あなたが生まれたのは12月31日。そして私が1月1日。

  折角の一日違いなんだから、この際一緒に祝っちゃいましょうよ。

 

 

 

  12年後の、この場所で――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1月0日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  今日もやっと仕事が終わった。

  ネクタイを緩めると、やっと解放された気分になる。

  仕事は嫌いではない。

  伊達に8年間努めてはいない、とは言ってみたものの、8年じゃあまり偉くも言えないか。

  ただ、毎日同じで、仕事に行って、寝て。

  それが少し寂しいと感じるのは、俺がまだまだ子どもだからだろうか。

  

  今年ももう、明日で終わる。

  今日は12月30日。

  流石に新年からは仕事も休みになる。

  年が変わるということは、俺の歳も変わるということ。

  でもそれが何というわけでもなく、今まで俺は一人で「ハッピー・バースデー」と呟いていた。

  それが、約束だったから。

 

 

  大学を出て就職して、8年経った。

  8回、俺は一人で新年を祝い、そして一人で誕生日を過ごした。

  それが毎日の、毎年の繰り返しだった。

  でも、明日は。

  明日は、少し、違った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、切符買わないと行けないのか……」

  定期が使えない方向に行くなんて、どれだけ久しぶりだろうか。

  12月31日。

  街は新年を迎える準備万全だった。

  新年様という客は、どうやら店に潤いを与えてくれるみたいだ。

  そんなことを考えているうちに電車は扉を開けた。

  電車の中は通勤ラッシュ並みの混み様で、俺も潤いを与える側にいることを痛感させられた。

 

 

  人と人に潰されながら過ごすこと約15分、やっと降りる駅に着く。

  その人混みを避けて出ないといけないことに億劫さを感じていたのだが、どうやらほとんどの人がここで降りるようだ。

  流れに身を任せて、俺は改札まで着いた。

  高校時代の時は、普通しか止まらなかったこの駅が、今では特急がとまるようになったわけが、ようやくわかった。

「ここも……変わったな――」

  コートと一緒に身をぎゅっと縮め、意外にも冷えた街を歩く。

  あのころの通学路には、週刊ものは3日後にしか出ない本屋と、いつだって店主のおじいちゃんは奥で寝ている記憶しかない自転車屋しかなかったのだが。

  今では、パチンコ、ファーストフード、コンビニまで。

  あの時代にこんなものがあったら、俺は間違いなく違う人生を歩んでいたであろう自信がある。

  高校時代、もう12年も前になるのか。

  12年前の記憶。

  そんなものを、まだ覚えている。

  もちろん全部を全部覚えているわけではない。

  水泳の時、飛び込みで海パンが一気に脱げた友達を笑ったり。

  文化祭で台詞忘れてアドリブ大会になったこと。

  アニメみたいに早弁してみたら、先生に本気で怒られたり。

  そんな、他愛もない記憶の断片。

  その中で、いつだって視界の隅――いや、記憶の隅にいるのは、彼女だった。

 

 

 

  あのころの俺には、勇気なんてなくて、あるのは恥ずかしさと、小さい自尊心。

  そんな、一般的な、健全な高校生だった。

  可愛くないと言えば嘘になる。

  もっと可愛い子は沢山いた。

  でも、一年で同じクラスになったあの日から。

  なぜか俺は彼女にしか。

  何かする時、彼女と同じグループになったら、素直に嬉しかった。

  彼女がわかりませんと答えた問題を、俺が解けるのが、たまらなく自慢気だった。

  彼女と目が合おうものなら、その日の事情には困らなかった。

  でも、そんな彼女と話すことは、なかった。

  話せるはずもなかった。

  そのくせ、他の男が彼女と話してると、意味のない嫉妬なんてものをしてみたり。

 

 

  ふと時計を見る。

  そこには、10時半を示す針が。

  約束の時間まで、後1時間半。

  早く来すぎたか……。

  まぁ普通しか止まらないと思ってたからな。

  それでも、どっちにしても1時間前には着くようには出ていたのだが……。

  やっぱり俺はまだまだ子どもなようだ。

  

 

  そして、俺は週刊ものがしっかりと当日に出るようになった本屋を横目に、約束の場所へと着いた。

  この場所は……変わってないんだな。

  小さな安堵感を感じる。

  そしてその場所にある大きな木には、クリスマスの時のイルミネーションが未だに飾ってあり、新年祝うんだし、これそのまま使ったらいいや、という思惑が丸分かりだった。

  顔を上げてその木を見上げ、そして俺は視線を戻す。

  さっと周りを見渡してみたが、そこには新年を祝うために集まった人達が、今年という限られた時間を忙しそうに歩きまわる光景しか見当たらなかった。

  ま、一時間前だしな……。

  と、とっさに時間のせいにした俺。

  本当に嫌になる。

  来るはずがない、そう思ってここに来たんじゃないのか。

  それがここに来てみれば、来るかもしれないって、期待している。

  まぁでも、人生何が起こるか分からない。

  少しくらい、期待しても、いいのかもしれない。

 

 

 

  俺は、3年生になった。そこで、俺は彼女とまた同じクラスになった。

  進むコースが一緒だったからだ。

  彼女は女が少ない理数コースを選んでいた。

  それはつまり、これから、俺は、毎日のように醜い嫉妬をしなければいけないということだった。

  と、考えていたのは、3年になってから数日の間だけとなったわけだが。

 

  クラスレクの時間で、自己紹介をする彼女を見る。

  彼女は皆に見られているということに少しだけ緊張を見せながら、見事に自己紹介をしてみせた。

  でも、一年生の時に聞いた内容を、俺が忘れるはずもなく、新たな情報は得られなかった。

  隣の友達が自己紹介している。次は俺の番ということだ。

  彼は、趣味、誕生日、そして一言を言って、それを済ませて座った。

  俺も特に言うことも決まっていなかったので、それを真似することにした。

  あぁ、今思えば、その友達には感謝しなければいけない。

  そいつのおかげで、俺は彼女と話すことができたのだから。

「――趣味は、音楽聴くこと、誕生日は12月31日。んで、もう俺のこと知ってる人もいるだろうけど、初めての人もよろしくお願いします」

  無難に事務をこなし、俺は席に着く。

  その時に、ちらりと彼女の方を見た。

  彼女は隠す素振りもなく、俺を直視していた。

  あれ、なんか俺まずったか……、音楽、好きじゃなかったのかな。

  そんなことを考えていると、彼女はそんな俺のことなど知るはずもなく、にこりと笑った。

  初めてだった。

  彼女が、俺に、何かをするということは。

  その最初が、笑顔とか……。

  もうちょっと順序立ててくれ……。

  そうじゃないと俺がもたない、なんて、顔を真っ赤にしながら俯いていた。

 

 

  11時半。

  今年も後30分となった。

  この場所は昔から変わらず、待ち合わせの場所に使われているらしい。

  女の子が一人で待っていて、そこに男が迎えにくる。

  それを何回見送ったのか。

  昔は、待ち合わせといっても、本当に数人程度しかなかったんだが。

  流石に同じ場所にずっと立っていると冷える。

  俺は近くの自販機に向かった。

  彼女、コーヒー飲めるようになったかな。

  そんなことが脳裏に浮かんで、気づいたら二人分の料金を入れていた。

  そして、昔と同じ缶コーヒーを二つ。

  がたん、と久しぶりに聞く音を懐かしみながら、俺はそれをポケットに入れる。

  熱が体に伝わって、少しだけ寒さが和らいだのを感じた。

 

  そして元の場所に戻る。

  気づけばもう10分となっている。

  ――もしも来るなら、来るとしたら。

  彼女ならもう来るはずだ。

  時間にはいつだってきっちりしていた。

  遅れることなんて、絶対に、一回もなかった。

  そんな期待を缶コーヒーと一緒に握りしめ、その温かさに、あの頃には足りなかった勇気を少しだけもらった。

  そうだ、そういえば後ろの方を見ていなかった。

  この木は大きい。

  後ろ側は意外にも見えないのだ。

  昔なら、足音で来たとわかったのだが、この人混み、足音なんかで気付くはずがなかった。

  とりあえず、後ろに回ってみる。

  そこには、一人の女性が。

  心臓が跳ね上がる。

  もしかすると、彼女かもしれない。

  あの、12年前の約束を、覚えていたのかもしれない。

  声をかけてみようか、どうしようか。

  あぁ、やっぱり俺はバカだった。

  勇気が足りなかったから、後悔したんだろう。

  同じ間違いを、ここで繰り返す気か。

  そう自分を叱咤し、俺は彼女に声をかけることにした。

  間違っていたのならそれは仕方のないこと。

  声をかけずに、もしあっていたなら、と後で後悔するほうが、もっと惨めだ。

  そう、自分を叱咤し、俺は声をかける決意をした、のだが。

 

  彼女は、どこからか来た男に声をかけられ、そして一緒にどこかに行ってしまった。

  ――なんだ、彼女も待ち合わせしていた中の一人なのか。

  一気に緊張が解ける。

  そして緊張が去った代わりに、そこには虚しさが広がった。

  そうだな、こんなところに、彼女がわざわざ来るはずもない、か。

  当たり前のことを、なんとなく期待して、ここまで来た俺がバカだったのだろう。

  そうして、俺はまた元の場所に戻った。

  他にそれらしい歳の、容姿の女性は見当たらなかった。

  さて、今年ももう5分か……。

  せっかくだ、ここで新年を迎えることにしよう、か――。

 

 

 

 

  自己紹介の後、色々あって、俺は彼女と朝の挨拶を交わす程度の仲にはなれることができた。

  3年間かかって、やっとここまで来れたのだ。

  俺の馬鹿さ加減がよくわかる。

  でもそんなことはどうでもよくて、俺は彼女と話せるだけで嬉しかった。

  毎日が楽しかった。

  その一年間は、俺にとって本当に素晴らしい毎日だったと、30になった今でもそう思える。

  でも、やっぱり楽しい日々ってのは、長くは続かないものなのだろう。

  卒業式の日、俺は彼女に想いを打ち明けようと決めていた。

  望みは薄いが、ないわけではなかった。

  ただ、断られたときに、その後の高校生活が自分でも怖いように虚しく思えたから、卒業式を選んだ。

  それなら、断られても、もう会うこともないから。

 

 

  そして彼女は、俺の想いを聴き、そして首を横に振った。

  ショックだった。

  どこかで期待していた自分がすごく情けなくもあり、卒業式にして良かっただろ、と自分自身に慰めを入れているのも悔しかった。

  でもなにより、断られた、そのことが、やっぱり一番切なくて、苦しかった。

 

  彼女は言った、海外に行くのだと。

  両親が海外に引っ越し、それについていき、海外の大学に行くのだと。

  そんなこと、俺は聞いていなかった。

  というか、誰も知らなかった。

  彼女は次の日にはもういなかった。

  本当に、あっけなかった。

  彼女は本当にいたのかさえ、疑わしかった。

  でも、俺には約束があった。

  だから、彼女と、繋がってられる気がしていた……。

 

 

 

 

「そして、その結果が、これ、か」

  当たり前と言えば当たり前なんだけどな。

  特別仲が良かったわけでもない。

  付き合ったわけでもない。

  そんな彼女が、あの時の俺を気遣って、この約束をしただけなのだろう。

  それに希望を見出した俺はこの場所に律儀に来て。

  それになんの感情もなかった彼女は今頃海外で子どもと旦那と一緒に新年を祝っているのだろう。

 

  ……ん、もう1分か。

  まぁ、いいか。

  久しぶりにいつもと違う新年を迎えられたし。

  缶コーヒーを一本開ける。

  もう一本は、地面に置いた。

  すでに冷え切ってしまったコーヒーをちびちびと飲みながら、俺は目を閉じて顔を上に。

  こんな寂しい思いをしてるやつもいれば、周りはカップルで幸せたっぷりだ。

  それを視界に入れるのがつらかったのかもしれない。

  そのまま瞼を開けてみると、電光掲示板に、カウントダウンが載っていた。

 

 

 

 

 

「5!」

 

  明日は、久しぶりに実家に帰ろうかな。

 

「4!」

 

  自己紹介で誕生日を言ってくれた友達にでも、突然プレゼントでも渡してやろう。

 

「3!」

 

  ま、約束では二人でだったけど。

 

「2!」

 

  折角ここまで来たんだ、一人でだけど、守るとするかな。

 

「1!」

 

  ハッピー

 

「0!」

 

  バースデー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  12年後の、30歳の誕生日。

  お互いまだ独身だったら、この場所で会いましょう。

  そして、こう言うの。

  31日のあなたに向けて、ハッピー

  そして1日の私に向けてバースデー

  これって、なんとなく、素敵な気がしない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  周りは新年という、新しいなにかを祝っている。

  俺にはそんなものを感じ取る何かが足りないのか、ただ変わりのない空気を吸っていた。

  俺の言葉は、周りの新年を祝う声に、静かに吸い込まれていった。

 

  約束を果たしたその瞬間、なにかを感じることができた気がしたけど。

  このざわめきの中、そんなものが聞こえるはずもないし、もともと彼女がここに居ないのだから、それは俺の期待ということ。

  30にもなって、まだまだ子どもな俺って……大人になったら、こんな約束、過去の出来事として、捨てられるのにな――

 

  そうして俺は新年だからかしらないが、一日中開いていた本屋をもう一度横目に見ながら、来た道を、同じように一人で帰った。

 

 

 

  もっとさびしいものかと思っていたのだが、意外にそんなことはなくて。

  心なしか、少しだけ何かが軽くなったような気がして。

  30歳になったことを、静かに噛み締めて。

 

 

  新年というものもまんざら捨てたものではないと、そんなことを考えながら、俺は帰りの電車の中、静かに涙を落した。

 

 

 

 

                                             SideBへ

 

戻る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

無料レンタル無料ホームページ無料オンラインストレージ