そんなこんなで調度お昼時。

  太陽―――『アテナ』と言う名前のこの世界の太陽は真上に輝いている。
 サンが、私のセカンドネームはその、アスの世界のタイヨウの意味なんだよー、と自慢げに話していた。
 まぁあんな嬉しそうな顔でいられるとなんだかこっちも嬉しいので、その後もダラダラと話を聞いていると、調度着いたって訳だ。

「ここが………ベガかぁ……」

  ほー……、と周りを見渡す。
 別に田舎、って訳じゃないんだけど……ハレーみたいに都会って訳でもない。
 適度に家も立てば、木々も生い茂る。何か忙しそうに動き回る大人もいれば、無邪気にはしゃぎ回る子ども達も。
 家には木を使って建てていて、ロジックハウスって感じなのがなんだか第一印象をよくしていた。
 街、か、町、か。どちらを使うか戸惑わせる。そんなことを迷ったって意味は無いわけだが。

「なんだか……いい感じのまちじゃないか」

  素直な感想。喉からすらっと出てきたそれは、多分一切の思考が働いていない純粋な気持ちなんだろうと思う。
 皆もその反応に同意を示す。城に住んでいたディーネも、ここなら住んでみても良いですわね、とご機嫌な様子。

  ただ。

  やはりユリは入るのに戸惑いを感じているみたいだ。
 振り返り、入り口の門に佇む彼の肩に手をかける。

「ユリ、無理すんな。嫌ならちょっとここで待っといてくれて良いから。太陽がいるかどうか聞いて回るだけだし。すぐ済むから。どうする?」

  と、彼はその提案に、少し申し訳なさそうな顔をした後、それじゃお言葉に……と口を動かした。

 

―――動かそうとしたんだろう。

 

  オレの背後へと送る視線に映るものを見るまでは。

 

「あら………もしかして、キユリーかしら………?」

 

  目の前にあるユリの顔が さぁ、とホント潮が引くみたいに血の気を失う。
 一体何があったのか、気になったオレも振り返る。

  そこには、別段、変わった印象を感じない、一人の女性が、

 

「そうよね、私が間違うはず無いもの。お帰りなさい」

 

  笑顔で、そんなことを口にしていた。

 

 

 

 

 

STORY23  姉弟

 

 

 

 

 

 

  今の状況はと言うと。

  いや、特になんでもない。

  ただ、先ほどの女性の家にお邪魔して、出されたお茶を両手で持って啜っているだけだ。

 

「帰ってくるのなら、連絡を入れてくれてもいいじゃない……。ね?」

  そう言って彼女はユリに対して話しかける。
 それに対しての彼の反応は、ただ苦笑いと取れる表情で頷き続けるのみだった。

「ねぇ……、一体どうなってるの……?」

  隣に居るサンがひそひそと話しかける。
 それに対してオレも同じように話しかけた。

「いや、オレが知るわけ無いだろ……。ユリはさっきから黙ったまんまだし……あの人はあの人で何を言うわけでもないし……」

  正直困っている。

  何をすればいいのかが全く分からない。
 ただ、ユリを含めて5人。その全員がただお茶を啜るという、おかしくは無いのだが、やっぱりちょっとおかしい状況に戸惑っている。

  その状況に痺れを切らしたのか、とうとう特攻隊長のディーネが彼女に対して口を開いた。

「あの……、ユリ……彼とは一体どういうご関係で……?」

  うん。皆の疑問を的確に射た、素晴らしい質問だ。
 そして彼女は、ああ、とまだ言ってなかったわとでも言わんばかりにリアクションを取る。
 それが少しおかしかったからか、緊張が解けるのが目に見えて分かった。

「ふふ……すみません。申し送れました。私、キユリーの姉のリース・ジュピター・ゼウスと言います。宜しくお願いしますね」

  そう言って、ぺこりと頭を下げる。思い出したかのようにみんなも一斉に頭を下げる。

  姉……お姉ちゃん、って意味だよな。
 何でか、勝手にユリは一人っ子だと思っていたのか、地味に結構衝撃はあった。

  あったんだけど……無かったというか……

  彼女の言い方が自然すぎて、疑問を挟む余地が無かった。
 だからか、オレ達は何故か変に納得して、特に疑問も無く、むしろ疑問が解決した事でさらに緊張が解けた。

  でもその中でユリは未だに、自宅に帰って、姉弟と共に居るとは思えない緊張状態を保ち続けていた。

 

 

 

「はーー……。疲れた……」

  何かをしたわけじゃないのだが、誰か一人でも緊張した人がいると、それが移るというか……兎に角、肩が凝った、って感じだ。
 あれからリースとこっちの全員でのなんでもない団欒が始まったわけだが、それ自体は楽しかった。
 でも、ユリは一向に話さない。それのおかげでオレは気を使ってか、どうにも気が休まる事は無かった。

  んで、そのまま話し込み、気づくと日が沈みかけていた。
 宿探すか、と立ち上がると、彼女は、家に泊まっていってください、と提案してくれた。
 もちろんユリが無言の訴えをしてきた事は言うまでもないが、サンとディーネがどうにもリースと仲良くなったみたいだ。
 彼女達の押しに負けたオレ達は、結局この家で夜を過ごす事になった。

  今は、家のベランダ――ロビーかな、そこで夜風に当たってその疲れを癒しているわけだ。
 調度、長椅子があったので、それに腰掛けてその目線で外の景色を何をするでもなく眺め、ぼんやりと思考を。

  ユリと、リース。

  あの二人は姉と弟だという。
 確かにユリの少し女っぽい顔つきは、さらに女性にするとリースのような感じになると思う。
 だから血の繋がりはあるんだろう。
 いや、血の繋がりを疑ってるわけじゃない。わけじゃないけど……

  あのユリの、リースに対する対応は、姉弟の関係とは言いがたかった。
 そりゃまぁ色々あるんだろうけど。表面上はユリはそこまでリースに対してきつい対応はしていない。
 ただ、内面的に後れを取っているというか……、一歩引いた関係を作っているというか―――

「どうも、こんばんわ」

  いつの間に窓を開けたのか、声の正体はオレの隣に立っていた。
 振り返り、誰かと確認するが、声で分からなかった時点であの四人じゃない事ぐらい分かっていた。
 その彼女にどうも、と挨拶を返し、こっちには話す事が見つからなかったので、もう一度視線を前に戻そうとした。
 まぁさすがに本人の前で本人の事を考えるのもどうかと思うので、さっきまでのは保留にする。

「ここ、座ってもよろしいですか……?」

  ここ、と隣を見てみれば、彼女の手は座っている椅子のオレの隣を触れていた。
 それに、ん、と普段どおりの対応をしてしまった。いかん。この対応は仲良い奴以外にすると無愛想に映るな―――

「ありがとうございます。それでは失礼しますね……」

  と、座りながら、何がおかしいのか、彼女は静かに笑った。

「………? 何かあったんですか?」

  そんな彼女に思わず質問するわけだが、彼女から返ってきた台詞はもう一度質問しなおさなければいけないような返事だった。

「いいえ。ただ、何も無いのだな、と。そう思っただけですよ」

  どういうことだ? 全く意味が分からない。彼女の言葉の意図がつかめず、ちょっと混乱する。
 でも、考えても考えても答えは出なかった。分からない事は誰かに聞くか、諦めるしか。
 そしてもちろんオレは聞く方を選んだ。

「どういうことですか? 何も無い、って言うのは……」

  言って、彼女の方を見てみる、と、彼女と目が合った―――んだけど………

  何故だろうか、彼女から視線を感じるのだが…………目を……閉じてないか……?

「あの、失礼な事を聞くようですけど……」

「ええ。私、見えないんです」

  さらりと、オレが聞く前に彼女はそう、答えた。
 その回答と、回答のタイミングに驚いていると、彼女は少し笑った後、台詞を続けた。

「ふふ、そんなに驚かないで下さい。後、味覚も、嗅覚もありませんしね。
 触覚は……触った感触くらいなら分かりますけど、温度はどうにもわかりませんし。ふふ、今、寒いのかしらね?」

  そこまで言って、彼女はもう一度静かに笑った。
 まるで、だからどうしたの、と続けるように彼女はオレに視線を向けた。

  え、と。

  何を言えば良いのか……
 全くもって分からない。見当さえもつかない。

  そこまで気にしていないから彼女はオレに言ったんだろうか。
 それとも何か話して欲しいから話したのか……
 多分前者なんだろう。というか、間違いないとは思う。
 ただ、それが事実で、オレが目の事を言い当てたから。

  ただ、それだけ。

  なんだろうけど……

 

「ごめん……なさ…い……?」

  と、とりあえず謝ろうかと思ったのだけど、何故か疑問形になってしまった。
 自分で言ってて情けない。

  でもまぁ、そんなオレがおかしかったのか、少し声を立てて笑う彼女を見ると、良かったのかと思った。

「ええ、気にしないで良いんですよ? おかげで、色々と人にはできない事もできるわけですし」

  そう言って、彼女はゆっくりとこっちを向く。
 そして、閉じた瞼が少し、上に上がっ―――

 

「サン!? どうしたの!? ちょっと! 返事をしなさい!」

  部屋の中からの突然の大声に意識を持っていかれる。
 それは彼女も同じだったようで、見えていないであろう目で声の方角へと顔を向けている。

 

  部屋の中に飛び込む。

  そこには、床に倒れ込み、ただ、苦しそうに、痛そうに、汗を出すしかできないかのように、

  息を荒げるサンが、いた。

 

  一体何が起こったのか、ディーネやマース、ユリも、皆がサンの周りに集まって呼びかけ続けている。

  でも、返ってくるのは不定期な呼吸音のみ。

 

  混乱しかできない。

  何もできないという事が、混乱しかさせてくれない。

  一体……何がどうなってるんだ―――

 

 

 

「大丈夫。私に任せてください」

 

 

  言った彼女は、目が見えないなんて嘘じゃないのかと思うほどに、この状況を把握していた。

 

 

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