その時、彼女は喋ってなんかいないんだろう。

 

  だって、彼女は喋ることなんて出来ないんだから。

 

  でも、その時に彼女が「言った」言葉は俺の胸に。

 

  そして、里志さんの胸に、ちゃんと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『逝き遅れ宅急便。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  通学路の途中にある、小さな公園。

  何故か俺はそこにいて、目の前にはもう一人。

「…………」

  俺も、彼女・・も一言も喋らない。

「…………」

  何分ほど経ったのだろうか。

  下を向いていた彼女の顔と、その視線が俺の方へと向けられる。

  あれ? よく見えない。何も霧とか靄なんてかかってないのに、俺の心が勝手にかけてくる。

  でも、その時に少しだけ見えた、彼女の顔は、俺みたいに一般的な生活を送ってきた人には出せないし、理解もできそうに無かった。

  彼女は、その顔を崩し、口を開く。

「あはは……ホントに……忘れちゃったんだ……」

  何か、胸に、ちくり。

「ねぇねぇ、司……? 私は、待ってるから。待ってるから……いつまでだって……」

  あぁ、今の表情は分かる。分かりすぎて、こっちが悲しくなるくらいに。

「君は、誰?」

  その言葉を聞くと、彼女は後ろを向いて歩き始めた。

「ちょ……ま…」

  必死に追いかけようとする。

  でも、何故だろう。体が動かない。

  少しずつ離れていく二人の距離。

  それが、もう、埋まらないものだと、そう、感じてしまったから――

 

 

 

 

「  !」

  自分の声に、驚いた。

  驚いて、心臓が忙しなく動いている。

  ――いや、声なんて出てない。

  知りもしない彼女の名前を叫んだ気がした、だけだ。

  服が背中に張り付いて気持ちが悪い。

  あぁ、夢だったのか。

  なんだ。そんなことか。

  安心、とは程遠い気持ちを分からないフリをして、俺は隣の布団で寝ているたまちゃんが今ので起きてしまっていないかを確認する事にした。

  そっと体を伸ばして、彼女の顔をのぞきこむ。

「……大丈夫、か」

  ほう、と息を吐いて、俺ももう一眠りするため ――何かから逃げるように―― 布団へともぐりこんだ。

  今から寝直せば三時間は寝れる。 さ、寝よう。

 

 

 

 

  何故か、たまちゃんが、泣いているように見えたのは、気のせいにして……

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

delivery NO.3  『三月初旬の、病室の陽。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ。元気そうだな」

  学校から帰ってくると、部屋には仁さんが我が物顔で床に寝転がりながらテレビを眺めていた。

「あ、久しぶりですね。どうしたんですか?」

  鞄を置きながら、仁さんに話しかける。
 その横で、たまちゃんが慣れた手つきで三人分のお茶を用意し始めた。

「どうした、はないだろ。察しは付くだろうに」

  過去二回。仁さんが来た時は同じ用件だった。

「あぁ、やっぱり仕事ですか?」

  その言葉に少し口元を緩めて一度小さく頷く。

「そういうことだ。明日、明後日は休みの日だろ? びしっといこうか」

  学校で疲れきった体を平手で叩いて、もう一度気合を入れなおした。
 びしっといくためにはやっぱりまずは自分がびしっとしないとな。

  なんて考えてこうしたわけだけど、なにかそれが可笑しかったみたいで、仁さんは声を殺して笑っていた。

「あれ? 何かおかしかったですか?」

  その言葉に、悪い悪い、と一切の謝罪の気持ちを乗せず、仁さんは俺に手を合わせた。

「お前の行動が可笑しかったわけじゃなくてだな……。お前の後ろ、たまちゃんも同じコトしたもんでな……。いやー、気が合ってるな」

  はて、と後ろを振り向くと、たまちゃんは太ももの辺りを未だぺちぺちと叩いていた。
 細すぎるわけではない太ももが、少しだけ波打つのが、気持ちよさそうで、そしてちょっと面白かった。

  当の本人は、やっと二人の視線が自分に集まっている事に気づいたのか、はて、と顔を上げて首をかしげた。

 

 

  まぁ、あれだ。そのあと家を出たのはそれから15分ほど経ってからなわけだが、その間に何があったのかは想像にお任せしよう。

 

 

 

 

  ……あー……楽しかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  そして、少し不機嫌なたまちゃんと、その視線を背中に受けながら歩く仁さんに、同じく視線を受けている俺が連れてこられたのは

「天和病院――」

  少し、馴染みのあるところだった。

 

 

  自動ドアが開き、とりあえずロビーに入る。

  そこには、外から診察してもらいに来た人もいれば、入院している人が話していたり、もちろん看護婦さんや医者が忙しそうに右往左往していたりしていた。

  あぁ……今まで気にしたことかなったけど……この中の何人かは……もう、生きてなかったりするんだな……

「んー……あれだな。ここにくると……仕事が、やってもやっても一向に減らない理由が分かる気がするな」

  はぁ、なんてわざとらしい溜息をついて苦笑をもらす仁さん。

  多分、これは俺に対する気遣いなんだろう。

  分かりにくく気遣ってくれた仁さんに、俺も心の中でお礼を言った。

 

 

  仕事の対象となる人を探すために廊下を歩いていると、後ろの方から声が。

「あれ? 司じゃない」

「ん? いえ、司ですけど」

  なんて振り返りながら答えて、自分で間違いに気づくのにそれほど時間はかからなかった。

「それ、ネタなんだったら止めといた方が良いと思うよ。天然なら全然OK。まぁあんたの場合どっちかなんて分かり切ったコトだけど」

  くくくっ、と笑いながら、彼女――里実は顔が赤い俺の肩を二度叩いた。

「そ、それよりだな。なんでここにいるんだ?」

  と、まぁこの話を切りたい訳で、必死に考えた切り返しの内容は、まぁ普通に俺の疑問だったわけです。

「ん? あ、知らなかったっけ? 私のおにぃ、ここに入院してるんだー」

  おにぃ……お兄さんのコトか。

  へー……里実ってお兄さんいたんだ……入院……

「…………え? 大丈夫なのか?」

「んー、怪我は心配するほどのモンじゃないんだけどね……」

  と、次の言葉を出そうとして、彼女は、その口を紡いだ。

「……まぁ心配してくれてありがと。んじゃ、また月曜日にガッコーでね! レポート忘れないようにねー」

 

  ひらひらと右手を振りながら去っていく里実の後ろ姿に、何故か――今日の夢の彼女を重ねてしまっていた。

 

 

 

 

  その後、三人でふらふらと歩き続けていると、仁さんが俺の肩を叩いた。

「いた。あの子だ」

  仁さんの視線を辿っていくと、中庭の花壇の前にある椅子に腰掛ける女の子がいた……いや、女性、かな。

  その女性は、柔らかくなってきた三月の日の光を体いっぱいに受けながら幸せそうに上を向いていた。

「さて、じゃあ頼むぞ」

  そう言って、仁さんは肩を叩いた手でそのまま俺を押した。
 その勢いを初動に、俺はとりあえずその女の人に話しかける事にしてみた。

「あ、あのぅ……」

  うぅ……緊張する……

  年上(だろうと思う)の女の人に、自分から話しかけるなんて始めてかも……

「すみません……ちょっと隣良いですか……?」

  恐る恐る、下から下から訊いてみる。
 隣良いですか、の一言でやっと自分に対する言葉だと気づいた彼女は、驚きの表情を見せることなく、そっと視線を落として静かに微笑んだ。

「ども……」

  ん、対応の仕方といい、服装、雰囲気とか、その他諸々での感じ、なんかすっごく『いい人』の部類に属される方のようだ。

  その所為か、安心したのだろう。俺はもうちょっと大胆に彼女と接してみようかと考えた。

「始めまして、えーと……」

「始めまして、こういうものです」

  やはりすかさず仁さんが名刺を。

  それを両手で丁寧に受け取って、そして静かにそれを眺めている。

  しばらくその状態が続き、不思議に思った俺は彼女の顔をそっと覗き込んでみた。

「………」

  なんか、幸せそうだ。

  はて、なにかこの名刺にそんな幸せになるようなものなんて……

「カメ……好きなんですか?」

  たまちゃんが名刺を見ながらそんな言葉を。

  こくり。

  彼女は頷く。

「あぁ、そういえばカメのプリントなんてありましたね。確かにあれはちょっと可愛い系統かもなぁ」

  こくこく。

  頷く。

「えーと……とりあえず名刺、しまってかまいませんよ」

  にこり。

  微笑む。

  ………はて、この人。

  喋ってくれない。

  雰囲気としては柔らかくて優しい、可愛らしい声をしてそうなのになぁ。聞いてみたいのに。

  というか、普通に会話をしない限りどういう用件かも分からない。

「さて……えー……紗枝さん…でいいんですよね?」

  仁さんに聞いていた彼女の名前を思い出しながら、慎重に訊いてみた。

  それに対してまたもや彼女は頷き、そして微笑んだ。

「では、紗枝さん。一体、どういった未練がおありなんですか?」

  その質問に、彼女は少し表情を曇らせ、顔を俯かせた。
 いつも思うんだけど、俺ってやっぱりストレートに訊きすぎてる気がする。

  昔はそうじゃなくって……人を傷つけないように、嫌われないように、って思って喋っていた気がするのに……

  一体、いつの間に変わってしまったのやら……

  俺が一人で反省会を開いていると、彼女はゆっくりと顔をもう一度上げて、それと一緒に手を胸の辺りまで上げてきた。

  何をするのか、と考えていると彼女は手を合わせたり、くるくる回したり、くっつけたり離したり……見てて飽きない動きをしはじめた。

  これは……なんだろ……?

「手話、だな」

  後ろにいた仁さんが、俺に対してか、もしくは自分自身に言ったのか。突然そんなことを。

「手、話」

  その言葉を馴染ませる様に、反芻させるように繰り返して、俺はその言葉の意味を思い出し始めた。

「ってことは、彼女は……」

  その言葉に返事をしたのは、仁さんではなく、彼女のほうだった。
 もちろん、返事、と言っても、それは声ではなく、対応だったわけだが。

「………」

  これじゃ、どんな未練があるのかも分からない。
 どうすれば良いのか、俺だけではなく、後ろの仁さんも、たまちゃんも悩んでいるようだ。

  不意に、何かに引かれる感触を感じた。
 視線を下に向けると、彼女が俺のジャケットのお腹の辺りをつまんで引っ張っていた。

「ん? なんですか?」

  そう訊くと、彼女はすっと立ち上がり、駆け出し始めた。

「あ、ちょ……」

  待って、と続けようとすると、それより先に彼女は振り返り、こっちこっち、と手を振った。

  とりあえず彼女がしたいことが分からない今、彼女が何かを伝えようとしているという事に期待して俺達もその方向へと向かった。

  さっきまでの会話・・の所為で注目されているのに気づいて、俯きながら少し小走りで。

 

 

 

 

  そのまま、院内に入っていった彼女についていくと、彼女は突然、タンッ……、と浮いたように止まった。

  その彼女の後ろ姿が全部目に入らないところまで近づいて、彼女の止まっているところがどこか気づいた。

  一切の無駄な道のりのない、最短の距離を迷わずに来た彼女は、何度も何度もここに来たってことなんだろうか。

「…病室…だよな……?」

  閉まったままの病室の扉の前で、両手を胸に当てたままそれを見つめ続ける彼女。

  ここに、未練の正体があるのか。

  きっとそうなんだろう。

  だからこそ、入れないんだろう。

  入ったところで誰にも気づかれない。

  それでも入れないのは、彼女が「何か」を見たくないから……?

  扉から俺に視線を移して、彼女は一度頷いた。

  ――入ればいいんだろうな。

  俺も一度頷いて、扉に手をかけた。

  横に動かすその扉は、開けるのに少し力がいった。

 

 

「はい? 誰ですか?」

  傾きかけた日の光に顔を赤く染めながら振り向いた人は、これまた馴染みのある顔だった。

「あれ? 司じゃない」

「里実……と」

  里実が座る椅子の前に、ベッドに仰向けに寝ている人が一人。

  その人は窓から差し込む光が眩しいのか、俺が入ってきたことにも反応を示さず目を瞑っていた。

「どうしたの? お見舞いに来てくれたの?」

  扉を開けたっきり動かない俺に、不思議に思ったのだろう、彼女は首をかしげながら。

「あ、うん。友達のお兄さんが入院してるって聞いてそのまま帰るのもどうかと思ってさ」

  そう、と顔をその人――お兄さんに向けなおして、ありがとね、と続けた。

「えー…と」

  この部屋には……里実と、そのお兄さん。それ以外に特に変わったものは無い。

  ということは、彼女が未練を持っているのは……二人のどちらか……?

  さすがにそこまではわからないので、とりあえずは病室の中へと。

  彼女は俺の後ろに、なにかから隠れるかのように、そっとついてきた。

「で、お兄さん……だよな?」

「ん、そだよ。里志って言うんだけど……ホント、見舞いに来ても寝てばっかりで……なーんも面白くもないんだから」

  ははっ、と笑う彼女は、その声と表情が合っている部分が一切見当たらなかった。

  その表情もすぐに消え、また何かをぼんやりと考えているような顔になる。

  こんな里実、見たことが無い。

  いつもの里実なら、もっと元気で、でもやっぱり落ち着いていて、俺達のまとめ役なのに。

  ここにいる里実は、ほおっておいたらどこかに飛んでいってしまいそうで。

  少し、怖かった。

 

 

 

 

「車にね、轢かれたの」

  無言のまま数分経った後、とうとう彼女は口を開いた。

  何か、思いつめたような、そんな声だった。

  俺は、訊きたい事を全部胸にしまって、里実の話を聞くことにした。

「おにぃはね、バイクが好きでさ。どこに行くでもバイクだったの」

  お兄さんの顔をぼんやりと見つめる彼女。

  俺もなんとなく、その視線をたどって同じ顔を見ていた。

  そこには、部屋に入った時となんら変わりない、死んだように眠るお兄さんの顔しかなかった。

「それで、いつもどおり、出かけたのよ。バイクでね。彼女を後ろに乗せて走るのが好きだったみたいでね」

  今まで一点しか見ていなかったその視線は、俯いた顔をと同じように、床へと向けられた。

  何を見ているのか、彼女の手は、何かを握るように少し力が入った。

「で、結果これよ。彼女は亡くなっちゃって、うちのおにぃはこうやって、命だけは助かったって感じ」

  はぁ、と一回溜息をついて、彼女はもう一度顔を上げた。

「ホント、死ぬならあんたが死になさいよ。彼女を先に死なせちゃって……バカなんだから……」

  その瞬間、今まで後ろにいた紗枝さんが里実の前に立った。

  そして、力いっぱい頭を振った。

  彼女は、見えてなんかいないのに、一生懸命、里実に何かを伝えようとしている。

  そんな彼女を見ていると、胸がきゅう、と苦しくなる。

「紗枝さん……」

  その言葉に反応したのは、名前を呼ばれた紗枝さんだけではなく、里実もだった。

「え……? なんで彼女の名前知ってるの……?」

  予想通りの単語に、心の中で納得しながら、俺は紗枝さんの手を取った。

  里実は自分の目の前に出された俺の右手が、何かを掴むようなしぐさを不思議そうに眺めながら。

  そして手を捕まれた紗枝さんは体のバランスを崩して俺の方へと倒れ掛かってくる。

  その体を抱きとめるように、文字通り、受け入れた。

「……」

  俺――彼女は何が起こったのかわからないかのように、俺の体を動かして、自分の体を眺めている。

  それを、不思議そうに見ている里実。

  後ろにいた仁さんとたまちゃんは、呆れたように溜息をついていた。

「え? 何これ……? あれ、声が……」

  自分の出した声に驚く紗枝さん。

  紗枝さんは、耳が聞こえなくて喋れない人ではなく、喉がつぶれて喋る事のできない人だった。

  なので、昔は喋れただろうし、言葉の出し方は知っているんだ。

  少し、声が小さかったり大きかったり、発音が変だったりするのは久しぶりで慣れていないからだろう。

  そんな戸惑いにも慣れてきたのか、彼女はどういう状況か納得したようで、心の中の俺に「ありがとう」とお礼を言った。

「里実ちゃん」

  俺の口からのそんな言葉に、彼女は

「は? 何言ってんのよー、司! ちゃん、なんて私に合わない敬称つけないでよねー!」

  笑った。

  そんな彼女を見つめながら、紗枝さんはゆっくりと微笑んで

「里志さんが死んだらいいだなんて、そんなことは言わないでね」

  そして、その言葉によって、里実の笑い声は途切れた。

  途切れただけならまだいい。明らかに彼女は怒っている。

  上下する肩が、小刻みに震える手と腕が。

  怒っているとご丁寧にも説明してくれていた。   

「なんで……っ! なんであんたにそんなこと言われなくちゃいけないのよ!!」

  立ち上がったその拍子に椅子は後ろに倒れた。

  それがお兄さん――里志さんに当たらなかったのを見て、紗枝さんは少し安心していた。

「おにぃが紗枝さんを乗せて事故って、紗枝さんを殺したのよ!? お陰で私たちがどれだけ紗枝さんの家族に責められたか……
 司! あんた分かる!? 認めたくないことがあれば人って誰かに当たりたくなるモンなのよ!」

  そこまで、言いきって、彼女は涙を床に落とした。

  荒い息がここまで届いているような気がする。

  俺ならここで怖気づいていたかもしれない。

  でも、彼女はそんな俺とは逆に、前へと――里実の方へと進んでいった。

  そして、手を伸ばせば届く距離、なんてもんじゃないほどにすぐそばにまで近づいた紗枝さんは、もう一度笑って。

「ええ、分かるわ。里実ちゃんがいつもここに来てたのは、大好きなお兄さんを、私の家族に傷付けられたくなかったからよね……?
 そしてね、里実ちゃん。里志さんは今、認めたくないことに対して、責め続けてるの。自分自身を」

  そこまで言って、彼女は手を伸ばして里実を抱きしめた。

  それに抵抗するかと思っていたのだが、里実はその体を自ら紗枝さんの体に預けていった様にも見えた。

「ごめんなさいね……。私は死んでしまったけど……里志さんは生きているの。彼が意識を取り戻さないのは、彼自身が死んだほうが良いと思っているから。
 そんなコト考えてる私の彼は、少し、叱ってあげないとね」

 

  そう言って、彼女は俺の体からすっと抜け出し、里志さんのベッドに座り、手を里志さんの額に乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

  その時、彼女は喋ってなんかいなんだろう。

 

  だって、彼女は喋ることなんて出来なんだから。

 

  でも、その時に彼女が「言った」言葉は俺の胸に。

 

  そして、里志さんの胸に、ちゃんと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  それから数日後、里志さんは意識を取り戻したらしい。

  里実は俺にそのことを告げると、そっと耳打ちして

  「私が取り乱して泣いたのは内緒だからね」

  と

  それを聞いて笑った俺に彼女は照れたように怒ったのを覚えている。

 

 

  紗枝さんは、あの後、仁さんのバイクに乗って天国へと逝った。

  その表情に一切の後悔はなく、ホントに、眩しかった。

 

  たまちゃんはそんな彼女と何か少し話して、泣き始めてしまった。

  それをまた抱きしめてあやす彼女の姿は、母親のように見えた気が。

  一体何を話したのかは知らないけど、そんな二人の関係は、なんか俺も嬉しかった。

 

 

  こうして、今回の仕事も無事終った。

 

  俺は、あの時言った彼女の言葉を思い出して、また少し笑顔になってたりする。

「なに笑ってんのよ、司」

「ホントだ。思い出し笑いは、なんかキモイからやめとけって」

  ん、二人に突っ込まれるとさすがに辛いものがある。

  ここは大人しく指示に従っておこう。

「さて、んじゃあと少しで午後からの授業の始まりだし、そろそろいこっか」

  二人はその言葉に頷いて、席を発つ。

 

  二人が後ろを向いたことを確認して、俺はまた少し笑ってたりして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し先に逝って、向こうで待ってるから。スピード違反ねずみとりに捕まらない様に、ゆっくり来てね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまでだって、待ってるから……か」

 

 

 

  そんな言葉を

 

  いつまでだって

 

  覚えていますよ

 

 

  俺も

 

  里志さんも

 

  きっと

 

 

 

 

 

 

 

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