真夏の炎天下の下。蝉の叫び声が耳に障る。だからといって別に不便なわけじゃない。
 隣に居る、俺を呼び出した彼女は、呼び出しておいて話を切り出しにくいのか、携帯ばかりいじっている。

  なので、俺も一人だけ残されて淋しい男に見られないようにと、誰も俺達のことなんて見ていないのに、携帯をいじっている。
 そう、メールを送るわけでもなく、いじっているだけ。過去の受信履歴を見て、俺が送った返信を考える。

『明日、会える?』

『悪い。明日は忙しい』

 

『今日、何の日か覚えてる?』

『バイト中って知ってるだろ。そんなこと今送るな』

  後で分かった事だが、その日は彼女の誕生日だったらしい。

 

  ……暇つぶしにもなりやしない。

「ねぇ」

  とうとう彼女は口を開けた。正直、話は分かっている。
 俺も止める気は無い。すっと流してさっさと帰ろう。もう、めんどくさいし。

「……暑いからさ、アイス買ってきて」

  はぁ?

  まだ切り出せないのか。別に急いでるわけじゃないが、すぐに終わる事ならすぐに終らせてほしいもんだ。
 でも、なんかこちらから言ってしまうと、冷たい男と噂が流れてしまうかもしれないのがイヤだった。

「ああ。何がいい?」

  椅子から立ち上がって、すぐ近くにあるコンビニの方へと歩き出す。
 後ろから、何でも良い、と小さく聞こえてきた。

 

 

       100円のプレゼント

 

 

  コンビニでアイスを選ぶ。カップに入ったやつを掴む。

  俺は一体何をしてるのか。これからはもう話す事も無いだろう女に、何おごってやろうとしているのか。
 でも、そんな文句を頭の大部分で考えながら、奥のほうで、チョコが好きだったよな、なんて考えてる俺が嫌になった。

  俺の分は買わず、あいつの分だけレジに置く。お、後一円でちょうど出せるな。
 後ろに向かってバトンをもらうように手を出して、一円、と言い出す寸前に、誰もいないと言う事に気づいた。
 それを見ていない店員だが、なんとなく恥ずかしく、その後ろに出した左手をポケットに突っ込んで、
 ポケットの中に小銭が入っていないかを確認したようにした。

  いつもなら、ここで、何してるの、とか、こっちが恥かしいって、とか、色々と突っ込みがあるはずなのだが、
 それが無いと、こうにも恥かしいのか。
 店員から、アイスを袋に入れずにそのまま受け取って、コンビニを後にした。
 まだ、いるのだろうか。もしかしたら、言葉を考えるためではなく、置手紙でもするために俺を遠ざけたのかもしれない。

  と、思っていたが、彼女はさっきと同じところに座り、木陰の中で目の前に広がる池を眺めていた。

「ほらよ」

  買ってきたアイスを下手投げ。俺の声に気づいてこちらを一瞬見た後、自分に向かってきている小さな物体の方へと視線を向けた。
 そして、それをキャッチして、ありがと、と小さく言った。もちろん、その言葉は、俺を向いてなんかはいなかった。

 

  どれくらい経ったのだろうか。
 彼女は話を切り出さない。そろそろこっちも限界だ。暑すぎるし、暇すぎるし、いい加減にしてほしい。
 どう言ったら俺を傷つけないかとかを考えているのだろうか。
 何をどう言っても、俺は傷付いたりしない。もう、何を言われるかは分かっているから。
 もう、俺から切り出したほうがいいのかもしれない。
 考えてみりゃ、振った女なんかよりは、振られた女の方が、次の男が見つかりやすいのかもしれない。
 そうなら、俺から言ってやるべきなのだろうか。

  ……ダメだ。俺ってやっぱりダメなやつだ。そこまで考えれたのに、その後の別れの言葉が思いつかない。
 傷つけないようにするには、なんて言えばいいのだろうか。言う言葉が見つからないから言わないでおこう。

  ……と、言い訳してる。

  分かってる。でも認めたくは無かった。
 今までの俺がしてきた事を考えれば振られて当たり前。でも、俺は、別れたくない、って考えてしまった。
 そう、一度思ってしまうと、もう止まらなかった。俺の頭の中を、その言葉が渦巻く。
 隣にいる彼女が、口を開くのがいつなのか、怖かった。

「ねぇ」

  ビクッ、と、体が跳ねたのが分かった。今までに無い恐怖感。心臓が胸を突き破りそうだ。
 彼女を見ることができない。なので、首をゆっくりとそちらに向けて、手に握ったままのアイスの方を見た。

「あの、さ……」

  もう、無理か……。

  ここまできたら潔く振られよう。どんな言葉でも受け入れよう。
 そんなんじゃ足りなさ過ぎるけど、今まで俺がしてきた事を、少しでも償えたら、と思う。

  そのとき、彼女の持っているアイスから、ポタ、と水滴が落ちた。水じゃなく、茶色の液体。

「「あ」」

  言葉がかぶる。

  この暑い炎天下の中、ずっと握り続けていたんだ。溶けるに決まっている。
 それが、二滴、三滴……と落ちて行くのを俺達はずっと眺めて続けていた。

「溶けちゃった」

「溶けた、な」

  考えてみればスプーンも持ってきてなかった。そうか、いつもはレジに並ぶのは俺。
 その間に彼女はスプーンやら、袋やらを取っておくのがいつの間にか決まっていた事だった。

「あんたってさ」

  突然、今までのかしこまった口調は消え、いつもの乾いた口調に戻った。

「ホンッと私がいないとダメなのね」

  呆れたような口調に、少しだけ柔らかい雰囲気が混じっていた。

  その言葉に、今までの俺なら、うるさいとかそんなことないとか、意味の無い意地を張っていたことだろうが、
 俺の口から出た言葉は、

「うるさいな。もう一個買ってくりゃ良いだろ」

  と、いつもどおりだった。

  そう言って立ち上がった俺は、コンビニへと体を向けた…

  …ところに、彼女が隣に来た。

「一緒に行ってあげる。私はチョコが好きで、あんたはバニラ。カップ入りの100円のやつね。
 私はちゃんとスプーンとって、あんたの後ろにいるから。小銭足りない時は言ってね」

  まるで、コンビニでの俺の行動を見ていたかのような台詞。
 見ていないはずなのに、ここまで分かっているということは、それほどいつも同じ行動をしていたという事だろう。
 俺は全く意識していなかったが、彼女はちゃんと覚えていたのだろう。二人でしてきたことの一つ一つを。

「はいはい」

  言って。二人で笑った。今日初めて、ちゃんと向かい合った気がする。
 そして、ちゃんと向かい合って笑い会うなんて事は、ずっとしていなかった気がする。

  そんなことを考えながら、俺達は二人並んでコンビニへと向かった。
 まるで、付き合って初めてのデートのようにドキドキしながら、二人くっついて。
 初デートがコンビニということはスルーしよう。

「ねぇ」

  また、彼女が口を開いた。

「今日、なんの日か覚えてる?」

 

  ああ、もちろん。

無料レンタル無料ホームページ無料オンラインストレージ