<旅の報告 その15>
道中記 パート15
「時代屋 武ちゃんの安来節全国放浪の旅」
どじょうすくい全国修行の一人旅・・・旅日記
<→宮崎・大分・愛媛→>
10月12日(水) 武ちゃん、左肩に激痛はしる・・・
一昨日、本籍地の公民館での公演で、少しはしゃぎ過ぎて演技をしてしまったのが原因かどうか分からないが、昨日から左肩が激痛があり、肩が上にあがらなくなった。無理して左腕をあげるとピリッと痛い。朝起きるときも、右の方に傾いてから起きるようにしている始末だ。車のハンドルを回すときも、突然、激痛が走る・・・(汗)。
9時半ごろ、日向市役所の観光振興課を訪ね、荻原さんはいらっしゃいますか?と聞くと、ずいぶん前から担当が変わったらしい。「ひょっとこ踊り」と初めて出会ったのが、萩原さんの紹介だったのである。窓口で、保存会の人を紹介して欲しいのですが?と聞くと、保存会の方々は、イベント行事や8月の「ひょっとこ祭り」になると練習などの会合を持つが、それ以外は、それぞれ仕事をもっているので直ぐには会えないと言われた。やむなく役所の窓口で資料をもらい、次にJR日向駅前の観光協会に行って、ひょっとこ踊りのビデオテープを購入した。
その後、保存会とは無関係だが「ひょっとこ踊り」を継承している五十嵐神社を訪ねることにした。ここで引き継いでいる「ひょっとこ踊り」は、保存会でやっている振り付けとは少し違って、上品と云うか、色っぽい派手さがない、神事の一環としての踊りだと教えてもらった。神主さんはお出かけなので、奥様に色々と伺って失礼した。
日向から延岡に行って、美少年の頃お世話になった勤務先の奥さま、内田さまに会いたいと電話をしたが、通じない。何度もかけたが留守電になっている。ついに諦めて、次の目的地、大分県佐伯市方面に向かうことにした。
13時、道の駅「やよい」に到着、さっそく駅長さんを訪ね「この道の駅広場で、安来節・どじょうすくい踊りの野外公演をさせてください」と相談すると、駅長さんの上に、もう一人責任者がいるということで、只今外出中なので即答できない、と言われた。でもその駅長さんは、近くに老人施設「デイケアサービスセンター」があるので聞いてみましょう、と電話をしていただいた。先方は、先ず会ってからと云うことになり、下見も兼ねて施設に行き担当者と交渉。明日の11時から30分間の公演をさせてもらうことになった。
道の駅に戻り、「やよいの湯」でゆっくり入浴しながら肩の痛みを気遣う。休憩室で夕食を摂っていると、人の良さそうな地元の人らしき中年女性が二人で食事をされていたので、『病院関係者の方ではありませんか?実は、どじょうすくい踊りを紹介しながら全国を廻っている途中なのですが、急に肩が痛くなって困っているところです・・』と、藁をもつかむ気持ちで、声をかけた。すると『これから私たちも帰ります、近くに診療所がありますから、そこの先生に診てもらいなさい、今から先導しますよ!』と言って、案内され、「辛島医院」は夜遅いので閉まっていたが、トントンと叩いて辛島先生に診ていただくように、交渉していただいた。ただただ深く感謝するのみ・・・。
診察室に入って、しばらくすると先生曰く『これは直ぐには治りませんよ、明日から安静が必要です』と、言われた。若者だったら「ウッソー?」と言いたい程、ショックを受けた。ガクンと意気消沈・・・。『全国修行の一人旅が、あと20日間残っているのですよ、なんとかならんものでしょうか?』と訊ねると、『今日は注射を打って薬を出しますが、一時的に痛みがとれても完全には治りません。なるべく安静にすることです』と言われた。明日は隣の「デイケアサービスセンター」で公演することになっています、と云うと、公演時刻までにもう一度来なさい、と言われ、明日の朝、もう一度伺うことにした。治療費は?と聞くと、担当がいないので明日まとめてもらいます、と言われた。旅の出発前に遠隔地用の保険証を作ってもらったが、初めて利用することになった。先生には深く感謝、お礼を述べ道の駅に戻って、寝床の準備をする。先生曰く『原因としては、夜になると、身体の方は今までの使い過ぎで疲労が溜まって身体の方は休みたいと思っているのだが、心・精神は旅の緊張というか、高ぶっているので、ゆっくり休むことができない。そんなアンバランスの時期に、少し無理な動きをした為に症状が出たのです』と言われた。そういえば思い当たる伏しが・・・。

大分県南海郡弥生町の「からしま医院」 夜中に突然おじゃまして、肩の激痛を治療して戴きお世話になった辛島先生・” ありがとうございました ”
家元さんから電話がかかり、10月25日に安来市長さんに旅終了の報告に行く日程が、市長さんのスケジュール都合で24日に変更になったとの事。すぐに大阪の松岡先輩に、日程変更の電話を入れ、また安来市の「さぎの湯荘」女将さんにも電話をいれて宿泊の予約をしておいた。
だが、今の段階は、肩の痛みがやわらいで、スケジュールを無事に消化できるように願うのみ、・・の心境だ・・・!
10月13日(木)
道の駅「やよい」駐車場で8時起床、左肩の痛みがやわらぎ、ひと安心した。駅の売店は9時から営業のため時間調整、朝食を済ませて昨夜お世話になった「からしま医院」に行く。辛島先生に昨夜からの症状結果を報告し、注射を打ってもらい精算をすませ、本日11時から公演予定の大分県佐伯市社会福祉協議会、デイサービスセンター「やよい」へ「武ちゃん号」を乗り入れる。病院を出る前、診察室で辛島先生に、『この度は、大変お世話になりました、このご恩を忘れないためにも、将来、ネットのホームページか、小冊子を発行するかもしれませんので、その時のために、先生の写真を撮らしてください!』と、お願いした。辛島先生は、照れくさそうにしながら『いいですよ♪』と了解いただいた。辛島先生が立ったままの姿が一枚しかない、今思えば、もっとポーズに注文をつけて、椅子に座って診断中の写真も写しておけば良かったな、とちょっぴり後悔・・・。
施設に荷物を運びいれていると、担当職員の方が控え室まで運ぶのを手伝っていただき、公演会場を拝見する。11時からスタートの予定だったが、施設側の都合で10分繰り上げての公演開始となった。見物の皆さん方は、急な話だったので30名程と少なかったが、皆さん方は熱心に見ていただき、結構喜んでいただいたようで嬉しかった。「武ちゃん」は?と云うと、左肩をかばいながら、何時、肩に激痛がはしるか不安を感じながら30分間の舞台を無事に終了することができた。できるだけ左の手は使わないように、右手を主体に使うようにした。
責任者の河野様が『急に公演が決まったので、今回は皆さん方の集まりが少ないです。次回には、当方のイベントに是非、出演依頼をしたいのですが、来てもらえますか?』と、ありがたいお言葉をもらった。「やよい」の舞台が終わったあと、「からしま医院」に再度立ち寄りお礼を述べて、次の目的地、別府温泉に向かう。別府温泉では公演の事は忘れて、肩の痛みを和らげるために、のんびり温泉に浸かりたいと思っている。
左肩をかばいながらのドライブ・・・途中、臼杵石仏の表示が目に止まり、自然とその方向に武ちゃん号を走らせていた。ずいぶん前、20代の頃、観光資料を見ながら、一度は野原にポツン・ポツンと無造作に並んでいる臼杵の石仏郡を見たいと思っていたのだ。10キロほど走ると到着、入場料を払って、ボランティアのガイドさんに説明してもらいながら30分間ほど見物してまわった。だが、今まで頭に描いていた「臼杵の石仏」のイメージとかけ離れている。野原にたたずむ素朴な石仏と思っていた。」この疑問をガイドさんにぶつけてみると、『ガイドを始めて経験が浅いので詳しく知りませんが、野原の石仏は風雪などから損傷を防ぐため、また、観光資源として、丈夫な建物?洞穴などを造って管理するようになったようです』と言われた。従って、立派な建物に管理されているけれども、何時頃、誰が作ったものか?年代がわからないのだそうだ・・・。いつの日か、訪問したいと残していた資料を引っ張り出して読むと昭和42年5月1日初版・九州の旅・株式会社山と渓谷社・発行とある。そのくだりを記してみよう
「臼杵石仏」:臼杵川の支流深田川をさかのぼると美しく開けた水田をめぐる周囲の丘陵のあちこちに、誰がどうしてこのようなすぐれた仏像美術の傑作をこんな山あいに残したのかと、誰もが首をかしげる磨崖仏の傑作の数々。ホキ石仏、堂ガ迫、山王石仏、古園石仏、門前石仏などの数群に分かれ、大小70余体が、小さな谷や丘をへだてて並ぶさまは、ほんとうに仏の世界に踏みこんだかと思わせるに十分。大部分は平安藤原期のもので一部に鎌倉時代の作もあるが、とにかく、わが国でもっとも大規模な、そして手法においてもっとも優秀な石仏群で、国の特別史跡に指定されている。中でもホキ石仏群の弥陀三尊と古園石仏群の大日如来仏頭は最優秀作とされている。(「山と渓谷社」より)

40年程以前から、野原に残されていた臼杵の石仏群 現在、建物の内部に保管されている臼杵石仏
臼杵石仏を見学のあと別府温泉に向かうが、別府温泉という「地名」がないので困った。交通整理のガードマンや工事中の人に聞いても、そんな地域はないよ、と言われる始末。JR別府駅前の旅館案内書で聞くことにする。別府温泉とは別府市内にある温泉の総称だそうで、旅館の多くあるのが昔から「地獄めぐり」で有名な鉄輪温泉で、あと観音寺温泉、湯山温泉、塚原温泉、湯布院温泉などがあるそうだ。駐車場つきの古びた温泉旅館で1万円ほどの旅館を紹介してください、と頼む。鉄輪温泉でホテル「やまと」という厳めしい名前の旅館を予約して、途中から細い道を武ちゃん号を走らせると、どうにか無事に到着。別府に着いたら、しなびた古い温泉旅館でのんびりしたいと思っていたが、思いがピッタリの旅館だ、駐車場では旅館のお兄さんが『いらっしゃい、昨日か一昨日、お客さんの車・武ちゃん号を国道で見かけましたよ!』なんて言われた(笑)。
旅館の設備は、砂風呂が工事中で入れません、と言われ大浴場?だけだが、一人のんびりとゆっくり温泉に入り、疲れを癒すことに努める。旅の出発前には、別府温泉で少々破目をはずして、夜の街に繰り出したいと思っていたが、直前になって左肩の痛みが発生して、それどころではなくなってしまった・・・(爆笑)。
10月14日(金) 九州をあとに・・・
別府は今日も雨だった・・・・・♪
左肩痛みの件が気になり昨夜は熟睡できなかったみたいだ、あるいは酒の飲み過ぎかな?反省。身体は疲れているので休みたいと思っているのだが、精神は高ぶって、興奮していて眠れないのだ、と一昨日診てもらった辛島先生がおっしゃった通りだな、と思い出す。今日は酒を抑えよう・・・(笑)。
8時に起床、朝食が済んで朝風呂に入る。別府・鉄輪(かんなわ)温泉「ホテルやまと」の温泉は、静かでゆったりとして良かった。旅館の外を眺めると、雨がシトシト降って温泉の湯煙が上がって風情がある。しかも、古びた温泉旅館、探し求めていた宿に初めて出会った。だが、昨夜のビール代は一流ホテル並みだったな(笑)。
10時、旅館に別れを告げて別府港に向かう。車検証を持って四国・松山行きの乗船券を買おうとしたら、車は別府から乗れませんと言われてビックリした。国道10号線を大分港まで武ちゃん号とドライブ、大分港には11時に着いたが、乗船券の発売は14時半から、出港は16時10分だ、かなりの時間待ちが必要だ。そうだ、昨夜で日記帳の用紙がなくなっていたのを思い出し、コンビニまでノートを買い物に行った。
15時からフェリー乗り入れが始まったが、松山行きの組は最後の乗船となった。でも、下船の時は、武ちゃん号が一番先だな、と頭をよぎる。大きな船だ、後方に並んでいるドライバーに記念写真を一枚撮ってもらった。乗船すると、かなりの広いスペース、二等席は4階になっていたが、乗客は多からず・少なからずで快適だった。但し、左肩の痛みが少し気になる・・・。
左肩に爆弾を担いでいるようなブルーな気分で大分港を出港して四国・松山港お目指す。船の名前も「ブルーダイヤモンド」と書いてある・・・(笑)。
大分港を出発前の「ブルーダイヤモンド号「と「武ちゃん号」
船内では、ちょっと贅沢な食事をした。但し、今回は珍しくアルコール抜きだった。4時間ほどの」船旅も終り、」松山港に着くと大雨だ。下船して少し走ると関西汽船営業所があり、その前に聡明が明るい駐車場があったので、ここに車を停めて、明日の朝まで仮眠しようと営業所に入って相談する。『明日の朝、ここで待ち合わせしているのですが、どこか、朝まで駐車させていただく場所はありませんか?』と相談すると、車を停めた時点から、派手な武ちゃん号を監視していたようで、『あの車ですね、今、車を停めた場所に駐車していいですよ!』と言われてホッとする。雨はドシャ降りの状態、車に戻って寝床の用意をして横になるが、なかなか寝付かれない・・・。
明日は8時頃、近大梅友会愛媛県支部の渡部支部長にお会いして、施設を三箇所訪問公演の予定だ、がんばろう!雨がやんでくれるといいなあ〜。
10月15日(土) 四国入り
関西汽船松山営業所前の駐車場で7時起床、外はまだ雨が降り続いている。8時に近大梅友会愛媛県支部長、渡部氏に電話を入れると、11時にJR松山駅前の郵政ビル駐車場で待ち合わせすることになった。定刻、支部長と初対面の挨拶、昼食をご馳走になり一回目の訪問先、デイサービスセンター「第二権現荘」に案内してもらう。四国では知人・友人のお世話で訪問先が決まっているので心丈夫だ。ここの施設も、前もって連絡してもらっているので、皆さん方が楽しみに待っていてくださる。舞台公演の時間は30分間だったが、皆さん方が熱心に見ていただき、楽しいひとときを過ごす。
次の訪問先は姫原特別養護老人ホームに向かう。途中、梅友会で以前からお世話になっている愛媛県支部・吉田名誉支部長に再会する。次の舞台公演時刻まで時間が迫っていたので、つかの間の挨拶だったが嬉しかった。道中は渡部支部長が先導してくれるので、とても助かる。二回目の講演は、時間がたっぷりあると聞いていたので余裕をもって舞台を務めた。処が、舞台を下りると臨時マネージャー?の渡部支部長が、次の講演時刻まで時間がないです、と言われ急いで次の訪問先に向かう。
三回目の訪問先は養護老人ホーム「りつりん館アドバンス」で、到着すると入所の皆さん方が既に集まって待っておられた。応援に駆けつけていただいた愛媛県支部の大西会報委員長にも手伝ってもらい、急いで準備をして公演開始となる。45分間の舞台を下りると支部長が、次の歓迎食事会の予定時刻が迫っていると言われ、急いで舞台衣装を着替えて車を走らせる。なんと、今日のスケジュールのあわただしい一日だなと、ちょっぴり驚いた。

松山市内の料理店で渡部支部長、平塚先輩、大西会報委員長と僕のの四人で食事会、美味しい料理をご馳走になった。近大梅友会の仲間はいいな〜と、つくづく思う。距離が離れていても、会うと直ぐに意気投合、友人として付き合ってくださる。皆さん方とお別れし、市内のビジネスホテルにお世話になることになった。梅友会愛媛県支部の皆さん、色々とありがとうございました。