「だから、お好み焼きとご飯を一緒に食べるとかありえないって!!」

「な〜に言ってんの。お好み焼きにご飯が無いってのはね、カレーライスにライスが無いようなもんなのよ!
 あすは今までカレーだけをおいしいおいしいって食べてたの! そしてご飯と食べたときにこう気づくの、
 『ああ、オレは今まで何やってたんだろうか……』ってね!」

「ありえないな! 炭水化物おかずに炭水化物食えるかってんだ!」

「はぁ〜、そういうことはちゃんと考えてから言いなさいよ。あんたがいつも食べてる『焼きそばとご飯』だって
 炭水化物と炭水化物じゃないの。だからあすは馬鹿だって言われんのよ」

「ぐっ……あれって炭水化物だったのか……」

「分かったら、今度から私の楽しみを馬鹿にしないこと! 分かりましたか? 明日斗クン?」

「はいはい、分かりましたよ」

「うむ! よろしい!」

  学校帰りの言い争いの軍配は太陽に上がった。というかいつも太陽なんだけど……

  同じ孤児院に住んでいるオレと太陽は毎日という位こんな風に言い争いをしている。
 友達に言わせれば『うらやましい』らしいがオレにとっては大問題だ。
 いつも太陽に負けるからどんどんオレの好みが太陽と同じになってくる。
 というのも太陽の主張は大抵あっていて、実際にそれをしてみればたいていの場合納得してしまうのだ。


  ……言っててなんか問題無いような気がしてきた。


  梅雨時で、じめじめした空気がうっとうしい日のことだった。






  外伝 ――中三の夏――






  「ただいま〜」と太陽が孤児院の扉を開く。「お帰り〜」と先生達の返事が返ってくる。
 靴を脱いでいると、後ろにくくった髪を急がしそうに左右に揺らしながら
 一人の女性がスリッパのつま先を地面にこすって走ってきた。

「お帰り! そうそう、聞いたぞ! 今度高校の進学を決める懇談があるんだって? ちゃんと言ってくれなきゃダメじゃないか」

「ゴメンゴメン! お母さんには晩御飯の時にちゃんと言うつもりだったよ。私達のクラスは今日プリント貰ったからさ」

「そか。ならよしとしよう! じゃあ明日斗と太陽は晩御飯まで部屋で勉強でもしてな」

「は〜い。じゃ宿題しよっか」

「そうだな。じゃ、オレも先生には晩御飯のときに言うよ」

  階段を上ってそれぞれの部屋に入った。
 オレ達の部屋は一つの部屋を大きな木の板で二部屋に分けただけなので、隣同士。
 鞄を置き、椅子に座ってノートを開くと太陽が部屋に入ってきて一緒に勉強する事になる。これもいつものことだ。
 太陽が近くに居るとすぐに分からないところがあると聞けるから楽でいいんだ。




「ご飯できたぞ〜! 降りてこ〜い!」

  さっきと同じ声、上杉先生の声が聞こえてきた。
 「続きは後でしよ! じゃあ降りよっか」と言う太陽に「ん」と、ノートを閉じながら軽く頭を縦に振る。




「それで? 懇談はいつにするんだ?」

  食事中に先生がオレ達に聞いてきた。
 小さい子ども達が「何の話?」と聞いていたが、他の先生達が
 「学校の先生にあなた達が学校で悪いことしてないか聞きに行くのよ」と言っているのが聞こえた。
 それを聞いた子ども達は「僕悪いことしてないよ!」と必死になって先生達に言っていた。
 それが少しおかしかった。

「そうだなぁ……じゃあ明々後日は?」

「明々後日なら……うん。大丈夫だ。明日斗もその日でいいか?」

「ん、オレのは来なくていいよ。先生も色々忙しいだろうし。進路はもう大体決まってるから話すこともないし」

  先生は少し怒ったような顔になったが、すぐにいつもの笑顔に作り変えた。

「なに? なにか母さんに言えない様な事でもあるのか? 私はお前達の母さんなんだから何でも話しな?」

  それを聴いた瞬間だ。突然喉の奥から我慢してきた声が出ていた。

「オレはあんたを母さんだなんて思ったことは一度も無い!」

  自分でも驚くほどの声で、立ち上がり先生に向かって叫んでいた。原因は分かっている。

「皆してオレの両親を勝手に殺しやがって! オレの母さん達はまだ生きてるんだ! オレは信じてる!」


  ―――うそだ。



「いつかオレを迎えに来てくれるって! このペンダントを取りにいつか帰ってくるって!」


  ―――そんなわけない。分かってるんだ。



「勝手に母親面してんじゃねぇ!」


  ――やめろ。これ以上言うんじゃない。止まってくれ……



  肩を使って息をしながらそこまで言うと、少し景色が滲んで見えている事に気づいた。
 重い…五秒程度の間だっただろうに、オレにはその時間が何分、何時間とも思えた。



  その沈黙を破ったのは目の前に座っている上杉先生だった。
 ガタンッと椅子から立ち上がると右手を上に振り上げて、思いっきりオレに向かって振り下ろしてきた。


  左頬が痛い。殴られたからか、涙が出てきた。
 でも、泣いていたのはオレだけじゃなかった。

「……あんたって子は! ここに居る子達は皆、私の子供だ! この子達も、太陽も、明日斗も!
 私だって色々我慢してるんだ! いつもいつも『先生、先生』って呼ばないでよ!
 母さんって……呼んでよっ! ねぇ!!」

  泣きながらオレに説教してくる、滲んで見える先生から逃げるようにオレはその場に背を向けた。

「あす!」

  オレを呼ぶ太陽の声が聞こえたが、聞こえないふりをして自分の部屋へと入っていった。
 鍵を閉め、木の板にもたれながらズルズルと座り込んでいく。
 なんでオレ……こんなに泣いてんだろ……泣くのは先生の方だろう……





  少しして、もたれている木の板の向こうから押し返す力を感じた。

「起きてる?」

  オレは何も言わず、暗い部屋の中動かずにただ床を見て座っていた。

「あのさ、あすは、私達はおばちゃん達を勝手に殺してるって言ったじゃない? あれね、違うんだよ?」

「あすは知らないんだろうけど、お母さんはちゃんと探してるんだよ。」

「毎週プラネットに行って頼んでるんだ。
 『手塚明日斗の家族を探してください!』って。忙しい時間の合間をぬって、毎週行ってるんだよ? 私達がここに来てから、さ」

「明日、ちゃんと話そうね? 仲直りしようね? 約束だよ」

  下を見ている目から直接床に落ち、小さな水溜りを作る涙。
 息を吸うごとに揺れる体。そのたびに木の板もぎしぎしと揺れた。
 その揺れを太陽は向こう側で感じているのだろうか。

  ずっとその場所から動かなかった。





  朝まで。ずっと――






  朝食を食べてる間、いつもならにぎやかなのだが、何か少し静かに感じた。
 原因が自分なので、オレはなんだか何も喋れなかった。



  そして無言の朝食が終り、学校へと行こうと靴を履く。
 上杉先生がいつものようにオレ達を見送るために玄関まで来ている。
 靴を履き終って、外に出る太陽とオレ。
 いつもならここでいってきますと言って終わりなのだが、オレは先生の方に振り返った。




「あ、あの〜、さ。オレも明後日でいいよ。懇談の日」

  先生が少し驚いたような顔になった。でもやっぱり、またいつもの笑顔に戻る。

「ん、わかった。じゃあいってこい!」

「約束だからな! 行ってきます。母さん」

  また驚いた顔になった。またいつもの笑顔に戻る……と思ったのだが、ちょっと涙目になってしまっていた。

「ん。約束だ」

  後ろを向いて家の中に戻ろうとしたみたいだが、止まって小さな声で

「バカ息子が」

  と、少し震えた声でそう言って母さんは家へと入っていった。

  太陽がオレを見て笑っている。

  はいはい、どうせ今のオレは顔が真っ赤ですよ。あ〜、はずかったぁ〜……



  見上げてみれば梅雨時には珍しいほどの青空が印象的な、夏休み前の一日の事だった。

 

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