こいつは今、なんと言ったのか。

「捨てられた………?」

  と、そう、言った。

  ありえない。

  22世紀あと四分の一になったというこの時期、そんな簡単に、人間一人を捨てられるはずが無い。

何言ってるんだ?       

  ありえない。

  まだ一人立ちできてない子供だぞ?

お前は、知ってるじゃないか。      

  ありえない。

  たった10、11程度の子供を捨てる?

  それは、死ねと言ってるのと同じじゃないか。

あぁ、思い出したくも無かったけどな。      

  ありえない。

  そういうことが、事実、 ありえるという事を忘れていた自分自身が。

 

 

 

 

  かていI  新しい家

 

 

 

 

「捨てられたのか。お前」

  体を、そいつと体を正面同士に向き合わせる。
 それに、ただ、怯えるようにそいつは俯いて、それを肯定した。

「それで、死にたくなったのか」

  そいつは、俯いた顔をさらに俯かせて、それをも肯定する。

「で、今は。死にたいのか」

  やっと、そいつは頭を横に振ってくれた。

  オレは、イライラしている。

  イライラなんてもんじゃない。強烈なほどに、憤怒している。
 憤怒なんて言葉、こういうときにしか使えないんじゃないのか。
 ただし、その怒りは、こいつに向けてではなく―――

「なぁ、名前。なんていうんだ?」

  さっきまでとは打って変わった普段どおりの声に、そいつは顔を不思議そうな表情のまま上げてくる。
 それに少しオレが照れながら、その表情を隠して向き合わせ続けた。

「ほら、名前」

  あ、と言って、あわわ、と気をつけをする。
 そうして、きちんと体を直した後、そいつは元気よくオレ達に、捨てた親がつけた名前を誇らしげに言った。

「手塚 豊! 11歳! 小学5年生です!」

  宜しくお願いします! と勢いよく下げた頭から、濁った色の水がピピッ、と。
 それを空から降ってくる雨によって落として、また何事も無かったように、彼は頭を上げた。

「豊、か。生きていくための鉄則だ。覚えとけ」

  その言葉に反応して、彼はもう一度気をつけを。
 なぜかリュンヌと西村も姿勢を正した。

「死ぬな。死のうとも思うな。死んだら負けだ。生きたら勝ちだ。だから、負けず嫌いになれ」

  ………コトバってのは難しい。正直、自分自身で今の意味がよく分からない。

  だが、彼はその言葉をやたらと神妙そうに聞き取って、少しは理解できたのか、また力強く頷いた。

「ほいじゃ、まぁ。また縁があったらな」

  そう言って、オレはそいつから背を向けた。

「あの……! 皆さんはどこに住んでらっしゃるんですか!?」

  小5にしてはやたらと正しい敬語を使う。
 それに少し可笑しさを感じながら、オレは振り返った。

「家無しだよ。今からこいつらと一緒に探すんだ。」

  自分で言って、思わず苦笑。
 偉そうな事言っといて、自分は家無しホームレスて。
 まぁ死のうとしてない分、こいつ ―― 手塚 豊よりはマシか。

「家……無し?」

「そ、家無し。ホームレスだよ。21世紀ごろに問題になった。ほれ、教科書で習わなかったか?」

  その授業内容を思い出しているのか、彼は斜め上を見上げて思案し始める。
 そうして数秒。 彼は、あぁ!! と納得したように頷いて、えぇ!? とオレ達自体が疑問みたいに驚いた。

「ホームレスって……立派な犯罪じゃないですか!」

「よく勉強しました。そうだ、ホームレス・路上生活者保護法。ってやつだ」

  保護法ってのは名ばかりで、ただ単に見た目に汚いモンを一ヶ所にまとめて、目に入らないようにしたいだけなんだろうが。
 その証拠に、ホームレスをしているやつは、問答無用でムショ行きになっている。
 まぁ、最近は甘いらしいが。お陰で西村も市役所の奴に見つかってても送られなかったわけだし。

「オレらは犯罪者だ。近づかん方が身のためだな」

  そして、今度こそと背を向けて歩き出す。

  が

「そ、それなら一緒に住みませんか!!?」

  その、あまりにも魅力的な単語によって、その歩みは止められた。

「何?」

  なんと言った。
 オレの耳がおかしくないのなら。
 今、こいつは、

「一緒に」

「住ム?」

「私たちと?」

  おお。やはり皆さんそう聞こえたみたいだ。
 しかも、さすが耳ざとい。そういうことは、川の流れの音がいくら五月蝿かろうとしっかりと聞くんだもんな。

「ハイ! 僕の家に! 一緒に!」

「そ、れは……本当か?」

  と言って気づいた。

「いや、お前、捨てられたんだろう?」

  その言葉が来ると思っていたのか、彼は手を腰に当て、ふふんと自慢げに笑った。

「大丈夫です! 僕、家 持ってますから!」

  ………よく分からないが。

  ここで嘘をつくような奴ではない。
 本当なんだろうが………なんで家を持ってるんだ?

  そういう顔でそいつの事を見ていると、それに気づいたのか。彼は一度咳をはらって、説明を。

「僕、捨てられたって言いましたけどね、ちょっと言い過ぎました。
 家はあるんですよ。一人暮らしをしなさいって言われて、家をもらったんです。それだけなんですよ」

  言いながら、彼は笑った。

  ………気づいている。

  こいつは、頭がいい。
 だから、自分が、親にどういうことを言われたのか。
 ちゃんと分かっている。分かっているから、分かりたくない。
 こうやって、自分を、自分で騙して、何とか希望を繋ごうと。

  いつか、それが無駄だったと、勝手に自分に裏切られて―――

「……そうか」

「ええ。そうなんです」

  雨に濡れたその頬を伝う何筋にもなる水滴は、彼の心を正直に現したものに敵うのか。
 その、彼の笑顔を見ていると、嫌いなジブンが見えてくる。

  あぁ、このままじゃ、こいつは、ダメになる。

  昔の、ジブンを、見ているようで―――

「――手塚」

  オレのその声に顔を上げる。

「それじゃ、家、案内してくれるか?」

  リュンヌと西村がそれに頷く。
 そうして二人とも彼に笑いかけた。

 

  それを見た彼は、やっぱり笑って。

 

「ハイ! 僕の家へ行きましょう! 歓迎します!」

 

  彼はそう言って街の方へと駆けて行く。

  それを後ろから歩いて追う。

 

 

  雨の水で重くなった、買い物袋を提げながら。

  自然と、微笑えがおなオレを可笑しく思いながら。

 

 

 

 

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