彼女は来てくれてたんだろう。

  そして僕と触れ合ったんだろう。

  でも、それに気づくのは遅すぎて。

  僕は、君を待ち続けたんだ。

 

『逝き遅れ宅急便。』

 

「あの、天大……天和学院大学ってどうやって行けばいいか知ってますか?」

  背中から突然ソプラノが聞こえた。振り向くとそこには黒い頭のてっぺん。視線を落とすと困った表情の女の子が一人立っていた。

 少し驚きはしたものの、質問されていることを思い出した僕は、できるだけ丁寧に話しかけた。

「ああ、もしかして入学者? ぼ…俺もそうだから、一緒に行く?」

  言ったとたん、彼女の表情がパッと変わる。仮面でもかぶってたのか、というほどに。

 彼女はその大きめな瞳を潤わせながら、僕の手を取った。

「本当ですかー!? ありがとうございます! ああ、神様ってホントにいるのねー!」

  何もそこまで喜ぶ事じゃないだろう、などと考えながら、女の人に手を握られているという慣れない情況に戸惑った。

 その手を離してもらおうと、できるだけ優しく話しかけた。

「あのさ、手、離してくれないかな?」

  よし、今のはいい感じ。彼女に不快感を与えない、自然で優しい言葉だった。

 と、自分で感心していると、彼女は手を握ったまま、僕の顔をのぞきこんでいた。

「な……なに?」

  少し、後ずさり。

「なんで、放すの?」

  空いた距離を詰める。

「なんでって……」

  僕が慣れないからですよ。なんて恥ずかしくて言えなかった。っていうか、そうじゃなくても普通放すだろう。なんで付き合ってもいないのに手をつなぐのか。

 この子……もしかしてちょっとおかしい?

「さぁ! 行きましょ? 連れてってー」

  つないだままの手を両手で持って、ぐいぐいと引っ張ってきた。バランスを崩して、引っ張られたほうへと二、三歩歩いた。でも。

「違うよ。そっちじゃなくて、こっち」

  引っ張られていた手を逆に引っ張った。今度は彼女がバランスを崩して片足で跳ねてこっちへと来た。

 それがおかしくてちょっと笑ってしまった。気づくと彼女が僕の顔をまたのぞきこんでいた。しまった、バカにされたと思っちゃったかな……

「ぷっ……」

  と、彼女もつられて笑い始めた。目が合って、二人で声を出して笑う。

 通っていく人達がみんな視線をこちらに向けていた。

 気づいて、笑いを止める。僕が止めるのに気づいて、彼女も止めた。

「……じゃ、行こうか」

  恥ずかしさを隠すため、僕は彼女に背を向けて速めに歩いた。

「あ、ちょっと速いよー」

  彼女が後ろからついてくる。

  僕たちは道路の脇の細い歩道を、日に数台の車が通るたびに舞う桜の花びらを掻き分けるように歩き始めた。

 

  手をつないだまま。

 

delivery NO.−1  『このゆびとまれ。』

 

「ねぇねぇ、司ー。今日も学食?」

  授業中、隣からのフォルテのソプラノに、ピアニッシモのテノールで返事をする。

「ん、そうだよ。涼夏は?」

「私もそうなんだ。一緒に食べよー」

  授業中に堂々と横を向きながらも、僕に笑いかけてくれるのは嬉しいが、周りと教師の視線が痛い。

 僕が手で、ちょっと静かに、と人差し指を立てると、彼女はそれをより目で見た後、なんと握ってきた。

「あははー、司って子供だねー! この指とまれなんてもうずっとしてないよー」

  教室爆笑。

  そりゃ、笑いますわな。

  握られた人差し指から目を放して溜息。相変わらずの表情の涼夏を横目に見ていると、どうしてもこみ上げるものを耐える事ができなくなってしまった

 肩が上下する。指を握ったままの涼夏は不思議そうな表情で顔をのぞきこんでくる。

 そうして、教師までもが笑いころげた授業は終り、僕たち――僕は恥ずかしながらも笑い声を背中に教室を出て、逃げるように食堂へと向かった。

  まさか食堂でまでおちょくられるとは思ってもいなかったけど……。

 

 

「ねぇねぇ、司ー。どこいこっか?」

  大学帰り、雪が積もった道路の脇の細い歩道を二人で歩く。狭い道のせいにして、彼女は腕を組んで歩きたがった。

 恥ずかしくはあるけど、そりゃ僕だってそんなことをしたいって言われて嫌なわけは無く、しょうがないなー、なんて言って腕を組ませている。

 一歩一歩をしっかりと踏んでいかないと、滑って転びそうだ。そうやって意識を地面に集中させていると、彼女が嬉しそうな顔をしていた。

「どしたの?」

「だってさ、司が私の腕を掴むのって初めてじゃない」

  あ。いつの間にか緊張して、涼夏の腕をしっかりと掴んでいたみたいだ。

 別に意識すること無いと思うのに、どうしても僕は恥ずかしくって振りほどいてしまった。

「あ」

  彼女はその反動で尻から雪へと突進。いたた、と言ったあと、いたくないやー、と笑って僕を見上げた。

「ご、ごめん。ちょっと恥ずかしくてさ……。俺が悪かった」

  笑いながら、彼女は手を僕へ向けて伸ばしてきた。

「じゃあ手、握って?」

  そんな彼女が可愛くて、思わず手をスルーして、体へと手を伸ばした。小さく叫んだ彼女を両手でしっかりと抱きかかえて、立たせて離れた。

 少しの間ぼーっと惚けていたが、事態を把握したのか満面の笑みで抱きついてきた。ガードレールに捕まってバランスをとったものの、やっぱり恥ずかしかった。

 でも、その日の僕はどうかしてたのかもしれない。彼女の背中に手を回したのだ。それに彼女は驚いたが、実際僕のほうが驚いていただろう。

 それでもやっぱり彼女は嬉しがってくれて、えへへー、と嬉しい時に出す優しい笑い声が聞こえた。僕はその声が大好きだったりする。

 でも、その声を聞こうと思うと、どうしても自分が恥かしい事をしなくてはいけないのだ。恋人同士なら、そういうことするのが当たり前なのかもしれないが。

 実は……僕たちはまだキスもしていない。付き合ってもう季節が二つ過ぎている。

  入学式の日に出逢って、手をつないだまま学校に行ったその日から、僕は彼女とすれ違うたびに恥ずかしさで目を逸らしていた。

 それが、ただの恥ずかしさじゃなくて、まぁ……なんていうか……こ、恋、っていうのに気づいたのは1ヶ月も後だったわけだけど。

 そして忘れもしない告白したあの日、彼女は、えへへー、と下を向いて笑った後、てくてくと歩み寄ってきた。

『私、司君とすれ違うたびに恥ずかしさで目を逸らしてたから……。嫌われちゃったかと思ってた……』

 思わず僕は笑いそうになってしまった。なんだ、目を逸らしてたのは僕だけじゃなかったのか。

『大丈夫。だって僕も恥ずかしくって目を逸らしてたから……。杉本も目を逸らしてたなんて知らなかったよ』

 そう言って、二人で笑った。桜はすっかり散り終わり、花びらがどこに消えたのか分からない公園で、僕たちは笑い続けた。

 こうして、僕たちは付き合い始めたわけだけど、やっぱり涼夏はちょっと他の人とは違った。

 いや、違ったって言っても、障害とかそんなんじゃなくて……えー……現代では珍しい、人目を気にしない性格とでもいうのか。

 人一倍人目を気にする僕とは真逆な性格だった。人に嫌われるのが怖くて僕はセリフ一つひとつに気を配る。

 おかげで嫌われる事は無かった、と思う。でも、心底『親友』と呼べる友達はできなかった。

 そんな自分が嫌だったけど、変えることもできず、大学に入った。

 そして、今はなんとこれだ。人生何が起こるかわからない。

  ふと我に返る。ずっと抱き合ってたのか。どうも彼女のえへへ、を聞くといつもこれを思い出してしまう。悪い癖だ。

 そっと下をのぞくと、彼女は僕の心臓の辺りに頬をくっつけて目を瞑っていた。やっぱ恥かしい……

 背中に回していた手をゆっくりと下ろしてゆく。と、彼女のスカートが冷たい事に気づいた。

「涼夏! スカートびしょ濡れょじゃないか! あ、さっきのこけたのでか。悪い」

「あ、ばれた? 黙っとこうかと思ったんだけどな」

「なんで黙っとくんだ? まぁいいや。とりあえずこれじゃうろうろするのは無理だな。今日は家に帰ろうか」

  とたん、彼女の顔が俯く。一緒に感情も俯いた。

「だから、言いたくなかったんだよー……」

  うっ……。全面的に僕が悪いだけにこの言葉は痛い。でもこのまま連れまわして風邪でもひいたらそっちの方が大変だ。

 やっぱり今日のところは……

「そうだ!」

  今日のところは家に……

「つ、司の家に行きたいなー……なんて……はは……」

  家に……

「ダメ……かな?」

  来てください。

「……いい、よ」

  言った僕の顔が火照る。聴いた彼女の顔も火照る。しばらくそのままだった。

 そして、僕の部屋に初めての女性が入った。というか、初めて僕以外の人が入った。

 この日、彼女は家に帰らなかった。彼女も一人暮らしなので、誰に連絡する事も無くことは決まった。

 僕はやっぱりどうかしてたみたいで、まぁ……なんだ。この日、僕たちは寝たわけだ。そう。寝たんです。ハイ。

 

 

「ねぇねぇ、司ー。明日どうする?」

  携帯電話越しから聞こえる彼女のソプラノ。寝るまでのこの時間が僕は大好きだ。

 明日は日曜日。どこかに遊びに行こうと涼夏。特に反対する理由も無いので、もちろんいいよと返事をした。

 電話の向こうで彼女が考える声を出す。そして僕は彼女の姿を想像する。多分腹ばいにねっころがって左手で頬杖ついて、足を交互にばたばたさせてるんだろう。

 それが彼女の癖。雑誌を見る時だって、テレビを見る時だって、話してるときだって、僕と布団に入ってる時だって、彼女はその格好をする。

 僕はそんな彼女を見ては幸せな気分になって、もっと幸せになろうとした。

  ……僕は『あの日』以来変わった気がする。男は『アレ』を卒業すると変わるって言うけど、僕はまさにそのとおり、変わった。

 正確には付き合ってからなんだろうけど、なんか、彼女と一緒になってきている気がする。前までの人のことばっか気にしてた自分は遠ざかっていっている。

 そして、自分に正直な自分が近づいてきた。それは、間違いなく彼女のせい? おかげ? どっちになるかはよく分からない。

 でも、新しい自分も嫌いじゃなかったりしてる。だって正直になれば、手をつなぎたいときにつなげるし、キスだってできる。それに……まぁそういうことだ。

 自分に正直ってなんていいことなんだろうって思うときさえあるくらいだ。おかげでか、男友達だって増えてきた。女友達もだ。こっちは涼夏の紹介で。

 今の生活が、今までの中で一番充実している。そう言える。

「じゃあ、明日は映画見にいこー」

  決まったらしい。映画かー……。なかなかデートらしい。異議なし、だ。

「了解。んじゃ、明日朝10時にいつもの公園な」

「うん」

「じゃあ俺はもう寝るな」

「あ、そうそう、思い出したー」

  切ろうとしていた手が止まる。なんだろうか。

「司さー、『俺』じゃなくて『僕』の方が似合ってるよー」

  うわっ。すごぉ。が一番に頭をよぎった事。確かに僕は高校まで『僕』だった。でもみんなに『僕、はちょっとマザコンとかに思われるぜ?』なんて言われたから変えたんだ。

 やっぱり無理して言ってることがばれてたらしい。なんだか、こんなことだけで涼夏への想いが一層強まった気がした。

「ははっ、やっぱりそう思う? んじゃ、これからは僕にしようかな。んじゃ、明日な。オヤスミ」

「あははー、オヤスミー」

  相手が切るのを待つ。しかしなかなか切ってくれない。なんだ? と思って聞いてみる。

「どうした? 何で切らないの?」

「え? いや……私は司が切るの待ってただけだけど」

  笑う。なんだか嬉しかった。照れ隠しのような笑いだった。

「え? なになに? 何が面白いのー?」

  そんな彼女が面白かった。

 結局、いっせーのーで、で切る事にした。

 

  次の日、今、僕は公園までの道のりを一人で歩いていた。

 家を出る前に電話で 「ちょっと遅れるから待っといてー」 と言っていたから、ついたら20分は待たなくちゃいけないかな。

 少し早い気もするが、待つ時間もデートってことだ。

  突然、通る自動車が少ないおかげか、救急車が猛スピードで駆け抜けていった。

 多分、彼女がいたら『ドップラー効果ー! あははー』とか、『ねぇねぇ、司ー! 迎えが来たよー!』なんて言っていただろう。自然と笑みがこぼれた。

 こんな少しのことでも幸せになれるのか、と感心しながら、想像して一層会いたくなってしまった彼女のために、歩調が速くなったのは自然現象だ。

 

「遅いなー……」

  携帯を見る。11時。公園で一人たたずむ。まだ桜は咲いていない。つぼみが必死に咲こうと頑張っているこの時期。

 そんな季節でも、さすがに長い間じっとしていると寒い。携帯に電話すればいいのだが、遅れると言っていたし、なんだか彼女を信用して無い様で、かけたくなかった。

 まぁ、いつもどおり『ねぇねぇ、司ー』と来てくれるのだろう。僕の大好きなソプラノの声を響かせて。

 

  12時30分。

 子ども達が昼ごはんを食べ終わって公園で遊び始めた。

 そのうちの一人の男の子が、人差し指を上に掲げた。

「かーくれんっぼすーるひっと、こーのゆっびとーまれ――」

  周りの子供たちがその子の人差し指を掴み始めた。

 それを見て、僕は微笑みながら自然と人差し指を空に向けて立てていた。

 

  多分、気のせいだろう。風か何かなのだろう。

 僕のその人差し指は、なにか、優しいものに包まれた気がした。

 彼女の手のひらの感触に似ているのだろうか。優しく、僕を包み込んだ。

 とたん、僕の瞳から涙。頬をつたって、落ちた。

 何が悲しいのか分からない。僕は何で泣いてるのだろうか。

 止まらない涙を止める努力もせず、僕は待った。

 彼女はちょっと遅れるから待っといて、と言った。

 だから僕は待つ。

 待ち続ける。

 ねぇねぇ、涼夏。僕は、待ってるから。

「僕は……。待ってるから……いつまでだって……」

 

  何故か、僕は空を見上げた。そこに、いるはずも無い涼夏を探した。

  風が冷たい。そうだ、涼夏も寒いーって言いながら来るだろう。あったかい缶コーヒーを買って待っておこう。

  そしたら彼女も喜んでくれるだろう。えへへー、って笑ってくれるだろう。

  僕は、缶コーヒーを買いに公園を出た。

 

  その間に涼夏が来ないことを祈りながら。

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    ※※  『このゆびとまれ』について  ※※

  ども!( ノ゚Д゚) 天川星姫こと、姫でございます。宜しくお願いします。
 この作品は、リンクを張っていただいて、ありがとうございますということで、お礼のつもりで書いた作品です。
 『このゆびとまれ』というのは、私たちが、これからもたくさんの人達と出会えれば……という意味を込めてます。一応w
 正直、お礼になってるか分かりませんがw ご勘弁くださいw

  この小説、『逝き遅れ宅急便。』の番外編的なものでございます。
 本編の方は私のサイト、『つきよみ』にありますよー。(何気にアピ−ルw)
 ということで、リンク本当にありがとうございました。
 これからも、お互いに成長、発展する事を願って……
 これを最後の挨拶とさせていただきます。

  ではでは……

H17 9・18  天川星姫  

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 <固定背景について>

固定背景をこのまま使う場合、このリンクを張っておいて下さい。
変えたい場合は、全然OKなので、どんどん変えちゃってくださいw
それでは、お手数をおかけしました。

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