「キユリー、少し手伝ってくれる?」

 「……ん」

  後ろでリースとユリがテントを張っている。
 しかし、姉弟というわりには、やっぱり――

 「なんかぎこちないよな……」

  一体何があったんだろうか。

  そういうことを詮索するのは、やっぱ家族の事だしあんまり良く無いと思って詳しくは聞かないようにしてはいるが。

 「なにぼーっとしてるの、ほら、これ入れて」

  太陽がオレに食材を渡す。
 それを受け取って、今料理を作っている事を思い出し、悪い、と頭を下げてオレは鍋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

STORY33  失う覚悟を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アスさん、いいですか?」

  飯を食い終わった後、リースが話しかけてくる。

 「はい? なんでしょうか」

  一体何の用事だろうか。彼女の顔からは、やはり何も読み取る事ができなかった。
 ここでは少し話しにくいことらしい。彼女は何も言わず歩いていったので、オレもそれに続くことにした。
 ふと上を見ると、二つの月が綺麗に丸い自身を自慢げに輝かせていた。

 

 

 

 

 「アスさんは、キユリーと私の関係が、気になるようですね」

  いきなりの核心を突かれた台詞に、正直少し怯んだ。
 まさかあの一瞬で、そんなことを思っていたことがばれるとは思ってもいなかった。

 「ま、まぁ……気にならないと言えば嘘になりますけど、ね」

  この人には、嘘をついても意味が無い。だから、正直に言うしかない。
 何もかもを見通すこの人の眼力みたいな力には、オレは抗う術を見つけられる気がしないのだ。

 「別に、隠すようなことではないんですけどね。ただ、ディーネさんがいると、キユリーも言いにくいのでしょう」

 「ディーネが?」

  出てくるとは思っていなかった名前に驚きを隠すことができなかった。

  彼女が一体どう、姉弟に関係してくるというのだろうか。

 「私、最初から目が見えなかったわけでも、感覚が無かったわけでもないんですよ」

  ゆっくりと、オレが混乱しないようにだろうか、ひとつひとつの言葉を、彼女は話しだした。

 「私達が暮らしていた村、覚えていますよね? あそこ、見ての通り、都市の発展からは縁が全く無いんですよ」

  覚えていますよね、という問いにオレは一度頷き、確かにあの村の印象は、アルタイルのような都市、という感じは一切感じることができなかったことを思い出す。

 「だから、都市ではもうあまり見ない、盗賊や山賊が辺りに居ましてね、私達の村もそれに怯えながら暮らすしかなかったんです。
  そんな環境が嫌で、私は葉術を学びました。この力があれば、盗賊なんて追い払えると信じて。実際、私には才能はあったみたいで、かなり上級のものまですぐに覚えることができたんですよ」

  そう言って、彼女は少し笑った。ただ、それが本当に笑顔というものだったのかは、やっぱり読み取ることができない。

 「キユリーは私とは正反対で、すごく怖がっていて、盗賊が来たらすぐに隠れてしまうような臆病な子でした。そんなこともあって、私がキユリーを守らないと、なんて思ってました。
 その頃の私にとって、世界とは自分の目の届く範囲のものであって、それ以外は意識もしたことがなかったんです。
 だから、あんな田舎の村で一番の葉術士になった時、誰にも負ける気がしなかった。そんなわけ……ないのにです」

  彼女の顔がみるみる内に影を帯びて行くのが分かる。

  でも、オレは今の話を止める事ができなかった。気になっているから、というのもあるが、そうじゃない。

  彼女が、話したがっているのだ。話すのはつらいけど、言わなくちゃいけ無いのだ、と、よく分からないけれど、そう、彼女は言っているように見えたのだ。

 「そして、盗賊がきました。さも当たり前のように、やつらは食料と金を要求して来ました。でも、その時は違った、私が居たから。
 私は盗賊の前に立ちはだかり、その時私が覚えていた中で一番の上級葉術をお見舞いしてやりました。これでこんなことも終わりだと、心の中で笑いながら。
 でも、そんな私の幻想は、あっという間に打ち砕かれました。小さかった私が扱える魔法なんて、盗賊のように年上の、実戦を何度も繰り返している人には当たり前のように使えるんですね。
 私の放った葉術は、盗賊の一人の葉術士に消され、そのことへ呆気に取られている私に向かってその葉術士はもっと上級の葉術を撃ってきました」

  ――終わったな。と思いました。

  そう、彼女は続ける。

  そして、その瞳には、うっすらと光るものが見えた。

 「死を覚悟した私が目を閉じ、そして何も起こらない事が不思議に感じて目を開けたその先には、キユリーがぼろぼろになって私に覆いかぶさっていました。
  私は、キユリーに助けられたんです。あの、臆病で、守らないといけないと思っていた弟に、助けられたんです。
  世界で一番の葉術使いだと思っていた私が手も足も出なかったこと、弟が目の前で血を流してピクリとも動かないこと。
  そのことが一斉に私の頭の中に流れ込んできて、私は動くことさえ、いえ、考える事さえ許されませんでした。
  気がついたときには、盗賊達はいつもどおりさっさと村を去り、村はいつもどおり荒らされて、いつもどおりの光景が、広がっていました。
  ただ一つ違うことは、弟が、倒れていることだけ。私はもう考える事はしませんでした。
  私を助けてくれた弟を助ける。それしか、なかったんです」

  いつの間にか彼女の目にあった粒は、ひとつ地面に落ち、それ以降は続く事は無かった。

  強いと思っていた自分は、実はとても弱く、弟が居ないと、生きる事さえできない、ただのヒトだった。

  オレにも、これはよく分かる。

  オレも、一人で生きていけると信じていた頃があった。

  でも、そんな考えは、太陽や母さんが、もう消してくれたのだ。

 「そこで、私は葉術の勉強中に見つけた、治癒の葉術を使おうと思いました。とは言っても、かけた人の自己治癒能力を上げるような基本的なものではキユリーは助からない。
  どうしようかと考えた時、転移の葉術がその次のページに載っていたのを思い出しました。
  ――失ったのなら、与えればいい、ただ、それだけのことなのだと、気づきました」

  リースがこちらをちらりと見やる。

  その視線に、背筋に汗が流れるのを感じた。

 「キユリーが失ったものは、相手の葉術で焼かれてしまった、肌、それに追随する感覚器官、目、そして口を空けて葉術を喰らってしまったのか、舌などでした。
  外傷がひどいだけで、中は大丈夫だったのが唯一の救いでした。だから、私は、その失ったものを、与えたんです」

  にこり、と笑ったそれは、違うところで向けられたものなら、好意を抱くものだったのだろう。

  しかし、今のこの現状では、オレにそれから視線を逸らすことでさえ重罪であると思わせるものに感じた。

 

 「そう、だから、私は――もう無いんですよ」

 

 

 

  

 

  そう、彼女のそれらは、もうユリの体にある。

  彼女は自分を助けてくれた弟に、自分自身を与えた。

  そうして、助けてくれた弟を助けることに成功したのだ。

 「で、視力や諸々を失った私の人生が始まりました。そこからですね、キユリーが私に対して距離を置き始めたのは。
  罪悪感……だったんでしょうね。自分のせいで私がこんな事になったのだ、と。本当に馬鹿でいい子です。あなたが居ないと私はもうここにさえ居なかったというのに」

  そこで、彼女はやっと笑ってくれた。

  世話の焼ける弟を、仕方ないなぁ、と遠くから見つめるような、そんな、困ったような笑顔。

  母さんが良く見せていた記憶がある。本当に、リースはキユリーを大切に思っているのだろう。

  それが分かって、オレは少しだけ、安心したのだった。

 「まぁ、その罪悪感から、キユリーは家を飛び出し、マーキュリーと呼ばれる盗賊になって……そして」

  彼女は顔を上げて、

 「これを私にくれたんです」

  眼を、開いた。

 

  そこには、義眼……なのだろうか、目というには少し違和感の残る球体の一部。

 「どうやら、これはディーネさんの国の大事なものだったらしいですね。盗んできちゃったみたいです」

  普通なら怒ったり、あきれたりするようなものかもしれないが、彼女はやはり、先ほどと同じような笑顔を見せた。

 「これのお陰で、私は色んなものを見れるようになりました。今までは見る事ができなかったようなものが、えぇ、本当に、全てのものが見れるのではと思えるほどに」

  目を閉じたままでも外の景色が見れるのだろう。特にそれを開ける必要はないようだ。

  今までの疑問が色々と解けたような気がする。

  本当は見えているんじゃ無いのかと思えるほどに彼女は色んなものを見ていた。

  そういうことだったのだ。

 

 「まぁ、色々と分かって、すっきりしました。早くこのぎこちない感じがなくなるといいですね。二人とも、悪く無いんですから」

  話も終わり、一段落ついた後、オレはそう切り出した。

  しかし、彼女はまだ終わって居ませんと言わんばかりにオレの方を見据えてきた。

 「この話は、ただの教訓です」

  今までとはトーンの違った声質。

 「前も言ったはずですが、何かを得るためには、何かを失うのです。これだけは、覚えておいてください」

  鬼気迫るその眼力にオレはやはり視線を逸らすことが出来ない。

 「アスさん、これから何かを失いそうになった時、あなたは何かを得ているのです。ただ、喪失感に浸る暇はありません。
  そして、何かを得ようとした時に、何かを失う覚悟をしておいてください。まだ分からないかもしれませんが」

  そう言って、彼女は皆の居る方へと体を向ける。

 「分かった時には……得てして、もう、遅いものなのですよ」

 

 

 

 

 

 

  そう、遅かった。

  あの時、リースの言うことを本当に真摯に受け止め考えていれば、ああいう結末にはならなかったのかもしれない。

  変わらなかったのかもしれない。

  それは分からないけど、

 

  全て、遅かった。

  それだけは、確実で、どうしようもないことだったんだ。

 

 

 

 

 

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