「ねぇねぇ司ー、何の映画見にいこっか?」

「春だし……恋愛映画なんかが普通なんじゃないか?」

  彼女は少し俯いて小さく息を吐きながら笑った。

  まだ少し肌寒い春の透明な空気に、薄い白が切れ切れに舞う。

「そうだね。それがいいよね」

「なんだよ、笑ってさ。気に入らない?」

  そう言うと、やっぱり彼女はもう一度笑って顔を上げる。

  でもその顔はやっぱり靄がかかっているみたいで見ることができないから、僕は彼女の名前を呼ぼうとした。

  呼ぼうとしたんだ。

「だってさ、私」

  でも、どうしても

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう頑張ったって、これ以上行けないんだもん」

 

 

 

  彼女の名前が出てくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

     『逝き遅れ宅急便。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  この夢はなんだろか。

  ここんとこ毎日のように見る。

  俺の頭の中に居続ける彼女。

  名前も知らない、顔もはっきりとしてくれない。

  夢のコトなんか誰に相談できるわけもなく、一人で悩み続けることになってもう2週目にはなるんだろうか。

  でも、ただの夢と見切りを付けるにはなにかが引っかかるし、気にしないと考えるには見すぎてしまった。

  カーテンの色がまだまだ濃く見えるので、日は出ていないみたいだ。

  時間は一体何時かと確認するために目線を変えると、その視線の移動の過程で見えるはずのものが見えなかったことに気づいた。

「……ん、たまちゃん……?」

  布団は無造作に放り出され、その布には温かみを感じることが出来なくなっていた。

  どうしたんだろうか、何か用事でもあったのか。

  でも、それならもっとちゃんと片付けてから行くだろう。うん、たまちゃんなら。

  何故か、どうしようもない不安に似た感情を覚えた俺は、寝巻きにジャケットを羽織ってつま先を勢いよく靴に突っ込んでそのまま駆け出した。

 

 

  桜が咲き出すにはまだもう少し温もりがほしいと思う季節の夜は、やっぱり俺を凍えさせるには十分で。

  どこに居るんだろうか。

  何をしているんだろうか。

  何も分かっていないのに、とにかく出てきてしまった自分の浅さに苛立ちを覚える。

  でも、そんな苛立ちとは逆に、何故か体は冷静で、気が付けばある場所へと一直線で向かっていた。

 

 

 

  そして、その場所――公園へと。

  小さな公園。

  日が出ているころなら子供達が遊んでいて、賑やかな場所だが、今はそれらが居るはずもなく。

  ただ、桜の木の下で立っている女の子が、俺の目に映った。

  少しずつ、近づいて行く。

  白い息が視界をぼんやりと霞める。

「たまちゃん」

  声をかけてこちらを向いた彼女。

  俺たちの間には、こっちの吐いた息だけが白く残り、彼女は息さえしていない。

  その白の向こうに見えた彼女の顔が、夢の中の少女とダブる。

  一体何なんだ。

  俺は、彼女は、何がしたいんだ。

「司……」

  嫌に耳に残る声。

  心臓が、高鳴ってくる。

  何だよ、なんでそんな声出すんだよ。

「ねぇねぇ、司……?」

  頭の中が、誰かにかき回されてるみたい。

  脳の真ん中を、針で刺されたような鋭利な痛み。

「もう、時間なんだ」

  悲しさを胸の奥にしまって、笑顔での言葉。

  でも、なんで俺は彼女が悲しいって分かったんだろう。

「もう……ダメなんだ……」

  呼吸が乱れる。

  走ってるときは全然大丈夫だったのに。

  頭が、比喩じゃなく、今なら本当に割れそうだ。

 

  あぁ――これが気を失うってコトか……?

 

 

 

  その時、昔の記憶が早送りした白黒映画みたいに一気に目の前で流れ始めた。

  幼稚園、小学校、中学、高校……そして

  大学になったとたんに、俺の記憶のあらゆる場面で顔を出す女性。

  というか、俺が記憶したいと願う過去の出来事が彼女との時間だったのか。

  誰だ? 誰なんだ?

  人差し指を掴んで笑う彼女。

  雪の中で尻餅を着く彼女。

  子供に付けたい名前を嬉しそうに話す彼女。

  俺は、全部、知っている。

  いや、知っていた。

  知っていたはずのものなんだ――……

 

 

  記憶の中で、今、俺は同じ場所に立っている。

  桜のつぼみが目立つこの季節に、この公園で。

  恥ずかしそうにえへへと笑う彼女。

  そんな彼女をどれだけ俺は想ったのだろう。

  そうだ、どんな時だって彼女は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  はっ、と意識が戻る。

  記憶の中なのか、実際に呼ばれたのかが曖昧なほどのはっきりとした声に現実に呼び戻された。

  気がつくと、俺は未だ公園で立っていて、未だ日は出ていない。

  そして、変わったことといえば、たまちゃんが居なくなっていること、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの夢の子が……たまちゃん、なのか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

delivery NO.0  『別れの時期の、新しい道のり。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、元気――ってわけでも、なさそうだな」

  部屋で何をするでもなく、ただ座っていると、いつもの調子で仁さんが声をかけてきた。

「あ、はい。ちょっと、何が起こってるのか自分でも分かってないんですけどね……」

  未だに頭がはっきりとしていない。

  ただ、この中で、唯一はっきりとしていることといえば、そう――たまちゃんが居ないということだけ。

  あぁ、ダメだ。しっかりしないと。

  仁さんが来たということは

「すみません、ぼーっとして。お仕事ですね」

  よっ、と立ち上がろうとして、それを仁さんに止められた。

  彼は俺から少し離れた距離に腰を下ろして、いつもとは違った調子で顔を歪ませた。

「あぁ、仕事だ。でもな、ちょっとその前にお勉強だ。少しだけ長くなるぞ」

  眉を少しだけ下げて、彼は笑う。

  その表情は、とても嬉しそうでもあり、少し悲しそうでもあり。

 

 

 

  ――なにより、辛そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今から話すことは、そうだな、ちょっとだけ、昔のお話だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  一人の男が、この会社に入った。

  その男は、人間というものがよくわかってなかった。

  天国ってところで生まれて、そして天国ってところで育ったんだ。

  だから、こっちの人間のことはよくわかってなかったし、死ぬことってのが、なによりも理解できなかった。

  そんな男のお話だ。

 

 

 

 

 

  男が初めての仕事を貰った。

  ある少女が事故に遭った。

  その少女はとてもいい子だった。

  そう。それはもう、未練解決の優先順位がすぐ来るようないい子だ。

  そしてその子が未練を持った。だから男はその未練を解決するために行ったんだ。

  彼女は言った。

  「彼との約束がある」

  「彼と、もう一度だけ会いたい」

  男は言った。

  「任せてくれ。すぐに会わせよう」

 

  でもな、普通の人は、死んだ人なんて見れないし、話せないし、干渉することができない。

  だから、彼女のその願いは、そう簡単に果たせるものじゃなかった。

 

  ――でも、その男はバカだったんだ。

 

 

 

  どうしようもなく、救いようの無いくらいに、あぁ。バカだったよ……

 

 

 

 

 

  その、彼女が会いたいという男を、殺してしまえばいいのだ。

 

  そう、考えた。

 

 

  彼女と一緒にその男のところまで行く。

「こーのゆーびとーまれ――……」

  公園の子供たちがはしゃいでいる。

  それを真似してか、彼は人差し指を。

  彼女は彼の出したそれをそっと掴んだ。

  触れるはずも無いのに、感じるはずも無いのに。

  彼女は泣いて、彼も、涙を流した。

  男にはそれが上手く理解できなかった。

  もしかしたら彼女の未練はそれだけで果たせていたのかもしれない。

  でも、男はもっと満足してもらいたかった。

  初めての仕事をしっかりと成功させたかった。

  だから――……

 

 

 

  そうして彼は、彼女と同じように事故に遭った。

  即死とまでは行かなかったが、病院でどう手当をしても無駄な重症。

  男は満足していた。

  「もう少し待ってくれたら、彼と会えますよ。天国で一緒に暮らせますよ」

  でも、彼女は崩れた。

  なんで、なんでこんなことに――

  そんな言葉を繰り返した。

  私はこんなことを望んでいない。

  お願い、彼を死なせないで。

  私と同じ目に、遭わせないで――

 

 

  男は意味が分からなかった。

  だが、社長はそれをすぐに認めた。

  それが男を更に分からなくさせた。

 

  彼は生き返った。奇跡的に。

  いや、実際に奇跡が起こったんだからそれは当たり前なんだが。

  でも、大事なものを亡くしていた。

  社長――神は言った。

  何をするにでも、何かを失わないといけない。

  彼の命を救うために、彼の中で一番大事なものを使わせてもらった。

  それでも、彼女は喜んだ。

  ありがとう神様。彼を殺さないでくれてありがとう。

 

  こうして、彼は目を覚ます。

  大事な何かを――そう。

  彼女の記憶を失って。

 

 

 

 

 

 

 

 

  彼女は今もこの世に留まっている。

  未練が果たされることが無かったから。

  記憶を失った彼は、彼女の会いたい彼とは全く違うもの。

  だから、彼女はまだいるんだ。

  いつ戻るとも分からない、いや、普通なら戻ることの無い記憶。

  普通の記憶喪失とはわけが違う。

  命の代価として払われたそれが、戻ることはありえない。

  その記憶が戻ることを信じて、彼女は未だ、『彼』を待っている。

  待ち続けている。

 

  もう一度、会いたいから。

 

 

 

「なぁ、司」

 

 

「ひどい話だろう?」

 

 

「男が、もっとちゃんとしていたら、こんな悲劇は起こることは無かった」

 

 

「あぁ、本当に」

 

 

 

 

 

 

――すまなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  その瞬間、俺は何を思ったのだろう。

  分からない。

  ただ、突然襲ってきた痛みと眠気になされるがままに。

 

  俺は床に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が今まで頑張ってきたのはな、このためだ」

 

 

  眠りに落ちるその寸前。

 

  仁さんは笑顔でいてくれて。

 

  さっきまで、つらそうだったから、その顔が嬉しくて。

 

 

「ほら、今まで溜まってた給料だ、ありがたく受け取るんだな」

 

  安心した。

 

 

 

 

  じゃあな。

 

  またいつか。

 

  上で会おうぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、待ったー?」

 

  これは、夢か。

 

「準備にちょっと手間取っちゃってね。で、で、なんの映画見ようかー?」

 

  さっき俺は寝たんだから、これはそう。夢なんだろう。

 

「――なーんて、ね。や、久しぶり」

 

 

  でも、確かに違う。

  目の前に居る彼女が、そう。

 

 

「えへへ。何年ぶりかな? 『たまちゃん』としてじゃなくって、そう――」

 

 

  涼夏っていう、俺の彼女だってことを、俺は知っている。

 

 

「久しぶりだね。うん、本当に」

「うん、久しぶり。私は元気だよ、って変な話だね」

  ここは、そう。

  いつもの公園。

  俺が彼女に想いを伝えた場所。

  俺が彼女と約束をした場所。

  彼女が、来るはずだった場所。

「折角神様が私の未練を果たせるようにって、幽霊と会える様にしてくれたのに、司ったら私のこと忘れてるんだもん。ホント、抜けてるんだから」

「ごめんね、ずっと待たせてたみたいで」

  いいのいいの、気にしないで。

  彼女はそう言って、昔と同じように笑ってくれた。

  えへへ、と、照れた笑いを見せてくれた。

 

 

「今まで、色々あったね。マフラーを編んだり、そっくりな親子にあったり、喋れない人を喋らせたり……」

  ホントに、皆色んな未練を持っている。

「それが他人にとってどれだけのコトなんて関係ない。もっと大きな願いもあるだろう? なんて言ったってそれは意味の無いこと」

  本人にとっては、それが果たせないのが、字のごとく、死んでも死に切れないほどのコトなのだ。

「そして私は、もう一度、もう一度だけ司に会いたかった。ただ、それだけだった」

  あの頃の俺たちにとっては、いつもの4人が世界の全てで、4人さえ居ればなんでも楽しかった。

「そして、今。私はここに居る。あなたとここに、居る」

  そう言って、彼女は笑った。

  目に、涙をためながら。

 

 

  俺はその涙のワケを知っている。

  そう、これも今までの仕事となんら変わりない。

 

 

 

  ――涼夏は、今、未練を達成したのだ。

 

 

 

 

 

「ずっとあのままでいるのも、それはそれで幸せだったのかなぁ? もう、分からないことだけどね」

  笑う彼女に俺も笑いかける。

「俺は、涼夏に会えて、そしてこうして触れて、幸せだよ」

「そう、だね。私もとっても幸せ。えへへ……」

  っ、と彼女が俯く。

  肩が振るえ、涙が地面へと落ちる。何滴も。

「幸せだよぅ……本当に……嬉しいんだ……っう……ホントだよ……」

  そうだね、と彼女を抱き寄せて、体温を感じる。

「なのに、なんでこんなに……うぇ……うぐっ……泣いちゃう……んだろ」

  彼女は泣き崩れる。

  最後の時を感じて。

 

 

  もう少ししたら、彼女は消える。

  いや、そうじゃない。

  天国に行くんだ。

  そして俺もそこへ行くためにこの仕事をしているんだろう?

  なら、なにも悲しむことは無い。

  だから、泣く必要は、無いんだけどな……

 

 

「もう会えないんじゃない。また今度、いつかまた会えるんだよ」

 

  上手く喋れないけど、精一杯それを伝える。

 

  ――そう、俺が死んだ、その時にもう一度。

 

  彼女は笑う。

 

  少し寂しそうに。

 

「ねぇねぇ、司。知ってるかなぁ……」

  抱き合った俺の横から、彼女の声が聞える。

「私はね、司のコト、大好きなんだよ」

「あぁ、俺も大好きだよ」

  えへへ、と笑って。

「だからね、私のことは、もう忘れても、いいんだよ」

  また、背中がゆれ始める。

「大好きだからね、忘れてほしいの」

  声が、かすれる。

「大好きだからね、幸せになってほしいの」

  俺を抱く両手が、力強くなる。

「他の人と付き合ったり、結婚したりするの、嫌だって思うかと思ってたけど」

  体温は俺に伝わり。

「そうじゃないんだねぇ。こうして、会って、初めて分かった」

  彼女のそれは、だんだんと失われていた。

「忘れてくれたほうが、幸せになれるのかもしれないね」

 

 

「司はこんな私のことを好きになってくれた。そして思い出した今でも、好きだって言ってくれる」

  彼女はまた両手に力を込める。

「本当に嬉しかった。たまちゃんでいたときから、もう私のこと好きじゃなくなってるんじゃないかって、すごく怖かった」

  でも、そのぬくもりが、重さが

「でも、そうじゃなかった。やっぱり司は司だった。嬉しかった。でも、それが司の重荷になるのはね、絶対に嫌だよ……」

  だんだんと、無くなっていって――

 

「私も一杯仕事頑張ったから、神様が叶えてくれるんだ……。だから、これが本当に最後。お別れ」

 

 

 

  彼女は、

 

 

 

「司、さよなら。幸せにね。司なら大丈夫だよ。死ぬまで、そして死んだ後まで、私を想ってくれてありがとう……」

 

 

 

 

  そう言って

 

 

 

 

 

「大好きだよ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、卒業だな。あっという間だったなぁ」

  和也のスーツ姿はなんだかとても似合わなくて、

「あんた……今から漫才でもしにいくの? それならこっちじゃないわよ」

  里実はいつも通りそれに対しての突っ込みを入れていた。

「それにしても里実はスーツも良く似合うね。僕はなんか変な感じがして恥ずかしいや」

「んー、司は似合う似合わないよりも、なんか子供が真似して着てみました、って感じよね」

  二人でははっと笑う姿は、本当に幸せそうに見える。

「さぁ、行こうか。流石に最後まで遅刻したくねぇや」

「そうね、最後くらい、きちっと決めましょう」

  卒業式の会場に向けて、二人は肩を並べて歩いていく。

  そのまま、ずっとその先まで、二人は一緒にいるのだろう。

 

 

  空を、見上げる。

 

  風が気持ちいい。

 

  僕は風を体一杯に受けて、緊張を解く。

 

  この4年間にあったこと、全てを思い出して、そしてその先へと旅立つ。

 

  楽しい4年間だった。本当に。

 

  この3人で、これからもずっと一緒に過ごせたらどれだけ幸せなことだろう。

 

  でも、僕達は違う仕事に就き、違う生活をしていく。

 

  それを寂しいとも思うが、悲しいとは思わない。

 

  彼らを思い出せば、僕はそれだけで頑張れると思う。

 

  それだけの想い出を僕は作ってきた。貰ってきた。

 

  この、この一歩を踏み出したら、僕の新しい人生がスタートする。

 

  そう思うと、少し、気後れしてし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――司なら大丈夫だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、司。さっさと来いよー! 遅れるぜー!」

「駆け足駆け足ー! 最後くらいびしっと決めさせてよー」

 

  とんっ、と。

  一歩を駆け出した。

  誰かに背中を押された気がした。

  そのおかげで僕は頑張っていける気がした。

  大丈夫。

  僕には皆がついている。

 

 

  ――そう

 

 

 

 

 

 

  皆が――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

End

 

 

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