「おー、あんたなのかー。っても文句言ってもしゃーないしなぁ。これから宜しくな」

  放課後、部活もしてない俺は一人教室で宿題をしていた。  だけなんですけどね。

「え、いや、なに? なんか用?」

「ん、だから、宜しくって言ってんの。うちらあれよ、あれ。運命ってやつよ」

  この子はあれか。頭が可哀想なのか。そっか。ガンバれよ。

「ってことで」

「いや待てぃ」

  腕をつかまれ立ち止まる。振り向くと彼女は掴んでいない方の手をゆっくりと顔の前に持ってきて、ぴっと小指を立てた。

「ほれほれ、ここ。見えるっしょ? 運命の、あ・か・い・い・と!」

「さようなら」

 

 

     「こちらこそ宜しく」

 

 

「だから無駄だって言ってるでしょー。どんなけ引っ張ったって切れないっての。伸縮自在ってやつ」

「………」

「ハサミも無駄無駄ー。ほれ、ぐにょってハサミの隙間にそって曲がった。あ、見えないんだったなー」

  結局、俺には見えないこいつの仮想糸はなにをしても切れないらしい。実際無いんだから切れもしないわけだが。
 あると信じてるわけじゃないが、切ってまえば諦めると思ったんだけど、意外にしぶとい。糸も彼女も。

「なぁ、なにをどうしたら諦めてくれんの?」

「いや、諦めるもなにも運命だから。デスティニーよ。うちの小指とあんたの小指。しっかりと結ばれちゃってるからねー。諦めなさいよ」

  これは、新手なナンパか、もしくは告白なのか。もしかするとそうなのかもしれない。それならばこんな頭パーなやつは勘弁願いたい。
 顔は……中の中。ものごっつい普通だと思う。いや、中の上か……? ってかなにをもって中なんだ? 上の上って誰なんだろ……。  
特上……

「あんさー、じゃあ何すりゃ信じてくれるわけ? そっち証明する方が簡単っしょ」

  確かに。そうだな。さて、相手に決めさせたら有利なやつを言われそうだし、こっちが決めるべきだな。さて……と……

「うん。じゃあさ、糸で結ばれてるからには相手の居場所とかすぐに分かっちゃうんだろ? ってことでこの町内でのかくれんぼだ。俺を見っけれたら信じてやらんでもない」

  彼女は少し考える風をした後、大きく一度頷いた。

「ん。確かにそれなら信じてもらえそうだな。分かった。じゃあ携番教えて。隠れ終わったら電話してよ。ここで待ってるから」

「分かった。大体十分ぐらいしたらかけると思う。諦めた時もこっちに電話くれよ」

  ふっ、と笑って。ありえないな。と言ったあと、彼女は難しいところに隠れろよー、と背中に話しかけてきた。
 言われなくてもそのつもりだ。さぁ、諦めてもらうためにガンバりましょう。

 

 

「はい、はっけーん」

  ゴミ箱のふたを片手で開けながら、彼女は上から覗き込んでくる。体育座りで中に入っていた俺は、なんだか恥かしい気分になってしまった。
 って言うか、ホントに見つけやがった……。え、なに? エスパー?

「どうよ。ソッコーでしょう。余裕過ぎてあくびが出るわ。時間は5分。学校からここまで一直線に歩いた時間でしょ。迷わなかったってこと」

  これは……、ホントにすごいかも……。赤い糸じゃなくたって、彼女はもしかするとなにか超能力の類を持ってるのかもしれない。
 それはそれで面白そうだが、俺は普通の恋愛希望でございます。

「すごいけど……信じる気にはならないよな」

「はぁ? あんたが提案したゲームなのに? ……まぁいいわ。どうせ結ばれるなら早めに付き合っといたほうが良いかな、なんて思ってたんだけど。
 まぁあんたが信じてくれるまではゆっくり待つとしますよ」

  そう言って、彼女は俺がさっきまで入っていたゴミ箱のふたを閉め、それに背を向けて歩いていった。

「ほいじゃ、明日から宜しくねー」

  と、台詞を残して。

 

 

「転校生だったのか……」

「宜しくって言ったじゃん」

  朝のホームルーム。担任とやってきたのは昨日の彼女。糸が繋がっているらしい方の手を上げ、こちらに手を振ってきたおかげでみんなに質問攻めを喰らったところだ。
 転校生、というのはどうやら、いくらか美化されて目に映るらしい。男子の人気はまぁ割りとある方に思えた。かく言う俺も、昨日よりは可愛く見えたりしてる。

「愛妻決定弁当、いるか?」

「なんだ、惚れ薬でも入ってるのか」

「うむ。私の紛れも無く、この上なく美しい『愛』という惚れ薬がな……っ!!」

「そうか。俺学食だから。女子達と食え。今のうちに仲良くしとかないときらわれっぞ」

「不倫するぞ」

「せめて浮気って言って」

 

 

「あいつとあいつ。あいつは……あいつだなー。お、あの先生は結婚できないね。この歳で糸が無い」

  放課後、帰宅部の俺達は教室からグランドを見下ろしていた。彼女の自称、赤い糸が見える能力は結構面白い。
 陸上部のエースは、豪腕マネージャー。(敏腕ではなく、ホントに豪腕) 野球部のキャプテンはバレー部のベンチの子。サッカーの顧問は……残念ながら、らしい。

「なんていうか……、やっぱ今付き合っててそのまま結婚ってやつはいないのかね」

「珍しいと思うよ。やっぱ多感な時期だしさー。それに結婚してる二人の糸がそれぞれ他の方向に向けて伸びてるのを見たときなんか、ちょっと気の毒だねー」

  この一週間、糸とか関係無しに友達として付き合ってみたが、こいつといるとなかなか面白い。
 他人の糸の話で盛り上がったり、自分の糸をたどってこの学校に転校してきた話とか。それに性格自体も俺は好きだ。
 ドラマやら、漫画の趣味も似てるし、多少の下ネタならOKなところも結構好きだったりする。

  でも、だからって俺達の赤い糸を信じたわけじゃない。それは保留だ。もし、糸関係無しでも好きになりゃそれはそれで良いわけだし。
 それが無理だったら、糸とか無視して違う人と付き合えば良いわけだし。今の俺達はそんな関係。

  そしてこれからもそれは崩れないと思う。少なくとも俺は。

 

「あ。あの大学生。小学校の方に糸伸びてる」

  そ、それはちょっと……。ねぇ?

 

「なぁ、ちょっと質問」

  帰り道、ちょっと気になった事があったので質問する事にした。彼女はこっちを顔を上げて見上げてきて、何? と聞いてきた。

「なんで見えるようになったわけ?」

「ああ、それね」

  そう言って、んー、と考え始めた。どうしたんだろうか。

「それがさー、うちにもこれって確証はないんだよねー。うちさ、昔ふつうに死に掛けた事あってさ、そん時にあれよ、あれ。三途の川ってとこでおばあちゃんがいてさ、
 あんたには結ばれる人が待ってるから、まだここに来ちゃダメっていわれた気がしたわけよ。そしたら目が覚めて、左手を見てみたら、見事、赤い糸ってわけ」

  信じられないでしょ? と笑いながら話す彼女。信じられない事ばっかりだけど、この雰囲気は好きだな。あながち、赤い糸ってのも嘘じゃないのかも知れない。

「ふーん。ま、糸が見えるってのは信じちゃいないけど、その話は面白いな。三途の川ねぇ」

  と、そこまで言って、また疑問が一つ。

「赤い糸で繋がってた片方が死んじゃった時って、糸はどうなんの?」

「ああ、空に向かって一直線! だから、顔を上げて目を凝らすと、見えるんだ。自分の片割れが死んでいった人達の糸が」

  悲しいよね、と本当に悲しそうな顔をして空を見上げる彼女につられ、俺も顔を上げる。
 そこにはやっぱり傾いた太陽の色しか目には入らなかったけど、それでも彼女の悲しさを知ることは少しできた気がした。

 

 

  朝食。大雨が降ると天気予報が言っている。警報が出るかもしれないとのこと。そう思うならさっさと出しておいてほしい。
 学校にいるときに出されても意味が無い。まったく、国ってのはそういうところ融通利かないよなー。なんて国に対して文句を言いながら学校へと向かった。

 

「おす、おはよー」

「ああ、おはよ」

「今日も糸は元気に張り詰めてますよ。天然繊維を使ってるんでしょうねぇ。触り心地がいいんですよ。しかも、雨をはじいていますね。素晴らしいです」

  いらない解説を聞きながら、俺の心ん中は結構ハイだった。朝からこいつに会えると、ちょっと嬉しい気分になる。時間を得した気分とでも言うのか。
 この気持ち、分かるやつはいると思うんだけど、どうなんだろうか。

 

「やっぱり警報か……」

  警報が出て3時間、学校の授業を普通に受け、帰る時間になったら警報は解除されていた。
 とはいってもやっぱり今まで警報が出ていたほどの大雨だったわけで、今の雨の状態も、普段では見られないほどの雨の量だったりする。

「これを歩いて帰るのか……」

  メンドクセー、とぶつぶつと文句を言いながら、一人家路を急ぐ。他の生徒達の姿は見えない。雨脚が少しでも弱くなれば、と学校に残っていたからだろう。
 まぁ意味無かったわけだが。

「ううぅぅ……。風も強くなってきやがった……」

  傘を両手でしっかりと持ち、風に耐える。でも傘が耐えれそうに無いかも……。ガンバレー、ガンバレー。

  川の横を歩く。うわー、川の水、もういっぱいいっぱいだな。いつもなら斜面になってる草むらにも届かないほどの水かさなのに、
 今日はすでに斜面の3分の2くらいまで溜まっている。しかも音を立てての速さで流れている。これは……ちょっと感動だな。
 そんなときだった。突然目の前から黒い物体が現れた。それは猛スピードで近寄ってきて、俺の体をかすって向こうへと走っていった。
 結局、正体は車だったわけだが、そのときはそんなこと考える暇もなく、俺の体は確実に川の方へと傾いていた。持ち直せないほどに。

「やば……」

  言いかけたときにはすでに水の中。一瞬何が起こったのかわからなくなる。でも、息ができない事に気づいて、空気を求めた。
 上に出ようとしたのだが、上がどっちなのかが分からない。どの方向に行けば良いんだ? ってか今どの方向向いてんだ?

  何も分からない。ヤバイ。死ぬ……

「うげっ」

  突然、背中に衝撃を覚えた。体が杭に上手く引っかかってくれたみたいだ。また流され始める前にそれをできるだけしっかりと掴む。
 肩にかけていたカバンの紐をそれに引っ掛けて、一安心する。さてどうするか……

  間違いなく、このままでいたら体が冷え切ってオダブツ。ってかそれ以前に、紐が千切れて終わりだ。
 岸までは遠い。泳いでいったら、多分この川が三途の川に変わってる。……うん! 打つ手なし!

  バカか……、そんなこと考えてる暇があったら……、ああ、ヤバイ……ホントにしんどい……。
 雪山で眠くなっちゃうのと同じ原理……? 杭を掴む力がなくなってきた……。もう、ダメっぽい……

  その時、カバンの中に入れてあるものを思い出した。意識が朦朧とする中、エナメルの防水加工のカバンの中は辛うじて無事だった。
 その中に手を突っ込んで、携帯を取り出す。良かった、まだ無事だ……。あ、でも……指が…上手く動かない……

  何とかできた行動は、横を押して着歴を出し、その一番上にあった誰かに電話をかけただけだった。
 それがだれか分からない。かかったのかも分からない。それを確認する間もなく、携帯は波にさらわれてしまった。
 もう……俺ができる事は……無い……

 

  意識が無くなっていく中、最後に見えた気がしたのは、あいつが川の中へ何もつけずに飛び込んできたような光景。
 やっぱり見つけるの早いな……。かくれんぼは完全に俺の負けだったみたいだ。

  でも、多分、きっと、それは、俺の希望、だったんだろう……

 

 

  ふぅ、と目が覚めた。飛び込んできた光景は真っ白い壁。 じゃなく、天井みたいだ。

  あ……? 俺、助かったのか? あれ? 死んだおばあちゃんがいたのに。あ、あれが三途の川……? ホントにあったのか……
 そういえば、おばあちゃん、なんか俺に言ってた気がするんだけど……思い出せないな……

  ゆっくりと体を起こす。背中が痛むが、それ以外は特に大丈夫そう。何日経ったんだろうか。というか、俺はあの状態からどうやって……

「!?」

  そうだ! あいつだ! あいつが来たんだ! あれは夢じゃなくて、ほんとに来てたのか!
 あいつは大丈夫だったのか? 俺がここにいて、生きてるってことは、あいつも大丈夫なのか? どこにいるんだ? えっと、携帯……

  と、左手を見ると、俺の小指に何か紐が見えた。何だこれ? 注射しやすいように縛るやつじゃないし。

  って、これって……、と、急いで糸の先を目でたどる。それは病室の窓へと出ている。
 窓を開け、身を乗り出して糸を見ると、太陽が眩しく、よく見えないが、その糸は上へと向かって伸びていっていた……

「嘘……だろ……」

  そんな……、と膝から力が抜ける。ガクン、と力なく座りこんで、俺は言葉を失った。

『空に向かって一直線! だから、顔を上げて目を凝らすと、見えるんだ。自分の片割れが死んでいった人達の糸が』

  今なら分かる。あいつの気持ちが。そして、自分の片割れを失った人の悲しさも。
 本当に、自分の半身をなくした気分。いつまでも満たされない気分。なにをどうあがこうと無駄な気分。

  何もしたくなかった。でも、あいつの気持ちをもっと知りたかったから、俺は屋上へと向かった。そこなら、空がよく見えるから……

 

「眩し……」

  ドアを開けたとたんに差してきた光に目の奥を焼かれた。それを手でかばいながら、空を見上げた。遠くを見ると、たくさんの線が。

  確かに、悲しい気持ちになるな……

  俺もあの仲間入りか……

  左手を見る。そこにある赤い糸は、真っ直ぐ空へと――は向かわず、真っ直ぐに俺の右へと伸びていた。

「え? あれ? ん? えーと……。んん?」

  処理が追いつかない。さっきは上に伸びて……屋上に向かってた?

  そして俺は今その屋上。糸は右へ。

 

  いつの間にか俺は駆け出していた。

  痛む体なんて気にもせず。

  屋上の端で、フェンスに手をかけてたたずむ背中。

  いつも見ていた人の背中。

  そして、これからも一緒にいたいとおもった背中。

 

  名前を呼ぶ。全力で。

  振り向いて、こちらの顔を見た後、彼女は笑う。全力で。

 

  そして、俺達の糸は重なって、『結ばれた』んだろうな。

  あれよ、あれ。運命ってやつで。

 

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