「それでは、リース先生の時属性に関する特別課外授業を始めます」
準備をして来ると言った彼女は、一冊の本を抱えてすぐに戻ってきた。
他のみんなは、オレ達が勉強をするということを聞いて、素直に役割分担を変えてくれた。
「で、ちょっと質問なのですが、今までに時の葉術、もしくはそれに似たものを使ったことは?」
「んなことあるはず無いですって。まだ何も分かってないんですから」
そうでした、と一度咳を払い、本を捲る。
「え、と……。例えば、何か運動等の経験は……?」
ボクシング……と言おうとして止めた。
この世界にボクシングなんてものがあるとも思えない。
何って言ったらいいのかな……
「格闘技……みたいなのを少し。それの大会みたいなのに出てたりですね」
「なるほど」
そう言って、少しだけ微笑んで、
「恐らくですが、かなり上の方まで行けたのでは?」
「え、あぁ、うん。一応同世代の中では4位には入った……はずだったかな」
言い終わって、こんなことを言うと、いつだって太陽が『怪我さえしなかったら優勝してました!』
なんて言ってたな、とか思い出した。
太陽、か。ホント、どこに居るんだ……?
「4位ですか……てっきり優勝したと思って言ってみたんですが……」
リースの声に意識をこっちに戻して、オレはその返答を考えた。
「なんで? そんなオレ筋肉ムキムキじゃないっすよ?」
「そうじゃないですよ」
くしゃっと顔を崩して笑う。
なんとなく、それでも、丁寧な笑い方だなぁ、とか思ってみたりなんかしちゃったりして。
STORY27 一時間目
「アスさん? 試合中、相手の動きが読める……なんてことは無かったですか?」
思い出す。
あれは、オレがボクシング部に入ったばっかりの時だ。
先輩が出すジャブに、頭では分かっていたのだが、体がついていかずに悔しい思いをしたことがあった。
そのスパーを見ていた先生が、『どこかでかじったことがあるのか?』なんて聞いてきたんだった。
でも、相手の動きを読む……それってボクサーとか、なんだってスポ−ツやってる奴だったら当たり前にしてることだし、普通だと思うんだけど……。
「いや、それはあったけど、普通のことだろう?」
「いえ、あなたのそれは、他人のそれとは似て全く否なるものです」
そう言って、彼女はこちらに少し近づいて、動きを止める。
何をするのだろうか、とか思っていると、彼女は突然オレに対して平手をかましてきた。
が、これは『当たらない』
「リースさん。さすがに今の勢いで止めなかったら、オレだって痛いですよ」
なんて少し冗談を入れてみたのだが、彼女は違う意味で笑っていた。
「ほら、アスさん。避けなかった」
「いやいや、違います。オレらみたいな人たちは、みんなフェイクか、本命かを見分ける練習もしてますから。
今のリースさんのは当たらないって分かりますよ」
そんな言葉に、彼女は少しだけ落胆を掠めさせて、一度息を小さく吐いた。
「確かに当てる気はもともと有りませんでしたけど、どれだけそういうことが分かる人だって、普通は避けます。
だって、当たったら痛いんですもの」
うん? まぁ、確かにそうだけど、だから当たらないって分かったんだって言ってるのに……
「でもあなたは避けなかった。当たらないと分かっていたから。そうです。それが、時の能力です」
んー……納得いかない……。
なんて、もろに顔に書いていたのだろう。
彼女はもう一度、さっきよりも少し多目の息を吐いて、眉を下げた。
「ま、確かに理解できないかもしれませんね。今までそれが普通のことだと思って生きてきたんですから。
でも、それは確かにあなたの力の一部です」
いえ、と顔を少しだけ下げて。
「断片でしか、ありません」
その時の彼女の顔は、今までの少しおどけた感じは一切無く、まるで別人かのようにさえ感じられた。
「時の力、それは読んで字の如く時を操る能力です」
うん、と一度頷いてみる。
それを確認したのか、彼女はまた微笑んだ。
「でも、時を操る、と聞くと、時間を止めたり、戻したり、もしくは早めてみたり……なんてイメージがあると思います」
あら、そうじゃないのか。
てっきりそういうものなのかと思っていたんだけどなぁ。
「まぁそういうことも出来るのかもしれませんが、私が知っている限り、まだ居ませんね」
「なら、何が出来るんだ?」
「それを説明するために、まずは、『時』というものが一体何なのかです」
本題に入ってきたみたいだ。
学校の授業は全くだったが、これならやる気にもなるってものだ。
彼女は、少し長くなります、と言って、言葉を続けた。
「『時間』と『時』は別物です。『時間』とは私達が過ごしているこの空間自体に流れるもの。一秒、二秒……なんて数える、それです。
そして、『時』ですが、この場合に使われる『時』と呼ばれるものは、私たち自身が持っている、固有の時間です。
私達、この世に生きるものは全て、世界に流れる『時間』を過ごし、そして、個人の『時』を消費する。
そしてその『時』が一定の時間を刻んだ時、私達は世界の『時間』から外れる。まぁ、死ぬと言うことです」
ゴホン、と咳を払い、恐らくオレをちらりと見たのだろう。
まぁその時のオレは、間違いなくアホ面だったんだろうけど。
「まぁ、難しいなら、アスさんの力は、世界が共有する『時間』を操ることは出来ないけど、
個人が持っている『時』、分かりやすく言えば、歳を操ることが出来る。そういうことです」
無い知恵を絞って聞いてはいたんだが、やはりオレには難しすぎて。
「えっと、あれか? オレは、誰かの歳を若返らせたり、歳を負わせたりできるってことか?」
「ま、そう言うことですね」
なんだか……オレが期待していたのとは全然違う。
少し、いや、かなりショックかもしれないぞこれは。
「それだけか……」
「まぁまぁアスさん。人よりも少し先が見えているってだけでもすごいことなんですから。
あ、それで説明するとですね、目に入る光の『時』を操って、自分に早く届くようにしてるってことです。
だから、光の歳を少しだけ取らせる。そうすることによって――」
「あーストップ。これ以上聞くと分からなくなりそうだ」
ふふ、と笑って、分かりました、と続ける彼女は、なにかオレの対応を楽しんでいるようにさえ見えた。
まぁ、実際そうなんだろうなぁ……
「でも」
今までと違った彼女の声に、休暇をとっていたオレの脳細胞がびくりと反応した。
「これだけは覚えておいてください」
彼女は、やはりいつも通り目を閉じていたのだけれど。
「世の中、何かを得るには何かを失うように、時を操るには、それ相応のモノがあなた自身から失われていること、を」
オレの全てを見透かされているようで……
「ご飯できたよー」
サンの声に意識が戻る。
相変わらずリースがオレの目の前に居たので時間は自分が感じたほど経っていないようだ。
ちらりと覗いてみた彼女の顔は、やはりいつも通りだった。
「さて、それでは今回はこの辺で」
「そうですね、ありがとうございました」
いえいえ、とあくまで謙虚な姿勢に少し関心と言うか、尊敬したのだが。
――オレから失われているモノ……
それが何なのか、何故それを今教えてくれなかったのか。
一体リースは何を知っていて、何をオレに教えていないのか。
わからないコトだらけで、食事が喉を通らなかった。
なんてことは無かったのだが。
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