「今日の晩飯なににすっか?」

  デパートのタイムサービスの時間までの暇つぶし&買うもの決めにベンチに座りながら隣に話しかける。

「んー、なにでもいいヨー」

「『なに』じゃない。そこは、『なん』だ。ってか、何でも良いは却下だ。せめて中華とか和風とか、そういうことは決めてみろ」

  ふム……、となにやら思案するような格好を取り、むむム……と唸りだす。
 頭から煙が出てもおかしくが無いほどに悩み、その結果は

「じゃあ、イタリアンがいいナ」

  と、まぁいつもどおりだ。

「それなら、なおさらお前が何作るか決めないとな。今日は何教えてくれるんだ?」

  そう言うと、今度は楽しそうに思案し始め、今度は結構すぐに思いつく。

「リゾット!!」

「よし、了解。と、なると……」

  チラシと、必要な食材を思い返す。

  買うのは、ニンニク、玉葱だろ? 後は……白ワインか……高いな……

  あ、そうだ。白ワインなら少し前にパクッて来たのがあるか。
 じゃあ、ニンニクと玉葱だけど……。ニンニクは安くならないから今買っといて、玉葱はタイムサービス対象……だな。

  うし、と立ち上がる。

「ウシは要らないヨー?」

 

  ―――ツッコむべきか……

 

 

 

  かていE   新しい日常

 

 

 

「違うヨ。そじゃなくて、水よりもブロードのがいいんだヨ。でぇ、お米の1.3倍くらいをずっとだヨ」

  先ほど買ってきた食材をリクエスト通り、リゾットにする。
 そのリゾット作りの間、絶え間なく彼女は俺のすることする事にアドバイスをくれる……のはいいんだが……

  デパートで思いっ切りツッコんだせいか、いつもよりも厳しい。
 くそ……こんなところで因果応報を身に染みて分からされるとは思ってなかった……

「はい、ダメー。かき混ぜスギ。かき混ぜすぎると、おいしく作れなイ」

  くそぅ……

 

◇                 ◇                 ◇

 

 

「ごちそーさまでしター」

  両手を合わせて元気よく挨拶。
 うむ、作った側としてはこういうことって結構単純に嬉しい。
 食器を台所の水に浸けて、俺も居間に戻る。

  机をはさんで彼女と向かい合う。

  それを確認すると、彼女は嬉しそうに体をこちらに向けなおした。

「じゃあ始めるか」

「オー! マコトの日本語英会話教室だナー!」

「どっちだ」

  ……どうせまた商店街のテレビで見た、いらんCMの影響だろう。
 それを見て日本語を勉強しとけと言ったのが俺なだけに、特に文句は言えないのだが。

「ノバー!」

  大人の事情ギリギリの単語を無視しつつ、いつものとおり、料理本を机に広げる。
 そうして、しおりを見つけ、そこに指を入れてそれを開いた。

「え……と。ここか。今日はジェラードだな」

「ジェラード、カー。あれはほっぺがキーキーなるから好きだナー」

  意味の分からない感想も無視しつつ、いつものとおり、料理本を音読する。
 それを聴きながら、彼女もそれについてくる。

『ジェラードっていうのは、イタリア語で「凍った」という意味だ。』

  本をそのまま読んだらやたらと丁寧な日本語になると思ったので、俺がちょっとスラングっぽく言い換えてからついてこさせる。
 そのおかげか、彼女の日本語は、喋り言葉としてはかなり上手くなった。

「ジェラードは……、イタリア語で「請った」と―――」

  一生懸命に思い出しながら話す彼女。
 すでに間違っているのだが、まぁこれくらいならスルーだ。
 俺の言葉を復唱するために、暗記する、のでは大して日本語を覚える事はできない。
 なので、ある程度日本語を覚えてきた今は、しっかりと、俺の言った意味を覚えて、それを言わせるようにしている。
 言った意味が同じなら、俺の言った言葉と同じじゃなくてもオッケー。と、いうことだ。

  その覚える材料に料理本を使ったのがよかったのか、もともとこいつが覚えが早いほうなのか。
 彼女はあっという間に日本語での会話を、日本人としても支障なくこなすようになった。
 そりゃある程度はおかしいところもあるけど、よく聴けば分かるし。その間違いがちょっと面白いし。

  でも、見た目は日本人に西洋がほんの少しブレンドされた程度なので、パッと見、少し綺麗な日本人、と思ってしまうのが難点だ。
 おかげで、他人は容赦なく素早い日本語を彼女に浴びせる。
 言った意味を処理する能力はまだそこまで早くないので、こう、ズバーっと言われてしまうと混乱してしまうのだ。
 ナンパ野郎が何度こいつを混乱させたか……。ホント、保護者としては勘弁して欲しい。
 混乱したこいつは俺でも意味が分からないイタリア語と日本語を融合した自作語を連発して、泣きついてくる。
 まぁ、それを見たナンパさん達は、勝手に去って行くのが嬉しいところだ。

  そんなやつらも、どんなやつらも。
 多分この時のこいつの顔を見てれば、そんなことじゃ諦めないかもしれないが。

  なんて事を考えながら、その表情を一人で楽しむのが何気に好きだったりして。

 

 

 

 

 

 

「―――じゃ、今日はここで終わりだ」

  むフー、と満足気に息を抜く彼女。
 そんなに楽しいのだろうか……?
 俺は英語の授業が楽しいと思ったことはないのだが……

「じゃあ、俺明日はバイト早く終ると思うから、賄い料理持って帰ってくるな。
 それまでは自由にしてていいけど……あんま遅くまで外出てるなよ。お前は普通にしてても目立つんだから。
 あ、そうそう。なんか最近ナンパ野郎かしらんが、玄関先に怪しい奴いるから、出るなら裏から出ろよ。
 でも、鍵は閉め忘れないよーに」

  こくり、と頷いて、彼女は布団の用意をし始める。
 それを見て、俺はさっき浸けたままほっておいた食器を洗いに行く。
 これが、つい2週間前からの俺達の日常だった。

 

  電気を消して、布団にもぐる。
 隣には彼女が枕を抱きしめる形でこちらを向いて寝転がっている。
 それを横目で確認して、俺も枕をしっかりと頭の下に敷く。

………誤解を招かないように言っておくが。

  部屋が一部屋しかないから一緒の部屋で寝ているだけだ。
 それに、俺は彼女に何もしてない。何もしてないからな。
 確かに俺は19で、彼女は18という、ちょいと危ない時期ではあるがだな。
 ってかまぁ多分、他の人たちが、こういう状況にあると知れば、そういう状況を想像するのは仕方ないと思う。
 でも、断じてそういうことは起こっていない。あぁ、断じてだ。
 なぜなら俺はそういうことで簡単に人との縁を作るような輩じゃないからだ。

「うむ。……これくらい言っとかないと、自分で自分が信用できん……」

  こちらもほぼ日課となった精神集中を終え、眠りにつこうとする。

  と、その前に。

「お休み、リュンヌ」

「オヤスミー、マコトー」

 

 

  俺の日常は、2週間の内に全く別の日常と化したのだった。

 

 

 

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