ハレーを出て三回目の夕方を迎えた。視線を遮るものは何もない広原の地平線に太陽が沈んでいく。
 前までの地域ではこの時間帯になると決まって空には雲がかかり、星が見えなかった。
 でも今日は初めて夜空を見ながら寝ることができそうだ。なんだか胸が高鳴ってる。
 この時代は過去か未来なのかは分からないけど、昼はどこまでも続く青空に太陽が輝き、
 夜には暗闇に点々と散らばって光る星や月が皆を照らしてくれる。
 そんな当たり前をこの時代でも感じて、元の時代と繋がっている事を感じたかった。

「今日はこの辺で野宿しよっか」

  後ろにいるサンが言った。振り返り「そうしようか」とオレもユリも賛成した。正直結構疲れてたから嬉しい提案だ。

  荷物を降ろし、テントを張る準備や、料理を作る準備を進める。
 テントを張ろうとするオレにサンとユリが「アスの時代の事を聞かせて」とせがむ。
 後でと言っても聞かないので仕方なく、その場に座りオレの時代のことを話していると少し寂しい気持ちになった。

―――太陽

  今どうしてるんだろう。無事に帰ってくれてたらいいんだけど……

「どうしたの? 大丈夫?」

「気分が悪いなら今日はもういいっすよ?」

  二人がオレを心配してくれている。それだけでも寂しさらしい感情はきれいに無くなった。
 まぁ別にたいした事無いけど、今日はもう話す事もないし終わりにする。
 二人は満足げに立ち上がると夕食の用意をし始めた。ユリが自分が毎日すると言ったが、サンがそれを許さなかった。
 まぁオレも家来にしたつもりは無いからそれがいいと思った。そして今日は二人が食事当番の日だ。
 二人とも料理が上手いのでこの二人の日が一番楽しみだったりする。

 

  料理を待ちながら太陽の事をまた思い出す。太陽は昔のオレにとって全てといってもいいほど大切な人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 STORY11 昔の孤独と今の孤独

 

 

 

 

 

 

 

  元の時代でのオレの心を支配していた感情、それは皆オレ自身を見てくれていないという『孤独感』。
 両親がいた頃は『手塚夫妻の子』として見られ、両親がいなくなってからは『両親がいない可哀想な子』だった。
 心なしか周りの対応もなにかぎこちなかった。
 何か失敗すれば『あの二人の子なのに…』や、『しかたないよ…だって――』。
 成功したならそれはそれで『あの二人の子だもの』、『すごい! なんで出来るの!? すごい才能だよ!』と
 あからさまにオレを気遣っていた。そんな雰囲気が嫌いでオレは少し皆に距離を置いていた。

  そんな中、一人だけ昔から変わらず『手塚 明日斗』と見てくれたのが『柴崎 太陽』という一人の女の子だった。

  気づいたらいつも一緒にいたというぐらいの古い友達で、本当の兄妹みたいに育ってきた。
 彼女はいつも本音で、オレを見て話してくれた。そしてオレもだ。
 オレの時代ではなんの気遣いもせず、そして気遣いされずに一緒に入れたのは太陽だけだった。

  ……でもこの時代では皆、そんなオレの事情なんて知るはずも無くオレ自身を見てくれる。
 それだけでオレは今までに無い嬉しさ――安心感とでも言うのかな、それがオレを孤独感から救ってくれた。

  だからこの二人には感謝しても感謝しきれないほどの気持ちだ。

  呼を意識しながらの考えも一段落ついた頃、サンのオレの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
 どうやら料理が出来上がったみたいだ。良い匂いが漂っている。やっぱりこの二人は料理が上手い。
 ユリの盗賊の頃の面白い話を聞きながら料理を食べる。笑い声が耐えない。
 オレは家族で一緒に食べている気分になった。そんな気分は思い出せないんだけど、多分こんな気持ちなんだろうな。
 すごく居心地が良い。辺りが暗くなってきているが雲がかかってないので月明かりでいつもより明るい。
 星も綺麗だ。こんなに綺麗な星を見るのは初めてだと思う。まるでプラネタリウムの中にいるみたいだ……

  オレ達は全員で後片付けをして寝る準備をし始めた。
 ユリが、オレが途中まで準備していたテントと布団を用意してくれていた。
 「これくらいはさせてくだせぇ」との事。サンとオレは少し笑ってユリに「ご苦労さん」と言った。
 ユリは「どういたしましてッス」とご機嫌そうだった。

  そしてオレ達はテントに入り寝転がりながらまた話し始める。
 テントは上を開けて立てられていて、夜空が見えるようになっていた。
 初めてのきれいな夜空だと言っていたのでユリが気を利かせてくれたのだろう。
 こういう細かい気遣いってこんなに嬉しいもんなんだな。

  そんな気遣いに感謝しながらオレは眩しいくらいに輝いている星に目を向ける。
 何年前か、何年後でもいい。この星空をオレと同じように見ている人がいる。
 全ての時代の人達とのつながりを感じ、胸の奥底から熱い何かが押し上げてくる感じがした。

  オレは元の時代に戻れるのか、もしかしたら……そんな心の奥底にあった不安も消えてしまった。

 が……

「え―――?」

  月が……。オレはその月から目を離せずにテントの外に勢いよく出る。なんだこれ――

  サン達が心配してオレに話しかけてくる。

「どうしたの? 大丈夫? なにかあったの?」

「兄貴? 『ユピテル』と『テュール』がどうしたんすか?」

  ユピテルとテュール……あの『二つある月』の名前だろう。
 明らかにこの世界はオレの知っている地球という惑星の過去や未来じゃない。
 味わった事の無い暗い気持ちがオレを包み込む。

 

  ここは……どこなんだ? オレはホントに帰れるのか?
  ユピテルとテュールと呼ばれる二つの月を見上げながら、唯一の繋がりと思えたものを一瞬で、
 しかもあっけなく否定され、オレは愕然とする。

  星の輝きが滲み、広がる。二つの月の光が嫌味なほどに降り注ぐ。
 オレを痛めつけてくるこの光から逃げるように視線を下におろしサン達の方を見る。
 下を向いたとたんに瞳に溜まっていた涙が頬をつたう。
 サンがオレを抱きしめる。何も言わずに抱く力だけが強くなってくる。
 太陽に似ているその女の子の腕の中でオレは泣き崩れる。

 

  そんなオレを雲一つ無い夜空に浮かぶ二つの月は未だに照らし続けていた。

 

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