演となった。大学当局・政・財界のお偉方を前にの演技には最初緊張したが、伴奏ミュージックが流れ出すとそこはそれいつものペースで落ち着いて踊れた、と自画自賛かな?最後のシーンの『皆さん、バイバイ!』と手を振って退場するときに、サービス精神を込めで舞台から落っこちたのだが、終わったあとの司会者との問答で『落ちたのは偶然ですか?演技ですか?』と聞かれ、なりゆきであーなったのです、と答えたが、あの演技も捨てたものでもないな、と内心嬉しくなった。

    

突然入り口の方から武ちゃん走り込んで登場     今日のどじょう(観客)の様子は?      足にひるがくっついたよう!


では皆さん、バイバイ!(舞台から落ちる直前)   踊り終わってから会場内をちょっと歩き回る   どじょうをつかんで司会者のアドリブ会場内は爆笑

影:松村 久氏撮影:松村 久氏
右写真は第一日目の祝賀パーティー最後の締めで「近大節」をやると宴は盛り上がり、会場内に近大節がこだまする

「忠烈祠」前にて一行の記念写真                              中世記念館の入り口付近で民俗音楽の練習風景に出会った

平成12年11月26日    大阪・なんば「道頓堀ホテル」:近畿大学梅友会大阪府支部「納会」
この大阪府支部納会の懇親会場で、同じ会合で2〜3回も踊っていることもありこのままでは見る側に飽きられたり、雰囲気が白けたりすることも懸念、踊る直前、司会者に耳打ち「度々勉強させていただいていますが、この踊りはしばらく封印し、2年間生駒山で修行して参ります。」
とシャレを宣言してしまった。

この踊りの世界に入って2年目の平成12年5月4日、島根県安来市での「安来節資格審査会」を受けに行く。審査会は2回目なので昨年よりも幾分落ち着いた気分で踊れたよう、無事踊りの部・二級に合格する。

資格審
査会の前日は家元の道場で恒例の最終チェック練習が行われ、隣接の旅館・さぎの湯荘では夕方から一宇川会の大宴会が行われる。
下の写真は宴会場での隠し芸(ひょっとこ独り踊りとカラオケでの絶唱?)    
        

平成12年7月2日   全国大会の予選大会に出場、「踊・一級の部」で本部道場代表に選ばれる。
平成12年8月6日   素人名人会の予選を受けに行くが、夏休み・ちびっ子パワーの前に惨敗
平成12年8月15日  「平成12年度・安来節全国優勝大会」に二級・踊りの部で本部道場代表として出場したが無冠に終わる・


      
 踊り終わってヤレヤレといった表情

平成12年10月13日 来春オープン予定の「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」のエンターティナー・オーディションを受けに行く。
               於:地下鉄北加賀屋「スタジオ・パルティッタ」
               ストリート・パフォーマンスの部でどじょうすくい踊りを踊ったら、何故か一次審査合格だった。
平成12年10月14日 「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」オーディションの二次審査は予想通りに不合格。


武ちゃんのどじょうすくい放浪記」パート7武ちゃんー2 

毎日テレビ「素人名人会」出場
毎日テレビ「素人名人会」出場が決まって、友人にポツリと喋ってからは口コミであちこちに伝わり、にわかに武ちゃんの周りが騒々しくなる。近畿大学のOB・梅友会の仲間やルート3のメンバーから「武ちゃんの大応援団」を結成して会場「なんば・グランド花月劇場」に乗り込もう、と持ち上がる。また、勤務先の会社でも同僚・上司が垂れ幕を作って応援に行くぞ、と、これまた大変なことになってきた。

平成11年9月11日(土)、いよいよ本番のMBSテレビ・西川きよしさん司会の「素人名人会」録画撮りの日である。武ちゃんにとって初めてのテレビ出場のため、前日の夜は興奮してほとんど寝ていなかったようだ。楽屋口から入場できるのは5人までのため、梅友会仲間が3人と職場仲間が2人とで楽屋に入る。二組の応援団グループはそれぞれ早朝から入り口で、入場待ちに並んでもらっていたとか?”ありがとう!早朝からご苦労さまでした”。


         花月・楽屋にてー2
 応援に来て貰った仲間・・・楽屋にて                        近畿大学梅友会の仲間と・・・なんば花月・楽屋にて

楽屋に入ると大勢の出場者・応援伴奏者・付き添いの人などでにぎやかなこと。ちっちゃな踊りのお嬢ちゃんはお師匠さんに着付けを直してもらったり、ママさん漫才のグループは壁に向かって漫才の練習に必死のご様子・・・。やがてテレビ局の係りの人に先導されて舞台のそでに移動。簡単なリハーサルの後本番開始となる。トップ出場はにぎやかに女性の歌謡曲だ、歌も上手で名人賞獲得、おめでとう!次は名人賞獲得は難しい民謡のグループで、やはり駄目だった。武ちゃんの出番が近づき、その前の出場は飛び入りコーナーでかなりご年輩のご婦人が「お座敷小唄」を熱唱、少し耳の不自由な方で、司会の西川さんとのやりとりもチグハグで場内大爆笑。鐘が一つ鳴り伴奏が終わっても気づかず最後まで歌ってしまって、またまた大爆笑の渦だった。すぐ後の武ちゃん出場はイヤな予感がした・・・
さて、司会者から『次の方、どうぞ!』と呼ばれて舞台の中央に出ると、まず会場満席の観客に驚く。司会の西川きよしさんが怪訝なしぐさで『何処かでお目にかかった方ですね?』と世間話で、前の出場者の興奮・場内を静めてくれる。西川さんとは以前、時計屋をしていたころからの知り合いで楽屋に出入りしていた頃の話や、審査員の桂文枝師匠とのアドリブを入れたりで身内の出場みたいになってしまった。応援団のグループも興奮してか?二つの大きな垂れ幕を予定より早く上げてしまった様子(後で聞いた話)。でも、大きく見事な垂れ幕を作って頂きありがとう。

 素人名人会ー1        素人名人会ー2
 司会者の西川きよしさんとの昔話が・・・                      審査員の桂文枝・山村楽正・京極・大久保令の先生方

テープの伴奏に合わせ、かすりの半纏・黒のパンツで一文銭を鼻につけ、ザルを頭に腰のピグをピョンコピョッンコと振りながらの登場。伴奏が始まると観客の事は忘れ踊りに熱中するが、舞台上では何故か?伴奏の音量が低く聞き取りにくかった。一番の踊りが終わり、二番の終わり頃になって鐘二つが鳴り、舞台でガクッと足をついてしまった。獲得をねらっていた名人賞はもらえなかったけど、まあ、一つの体験ができて良かった、よかった。最後のフィナーレで出場者全員舞台に揃ったところで、武ちゃんは審査委員長の大久保令さんから「審査委員賞」を頂いて、かくべつに感激の様子。大勢で応援に来てくれた仲間にもなんとか面目が立ったかな?

 素人名人会ー3        素人名人会ー4
 さあ、これが武ちゃんの晴れ舞台?                        しっかりと熱演したが・・・

やがて、舞台から楽屋に移動、衣装を着替える前に日舞で名人賞を獲得した9歳のお嬢ちゃんが記念写真を撮っていたので、あとで二人のツーショットの写真を撮ってもらった。後日、その写真を眺めると「美女と野獣」みたいに写っていた。観客席に行
仲間と一緒に漫才・落語・新喜劇などを鑑賞鑑賞した後、近くの居酒屋で祝賀会ならぬ残念会を開いて貰い、にぎやかな楽しいひとときの一日が終わった。
 素人名人会ー5        素人名人会ー6

 最後に出場者全員揃ったところで審査員賞をゲット     うら若いお嬢ちゃんとのツーショット! 


武ちゃんの「どじょうすくい放浪記」パート6武ちゃんー1

平成11年6月27日(日)、「時代屋 武ちゃん」にとって「踊りの部・三級」獲得後の初挑戦、「安来節全国優勝大会」の出場代表を決める「予選大会」出場の日である。日頃の練習の成果を如何に表せるか?運と舞台度胸も味方につけて頑張ろう、と胸に秘めて安来節の本場・島根県安来市に向かう。
予選大会前日の26日2時頃、お師匠さん・一宇川流家元の道場に出向き、門下生がそろったところで稽古のおさらいだ。20人程の老弱男女の門下生が、かすりの半纏に黒のズボン、豆絞りをして鼻に一文銭をつけて座っていると熱気ムンムンである。練習舞台の最前列には観光客らしき人たちが5,6人見学に来ていた。
  練習風景           練習風景ー2
 
予選大会前日の練習風景                               熱気ムンムンの門下生たち

練習が終わると50mほど離れた鷺ノ湯温泉「さぎの湯荘」に向かい、6時から舞台付きの大広間で一宇川会(一宇川流の門下生)による懇親会が始まる。料理に舌鼓、アルコールが少々廻ったところで恒例の隠し芸大会である。この時の武ちゃんは数ヶ月前からビデオテープで練習している「日向・ひょっとこ踊り」を披露した。この踊りは宮崎県日向市に伝わる民俗舞踊で、赤のはっぴに白のフンドシ、豆絞りと、ひょっとこ面を着用してのエロスと滑稽さが売り物で、結構皆さんに喜んでもらったようだ?
 武ちゃんの「ひょっとこ踊り」ー1        ひょっとこ踊りー2
 武ちゃん 第二の隠し芸を初披露する          ちょっとセクシーなところも持ち味の一つ

翌朝は7時起床、朝食がおわると門下生そろって予選大会・会場(通称・安来節会館)に乗り込む。9時開始、先ずは三級の「唄の部」・「絃の部」・「鼓の部」・「踊の部」から始まり二級・一級・初段・二段・三段・準師範・師範の階級へと審査がなされる。武ちゃんはまだ三級のため初めの方の出場だ。4時過ぎの結果発表は緊張だ、「踊の部・三級」として8月15日から三日間開催される「安来節全国優勝大会」に武ちゃんが本部道場代表に選ばれた。8月の本体会では各支部からの代表と日本一をかけて競うことになる。

平成11年7月11日(日)、近畿大学梅友会奈良県支部総会が奈良市「猿沢荘」で開催され、武ちゃんも当会に招待され「安来節・どじょうすくい踊り」を披露した。

平成11年7月25日(日)、詩吟・日本国風流「東大阪交歓詩吟大会」が大阪府守口市「生涯学習情報センター」に於いて開催され、武ちゃんも独吟をした。大会後は懇親会となり、カラオケが始まると3番目に武ちゃん十八番・どじょうすくい踊りを披露とあいなった。

「安来節全国優勝大会」
平成11年8月15日-17日、島根県安来市体育館に於いて「安来節全国優勝大会」が開催。武ちゃんも三級・踊の部で本部道場代表として出場。前日から家元の道場で最後の特訓を受け、会場の体育館に連れて行ってもらい舞台の様子など下見をさせてもらう。
今大会は審査会や予選大会と違った大きな会場で、また会場の雰囲気も全く違っている。後で分かったことだが本大会は安来市でも大きなイベントであり、安来市長の島田二郎氏も安来節保存会会長として挨拶のあと、来賓席に座っておられた。また、来賓席には安来節四代目家元・渡部お糸さんの姿も見える。さすが、安来節の世界に身をおいている者にとっては晴れ舞台の会場と言うことになる。


  11年度全国大会風景    11年度全国大会風景ー2
  
安来節全国優勝大会の風景               出番が終わった後はイエローのシャツを着て駐車場の整理を手伝ったよ!

開会式、挨拶、審査規定説明のあと三級・唄の部から始まり、絃(三味線)・鼓・踊となるが、各支部から選ばれた出場者ばかりのためさすが強者と言った感じがする。踊りのザルも各流派によって大きさや形も違う。即ち、正調・安来節保存会でも各流派で踊り方や衣装も少しずつ変わっている。
晴れ舞台で武ちゃんの出番が近ずくとやはり落ち着きがない、ソワソワする、ライバルは7人の中から優勝・二位・三位が決まる。出番となり踊った後は、それまでの緊張もほぐれヤレヤレといった安堵感に浸ったのは武ちゃんだけなのだろうか?
朝の9時から夕方5時まで延々と続き、初日は「三級」・「二級」・「一級」・「少年の部」の出場の後、前年度師範入賞者の特別出演があった。その後の結果発表を聞くときは何ともいえない気持ちになる。三級の踊の部となり、武ちゃんは優勝はできなかったけど、なんと「二位(準優勝)」を獲得。天にも昇る気持ちだ、しかし同じ門下生でも入賞できない人もいるわけだし、大きな表現は控えよう。
二日目が「初段」・「二段」・「三段」「準師範」の部出場のあと大師範の特別出場があり、とても勉強になる。三日目は師範の部と、団体の部出場のあと準名人以上の特別出演となり、三日間の大イベントは終わる。

 11年度一日目の入賞者     賞状(三級・準優勝)
 第一日目の一宇川流の入賞者たち(少年の部を含む)              武ちゃんが初めての入賞


武ちゃんの「どじょうすくい放浪記」パート5 武ちゃんー2

安来節「どじょうすくい体験道場]の門をくぐってから一年になる。
少しでも、うまく踊りたいと恒例・月一回の安来節保存会・一宇川流・家元指導の稽古と、月二回ほどの大阪教室・師範の個人指導を受けてきた武ちゃんは、平成11年5月4日島根県安来市・通称「安来節会館」で開催される本部道場「安来節資格審査会」に出場することになる。
初めての資格審査会、不安と期待を胸に5月3日早朝、大きなザル・ピグ・踊り衣装を持って出発。大阪・難波のOCATから高速バスで4時間ほど米子まで行き、米子からJR・安来まで電車、安来駅を降りるとタクシーでかねて調べていた「夢ランドしらさぎ」に向かう。

「夢ランドしらさぎ」では毎週土・日の12時30分から観光用に安来節保存会による公演があると聞いていたので、さっそく会場に入る。そこは既に団体の宴会中の大広間で、定刻になると公演開始、なんと、今日の出演者は安来節保存会の四代目・渡部お糸さんや大師範・糸賀忠義さん等による保存会の豪華メンバーである。太鼓・鼓・絃(三味線)による唄・民謡安来節で始まり、踊り・銭太鼓、関の五本松などに続いて、最後がお待ちかね「どじょうすくい踊り」になると武ちゃんは目を皿のようにして見惚れていた。しかし、踊りの要所・要所では記念にと、カメラ撮影はしっかりとやっていたようだ。さすがに素朴でユーモアたっぷりに踊って、お客さんを喜ばせる演技は見事なものである。四代目・お糸さんの唄も、声がはっきりととおり、聴く者をうっとりさせるものがある。30分間の公演だったが見学に来てよかったなあ、と大満足のうちに会場を出て、徒歩15分程の安来節保存会・一宇川流家元の道場に向かう。家元の道場に着くと、ちょうど大阪教室のメンバー「新人三羽がらす(福ちゃん・進ちゃん・武ちゃん)」が合流し、道場の前で変人三人が写真撮影をする。


   銭太鼓              新人・三羽がらすの写真 
安来節保存会の方々による見事な「銭太鼓」(夢ランドしらさぎ) 大阪教室の新人・三羽がらす(左から進ちゃん・武ちゃん・福ちゃん)一宇川流家元の道場前にて

審査会の前日と言うことで、踊りのおさらいのため各地から一宇川教室の先輩方や新人が続々と到着。3時頃から絃・唄の大師範の伴奏による審査会のための指導を受ける。そこで岡山から来た新人の若い女性・通称「延ちゃん(のぶちゃん)」に武ちゃんはぞっこん、のぼせたみたい・・。こんなきれいな若い女性が鼻に一文銭を付けたどじょうすくい踊りをやるなんて思いもしなかった、と彼は驚いていた。
やがて全員の練習が終わった後、傍の観光旅館「さぎの湯荘」に入り、名物・露天風呂で練習の汗と旅の疲れを流す。6時から大広間で一宇川会の懇親会・審査前夜祭の開始。東は東京・静岡・豊橋・名古屋・岐阜から、西は大阪・奈良・滋賀・岡山までの各地から安来節「どじょうすくい踊り」にはまり込んだ面々の宴会はにぎやかそのもである。まもなくアルコールが廻ってくると、各自・隠し芸の披露が始まる。一般の宴会場だとどじょうすくい踊りをやるはずだが、ここではそれが受けないので、武ちゃんは子供の時から九州で興味のあった一升ビンを持って踊る「よかちん踊り」を披露した。この踊りは珍しさとエロスと笑いが混じった踊りで、結構皆さんに喜んで貰ったらしい。後で仲居さんがこの踊りは面白いのでセリフを教えてくれと頼まれ、メモに書き込んで渡したとか。明日の資格審査会は何のその、宴は深夜まで延々と続いた。

翌日は早朝、旅館からマイクロバスで審査会会場に着くと、先輩に教えられながら手続きの受付から衣装着替え・準備練習などをする。大きな控え室では、出場者大勢が三味線・鼓・唄・踊りの練習を各自で審査直前の練習をするので、そのにぎやかなこと、この上ない・・・。審査の舞台を下見にいくと、舞台に「平成11年度・安来節資格審査会」と大きな垂れ幕があり、こんな晴れがましい舞台でうまく踊れるかな?と、一寸不安がよぎる。
定刻開会、道場長・審査委員長の挨拶のあと、審査は三級「唄の部」から始まり、「絃の部」・「鼓の部」に続き、最後が「踊りの部」である。踊りの部で、まず初めが同じ教室仲間・福ちゃんの審査、三味線の伴奏で舞台に登場、なにしろ舞台では初めてなのでかなり緊張しているのが、舞台の袖で見ていて感じられる。次がいよいよ武ちゃんの出番、いつもの練習の成果を少しでも出せたら良いわ、の気分で舞台に出たけど、どんな踊り方をしたのかまったく覚えていない。2分間踊り終わって舞台を下りたときは、頭の中が真っ白になったような緊張感だった、と彼は後日述べていた。
「三級の部」が終わると、二級・一級・初段・二段・三段の部と続き、翌日が準師範の部の審査となる。審査の結果は夕方の発表となるので、武ちゃん等大阪の新人三羽がらすは2時過ぎ、家元・先輩方に挨拶して先に帰った。我が家に帰り着いてまもなく大阪教室の師範から、大阪の新人3人とも全員合格だよ、と電話を頂きしみじみと嬉しさを味わう。

練習のひとこま  安来節資格審査会風景  出番を待つ一宇川流の門下生      
審査前日の特訓を受ける武ちゃん       安来節資格審査会風景                  審査出番を待つ一宇川流の門下生たち

平成11年5月15日(土)16日(日)は近畿大学の同窓会・梅友会四国連合の総会が開催されると云うことで、大阪支部からも12名程参加することになり、武ちゃんもそのメンバーの一人で、総会後の懇親会で「どじょうすくい踊り」を要請されていた。14日の夕方神戸から友人の車に乗せて貰いカーフェリーに乗船、船中では仲間同志でビールを飲みながらワイワイと話に夢中となる。時代屋武ちゃんはアルコールが入ると仲間内の席ではかなりエッチのところがあり、当夜も、後で聞いた話ではトイレの前に寝ころんだり、かなり悪さをしたらしい・・・・・反省しろ!。でも、仲間に船から海に投げ込まれなかったのが、せめてもの救いかな?
梅友会四国連合の総会は愛媛県今治市「湯ノ浦ハイツ」で開催、四国各県の梅友が大勢参加、懇親会では近畿大学生時代の頃の話に華が咲き、アトラクションもありで盛り上がる。全員の自己紹介が終わったところで、司会者「大阪支部から特別参加の◯◯さんが本場の安来節・どじょうすくい踊りを披露してくれます」との紹介が終わると、伴奏テープにのって一文銭を鼻に付け、ザルを頭に被り腰のピグをピョンコピョンコと振りながら舞台に登場すると、場内どっと湧き全員が舞台に集中。武ちゃんにとって資格審査会後の初公演といったところで、伸び伸びと踊り観衆の皆さんも結構喜んで貰えたようだった、とか・・・。

平成11年5月30日、再挑戦のMBS「素人名人会」の予選会に「どじょうすくい踊り」で出場。2回目にしてようやく予選合格。テレビ出演の本番は追って通知します、と告げられ毎日放送を後にする。予選合格の喜びもあり、そばの「千里の湯」という温泉に入り、ささやかな祝杯をあげて我が家に戻った。(テレビ出演の模様は、次の次「パート7」ぐらいに掲載予定です)


武ちゃんの「どじょうすくい放浪記」パート4武ちゃんー1


毎月、正調・安来節「一宇川勤・大阪教室」での稽古を重ねているうちに、又、人前で披露する機会が巡ってきた。
平成11年1月23日、近畿大学通信教育部卒業生の会「ルート3の会」新年会である。場所は大阪・心斎橋にある「養老の瀧・南船場店」、この会は気心の知れたメンバーだけの30人程の規模なので練習のつもりで緊張なく踊れたようだ。

続いて翌月の2月7日は、これも近畿大学梅友会奈良県支部の「納会」。場所は奈良「三笠温泉」で、この時は来賓として大学本部や近畿二府四県からも支部役員の方々が大勢出席されるので、かなり緊張の度合いも大きかったようだ。50畳程の畳敷きの会場で美味しい当温泉の名物「柳生鍋」をつつきながらの懇親会。開会の辞・奈良県支部長の挨拶の後、来賓大学本部の先生や各支部からの来賓挨拶が終わり、乾杯のあと、しばし歓談。武ちゃん、アルコールが少し入ったところで司会者に耳打ち、控え室に移動、衣装の着替えにとりかかる。まもなく、司会者に合図を送ると、『大阪支部の○○さんが、本場仕込みの安来節・どじょうすくい踊りを披露してくれます』と紹介すると、会場内は一瞬シーンとなり、『あの、くそ真面目な○○さんが踊りをやれるのか?』と驚き、今度は、ざわざわと騒ぎ出す始末。
やがて「ハイ! ドンドコ!ドンドコ!」と伴奏の音楽に合わせ「時代屋・武ちゃん」がザルを頭にかぶり、腰にぶら下げたピグをピョンコ・ピョンコと振りながら登場すると、やんややんやの喝采。これに気を良くした武ちゃんは毎月の練習成果を十二分に発揮して踊りまくったのは言うまでもない。終わって拍手喝采の後は、いつから踊り始めたの?どこでならっているの?とか質問攻めに会った次第。(下の写真は、当日のスナップでーす)


  踊り-A        踊りーB
  さあ!武ちゃん隠し芸の始まり・・・                          どじょうを捕まえたよー!

  踊りーC        踊りーD
  とれた!とれた!うれしいねえ!                では、皆さん、バイバイ!

有頂天になった訳でもないだろうが、西川きよしさん司会の毎日テレビ「素人名人会」を観ていて、よし自分も腕試しにテレビに出場しようと、「素人名人会」出場申し込みの往復はがきを投函する。まもなく、予選会が3月28日(日)、場所は大阪・千里丘の毎日放送・第一スタジオであります、と予選会出場資格の返信が届く。さあ、それからは教室での練習にも熱が入るが、師範には予選通過するまでは、と伏せておく。
予選会当日は朝早く目が覚め、ザル・ピグ・衣装を義理の姉に特別作って貰った袋に入れて背負い、毎日放送のスタジオに向かった。スタジオに着き出場者控え室に行くと、「踊りの部」の部屋になんと、どじょうすくい踊りの衣装を着けた人が武ちゃんを含め3人居るではないか。女性1名・男性2名だが、いくら皆さんが上手でも合格は一人しか採用されない筈。不安がよぎる。
一番目は男性、自己流で練習、老人ホームなどに慰問に行かれて活躍中の御仁、まずこの人は不合格。次は福知山から来られている、武ちゃんと同じ安来節保存会で練習している背の高い女性、予選2回目とかで今回見事予選通過をされた。次が、武ちゃんであったが、初めての予選大会とすでに合格者が決まってしまった後の審査で、かなり不利な面があり、自分の腕の未熟も重なり見事に不合格と相成った。

これも、一種の遊びだから、、、又、 予選の申し込みをしようと思いながら、、、トボトボと帰路に着く。(5月に予選再挑戦の件は次回に・・・)
 


武ちゃんの「どじょうすくい放浪記」パート3武ちゃんー2

平成10年9月13日(日)、それまで「体験道場」で「安来節・どじょうすくい踊り」の基礎だけ教わり、公園などで勝手に踊りまくっていた「時代屋武ちゃん」は、いよいよ安来節保存会・一宇川流家元・一宇川勤准名人の門下生になるべく「正調安来節・一宇川勤大阪教室」の門をくぐる。
朝早く起きて近鉄・瓢箪山駅から日本橋まで行き、そこから地下鉄・日本橋・堺筋線に乗り換え、阪急・淡路駅で下車。家元からもらっていた地図を見ながら淡路商店街を少し歩いて郵便局から左に曲がると、場末みたいな映画館があり、そこを右に曲がったところが大阪教室の道場「お好み焼き・さが」があった。そのお店の女性・有馬さんが店の前で洗い物をされていて「菊池ですが、初めて来ました」と挨拶すると「まだ皆さんは来られていないけど、もうすぐ家元も来られるし2階で待ってて下さい」と言われ、店の奥の階段を上る。
道場には武ちゃんが一番乗り。そこにはどじょうすくい踊りのザル・ピグが10個ほど壁に掛けてあり、また体験道場や全国大会のポスター・安来節の譜面などがずらりと貼られている。まもなく65歳を過ぎたと思われる御仁が階段を上って来られ、話を聞くと静岡県・富士市から家を早朝に出て毎月練習に通っておられる、とか。趣味の域を通り越して道楽と言うか、「人生の生きがい」の一端が見受けられる。

阪急・淡路駅 お好み焼き・さが 大阪教室の一部

阪急・淡路駅も早朝の為、人もまばら ...............................お焼き「さが」・ここの2階が道場 ..........................................稽古道場の一部

9時ちょっと過ぎた頃、大阪教室の塾長・一宇川裕好師範と共に島根県・安来市から指導のために来阪の家元・一宇川勤准名人も来られ、他の門下生の方々もぞくぞくとご到着。愛知県豊橋市や滋賀県・奈良県などから来られている方々を含め、15名ほどの練習生。
稽古は初心者には初歩の歩き方から、中堅の人にはそれなりの、有段者には高度な指導がなされ、後ろで見聞きしているだけでも、さすがだなあ!自分もあんな踊りができるようになるだろうか?と、頭に浮かぶ。今回の無資格者と云うか新人は武ちゃんと、淡路商店会でレストラン経営の通称・福ちゃんの2人で、意気投合し「お互いがんばっていこうな!」と誓い合った。その後、まもなく奈良県川上村から新人(水本氏)が入り、新人三羽がらすトリオの誕生となる。


練習風景ー1 練習風景ー2 練習風景ー3
家元の指導は真剣そのもの.............................教わる門下生も、勿論真剣だ..............................武ちゃんも大阪教室で初めて稽古をつけてもらう

やがて、月に一回の家元・一宇川准名人直々の指導とは別に、大阪教室の祐好師範に週に一回か2週間に一回、土曜日の夕方、個人指導を受けるようになり、少しずつではあるが「どじょうすくい踊り」の輪郭が見え始めたような感あり。
平成11年1月10日(日)、この日は以前から習っている「日本国風流詩歌樟風吟詠会」の初吟会が大阪・上本町のホテル「アウィーナ」で行なわれた。初吟会は樟風会一門の新人・三級・二級から師範・上師範・宗師範の先生方に至るまで全員が金屏風の前で詩吟を発表するもので、それが終わると新年会(懇親会)なる。乾杯の後アルコールも進んでくると、恒例の隠し芸・カラオケコーナーとなり、予め司会者に耳打ちしておいた「時代屋武ちゃん」は、安来節「どじょうすくい踊り」を披露した。
場所は、豪華なホテルの金屏風のある舞台で申し分なし。身内の会とは言え、公の場所で踊るのは初めての経験、緊張し伴奏の音楽に少しはずれたシーンもあったが、大変好評であった。大爆笑で、吟剣詩舞の大先生ななどから「一度、私にも教えてね!」などと、お世辞を言われた。ただ、詩吟教室の仲間からは「詩吟は上達していないが今日の踊りはとても良かったよ!」と、言われたのには、少々耳が痛かった。


初吟会での踊りー1               初吟会での踊りー2

    詩吟の「初吟会」でのひとこま、これで今まで会話をした事もない人まで武ちゃんに声をかけてくれた。


武ちゃんの「どじょうすくい放浪記」パート2武ちゃんー1

あいも変わらず「時代屋 武ちゃん」はラジオカセットを手にぶら下げ、「ザルにピグ」と衣装の「踊りセット」を背中に背負いながら公園などに行っては、道ばたで踊っていた。
その年のお盆(平成10年8月15日)に、故・実兄(2番目の兄)の初盆で故郷の宮崎に帰省することになった。そこで安来節「どじょうすくい踊り」に夢中と云うか、安来節病に取り憑かれた「時代屋 武ちゃん」は「そうだ!故・兄の初盆、親戚が大勢居る法事の席で踊ってやろう、兄もさぞ、あの世から喜んでくれるだろう!」と勝手に決めてしまった。さっそく3番目の兄に手紙を書いて故・兄の身内に連絡、法事の当日、踊りをする事の了解を取って欲しい旨、根回しを怠らない。(その事は、嫁はんに直前まで内緒だったらしい、前もって言うと踊りに反対の嫁はんが、恥ずかしくて宮崎には行けない、なんて言われそう、だったとか?)。航空券も購入、帰省の準備ができたところで嫁はんに計画を発表、しぶしぶ納得させる。

さて、九州・宮崎行きの飛行機内では、ボストンバックは預けてラジカセと踊りセットは手荷物として大事そうに、座席のそばに置く。田舎に着くまでに、一回はどこかで踊りの練習していこう!空港のそばでやろうか?バスターミナルでやろうか?と思案する。空港に着くと嫁はんが「まだ時間が充分あるのでどこか見物していこうか」、と言ってきたので、「うん、それなら「平和台公園」に行こう」と決め、内心では踊りもそこでやることに決定する。

宮崎市・平和台公園にて
.......................................................平和台公園・平和の塔..平和の塔.


平和台公園



宮崎空港から、ザルなどの入った踊り衣装を背中に背負い、ボストンバックとラジカセを手に持ってバスで南宮崎まで行き、そこからまた平和台公園までバスにて行く。

しばらく公園内を写真を撮ったりしながら見物したあと、少し人が集まっているような場所・ベンチの前の芝生の上で、踊り衣装を背中から下ろす。そしてラジカセを包んだ風呂敷きをほどき、唄なし伴奏だけの安来節の音楽を流しながら、皆さんが見ている前で「どじょうすくい踊りの衣装」に着替える。周りの皆さん、何事だ?何をしようと言うのだ?気が狂っているのでは?といった眼差しで眺めている。「時代屋武ちゃん」は、と言うと、最初は内心・ドキドキと恥ずかしいとは思っていたが、安来節の伴奏が流れ出すと恥ずかしさは吹っ飛び、度胸が座ってくるから不思議だ。
衣装をまとったところで、音楽テープを唄入り安来節に切り替え、踊りのスタート、オンとあいなる。

1番が終わり2番目の踊りにはいる頃になると、人だかりと音楽に吸い寄せられ?5〜6人ぐらいだった観客が30人ぐらいに増えていた。やがて、3番目の踊りが終わると拍手喝采!感激の一瞬と言うところかな?そして、何と!観客の一人が200円のおひねりを駕篭に入れてくれると、もう一人が缶ジュースを一つ、差し入れてくれるじゃ、ありませんか、初めての経験で、誠に感謝・感激の一瞬でありました。(この間、時代屋の嫁はんは?と言うと、怒るやら・恥ずかしがるやらで、50メーター程離れた場所から見ていたみたいだった。)

そのあと、公園内の少し離れた場所でもう一回踊ってから故郷の田舎に向かう。

まず、3番目の兄の家に寄り、自動車に乗せて貰って、故・次男の兄の家に着く。すでに法事(初盆)は始まっており、大勢の親戚の人たちが狭い家に所せましと、座っている。しかし、暑い!真夏だから暑いのは仕方がないわなあ?クーラーは?あるけど小さいのが一台だから、大勢の人の熱・体温に負けてっしまっているのだ。やがて、各人の焼香も終わり、懇親会?お祭り?(あの世から故人を呼び、祝う?)に移る。いよいよ「時代屋武ちゃん」の登場となる。
口上、”亡くなった兄がどじょうすくい踊りをやっていたのを2回ほど見ていたが、大阪に出てから思い出して我流で踊るようになった。でも、我流だけでは物足りず、本場・安来市の踊りを見物に行き、基本のさわりを習ったばかりですが、亡き兄の供養のために踊らせて頂きます”、と述べたようだった。その家の親戚の皆さん、本場・本格的な安来節「どじょうすくい踊り」を見るのは、初めてだったようで、習いたての未熟な踊りなれど、子供の頃はあんなおとなしかった「たけ坊」がこんな面白い踊りをしてくれた、と大変喜んで頂いた。涙を出して喜んでくれた身内もいたなあ。亡き兄も草葉の影で喜んでくれているだろう!と、自画自賛。踊ったあとのおしゃべりの中で、
”うまい踊りだった!本当にうまい! こんなんだったら「ひょっとこ踊り」を誰かと2人で踊ったら、すごく面白い踊りになるだろう!”と誰かが言うと、”そうだ!そうだ!”と、他のものが言い、周りの者もうなずいていた。これが、武ちゃんにとっては曲者で大阪にもどると、「ひょっとこ踊り」とは?、どんな踊り?どこの県の踊り?始まりは?ストーリーは?と、云ったことを調べ出し、今は「どじょうすくい踊り」の練習と並行して日向「橘・ひょっとこ踊り」研究会なる同好会を造るに至っている。


武ちゃんの「どじょうすくい放浪記」パート1武ちゃんー2

 平成10年5月2日、この日が「時代屋 武ちゃん」にとって、幸か不幸か「安来節・どじょうすくい踊り」放浪旅立ちの日となった。以前から武ちゃんは、鼻に一文銭を、腰にピグ(ざる)を下げてぴょんこ・ぴょんこと尻を振りながら素朴に踊コミカルな隠し芸にとても惹かれていたようだ。
 「田舎もんも、やっぱ、ほんまもんがええ!」、一度「どじょうすくい踊り」の本場・島根県安来市を訪れたいと思っていた武ちゃんは、ついに思い切り、安来市観光課に電話、安来節保存会の師匠を紹介して貰う。そして、いよいよ5月2日から二泊三日の安来節研修旅行とあいなる。
着いた所が「どじょうすくい体験道場」と大きな看板のある邸宅、兼「安来節屋」と屋号のかかったせんべい屋さんで、1階のお店で挨拶もそこそこに通されたのが2階の道場。ビデオ装置付きもある檜づくりの立派な舞台と言うか稽古道場に、そのみごとさに圧倒されそうだった。

JR・安来駅前の観光案内所                  安来節屋  
 JR・安来市駅前の観光案内所                         どじょうすくいの里「どじょうすくい体験道場」&「安来節屋」

 早速、そこの師匠さん、「今まで自分が踊ってきた踊りをみせんね(踊りなさい)」と言われ、我流の踊りをしぶしぶ踊る。終わった後で苦笑いしながら「邪道な踊りだな」と言われ、内心(当然でしょう!本場の踊り・基本の踊りを知らないから、大阪からわざわざ見物がてら、習いにきたんでしょうが?)と言いたかったが、ぐっと我慢、「ハイ!恐れ入ります」。やがて、前半は歩き方・腰の落とし方・手の動作・鼻の一文銭および豆しぼりの結び方など基本を教えて貰う。後半は1番から2番・3番とストーリー及びリズムの取り方等を教わった。その日は習うことが多く、また腰を下げての踊りの為、足・腰がガタガタみたいになって、旅館の温泉につかる。また、余談だがこの旅館の温泉が露天風呂つきで素晴らしい。昼間の疲れがすっきり取れるみたいだ。二日目は前日の復習から、うら覚えの1番から3番までをかろうじて踊り、あとは悪いクセ、ポイントなどを直して貰い、最後は伴奏音楽に合わせてフルコースの踊りで締めくくり。習った師匠というのが安来節保存会・一宇川流家元・准名人の一宇川勤氏。武ちゃんはその師匠の人柄・芸風にぞっこんまいってしまい、これが運命の分かれ目というのか、以後「どじょうすくい踊り」にどっぷりとつかってしまい、どじょうのいそうな小川からはい上がれない状態が続いている。また、家族・親戚からも困った病気になったもんだ、と白い目で見られているのを本人は知っているのだろうか?


 舞台稽古場
       家元の写真
 
 みごとな舞台稽古場                            一宇川流家元・准名人

「どじょうすくい踊り」初段の修了証





















終特訓の後、「時代屋 武ちゃん」は体験道場の「どじょうすくい踊り」・「初段」の終了証を授与される。
これで武ちゃんは、感激!益々、安来節「どじょうすくい踊り」の虜になっていくのである。


安来節研修も終わって、帰り際に練習用のビデオテープ・伴奏用カセットテープ及び衣装セットを購入する。そして師範が、「大阪にも教室があり、月に一回私が教えに行っているのでまたのぞいてご覧」といわれて帰路に着く。さあ!帰宅してからが、また大変。誰もいない部屋で一人、ビデオテープを見ながら踊りの練習。順番を覚えると、次は道具・衣装を付けての伴奏に合わせての踊り。安来節の本場で准名人に踊りの基礎から習った、一人前の踊りが出来るようになったと錯覚すると、次は人前で踊りたくなりウズウズする。土・日曜日になると野外練習に行くと称して長居公園に始まり、中之島公園・天王寺公園・大阪城公園に大型ラジカセ持参で恥も外聞も忘れ、一人、どじょうすくい踊りに明け暮れる日が何日続いたことだろう。一度は、詩吟教室の先輩が「大阪城公園で武ちゃんが一人で踊っているのを見たけれど、連れもいるし、カッコ悪いから声かけなかったよ」と言われた、と言うエピソードもある。
 当時、武ちゃんは某大学の校友会・同窓会の役員をやっていたようで、大胆にもその同窓会・執行部会の懇親会で「こけら落とし」と言うのか、屋内での初披露をやってしまった。今思えば踊りが伴奏に合っておらないばかりか、腰が高くピグもゆれていない、未熟この上ないのに、身の程知らずと言うか、ただ呆れるばかりだ。ずいぶんと恥をかいたことだろう・・・。

                       武ちゃんー1                      



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