緊張感が高まる制管室。いつも以上の厳重体制に、人の心臓の音が聞こえてくるようだった。
三原は、今日が決戦の日だと思っていた。二度と会えないと言っていた真井が現れる気がしていたからだ。
鳴ってもすぐに対応できるように、携帯電話は左手で握り締めていた。勿論マナーモードではある。
警備に当っている兵士たちからは、逐一定時連絡が入るようにしてあり、異変にはすぐに対応できるように
してはあるが、三原の不安は拭いきれなかった。何かとてつもない脅威が襲ってきそうでたまらなかったからである。
何度も何度も額の汗を拭き、薄暗く狭い部屋で三時間も閉じこもっていた。
「今日、誰も来なかったら俺たちは笑いものだな。」
兵士たちの共通の思いであった。
だが、そんな不安は別の不安へと移り変わる緊急連絡が入った。
「こちら管制塔警備班!滑走路に次々とパラシュート部隊が降下して来ます!人数は着陸している者でも
二十人を超し、降下中のもを含めますと、五十人以上になります!今ならまだ無防備です。攻撃命令を!」
三原の汗は止まることなく震える全身を流れ、左手にいつも以上の力が入る。
「全員即座に滑走路中央へ集合、攻撃態勢に移れ!」
一分後、攻撃準備完了の報告と、敵軍の攻撃準備も整った報告が入った。
警備員四十二人に対し、敵軍八十七人。攻撃が始まれば、戦後初の国内紛争となるだろう。敵軍は皆日本人だった。
「三原二佐!指示を!」
「今考えている!」
「向こうは一向に動く気配がありません。うまくいけば報復と言う事も!」
「・・・・・・・・・。よし!先ずは、要求を聞け。」
外の状況が全く分からない状態であった。制管室に配備されている監視モニターでは、滑走路中央は映し出せなかった。
二分後、再び無線が入る。
「相手の要望は、降伏であります。すべての軍備、装備の解除を求めてきています。」
「勿論拒否しただろうな。」
「はい、一応その要望には答えられないと伝え、こちらも武装解除を呼びかけました。」
「とりあえず現状維持だ」
三原は初めての体験に頭が働かないようである。どうすれば武装解除してもらえるか、そんな事しか
考えられなかった。
だが、頭悩ます彼に救いの電話が掛かってきた。震えながらその電話に出た。
「三原二佐ですか?僕です。真井です。」
三原の頭が活性化した。何を聞き、何を話せばいいか即座に判断できた。
「これは一体何のマネだ真井。正面から堂々と、しかもあんなに大量の人間じゃあ任務は遂行しにくいんじゃないのか?」
真井は笑った
「何か調べてきていると期待してたのに残念ですよ。」
三原は鼻で笑い返した。
「そんなわけないじゃないか。調べさせてもらったよ、お前のこと。上原三佐が殺されておこってるのか?」
真井は大きく笑った
「期待した僕がばかでしたよ。上原三佐を殺したのは僕ですよ。」
三原は凍りついてしまい、言葉が出なかった。
「彼は僕の先輩でした。でも、彼の勘の鋭さには驚きました。ある日僕は彼の部屋に呼ばれ、行ってみると銃口を
向けられたんですよ。そして一言、『お前スパイか』って。僕は大きく否定しました。だが疑いは晴れなかった。
彼はいろんな人に言いふらしました。個人名は挙げませんでしたけどね。」
氷が溶け、はっとした顔をして三原は答えた。
「二年前にあったあのスパイ騒動はそれでか!」
「僕が航空科に来てから彼が騒いだんですよ。やっぱりスパイだったて。」
「だから殺したのか?」
「そこまで僕も冷酷ではありませんよ。彼は僕を徹底的に調べ上げました。僕が拉致被害者の一人だという事まで。」
「じゃあお前は金正日の使いまわしか!何故日本を裏切るんだ。お前は拉致されたんじゃないのか!」
「確かに僕は拉致されました。でも僕は金正日の使いではありませんよ。第一裏切ったのは日本ですよ。」
平和ボケしている日本が裏切る事の意味が分からなかった。そもそも日本に軍事機密など隠していたら、
悪の枢軸国の一つとしてある国から攻撃されるに違いない。真井の言葉は信用できなかった。
「多分あなたには理解できないと思います。だからもう焦らすのはやめましょう。これは事実です。
あなたの大好きな日本の自衛隊は、核兵器を作り、隠し持ち、アメリカから輸入までしていた。これは裏切り行為
では無いのか!拉致された僕は最初は信じる事は出来なかった。ただ調べていくうちに、不信な行動は
いくつかみつかったんですよ。アメリカに服従している理由がよく分かりましたよ。」
制管室にいるに隊員達がざわめき出した。携帯からもれる真井の声をしっかりと拾っていた。
「真井。それはお前の勘違いじゃないのか?いつから核兵器に関与していたって言うんだ。」
「僕がそんなことを知っているわけ無いじゃないですか。国家機密は幕僚長に聞くのが一番ですよ。」
「そんな事簡単に俺に教えてくれると思っているのか!第一日本なんかに・・・」
「それじゃキリがありませんよ。とにかく話を聞いてみるべきです。あなたが話を聞きに行けば、部隊は勝手に
引き上げてくれますよ。」
三原には選択肢が無かった。一度死んでいる部下の事を思い出し、もう二度と同じ過ちは繰り返したくなかったので、
幕僚長室へ行くしかなかったのである。
「なあ、最後に聞かせてくれ。お前は何者なんだ。神か?それともただの人間か?」
「僕は北朝鮮の最高権力者。金正日なんてただのポーン(駒)ですよ」
「なるほど・・・・」
三原自ら電話を切り、膝から崩れていった。周りの部下が心配そうに声を掛ける。今はうなずくしか出来なかった。
「三原二佐。今あなたは此処の隊長です。部下を見殺しにする事は出来ないはずです。ですから
どうか幕僚長室へいって、真偽を確かめてきてください。私たちのために、日本のために。」
人は言葉と感情で支えられている事を改めて実感した。少し目から涙が出そうだったが耐え、立ち上がり、
部下たちに命令をした。
「俺が離れている間、任せたぞ。」
そう言い、部屋を出て行った。部下たちが三原を敬礼で見送った。
走りながら、いろいろなことを考えながら幕僚長室へ行った。部屋を空けると、そこには防衛庁長官を始めとする
政治家たちと、陸・海の将も居た。大体の事は察した。
「遅かったな。とりあえずかけたまえ」
と、国防長官がさわやかに薦める。
「もしかして、盗聴とかしてたんですか」
「盗聴とは人聞きの悪い。情報管理がしっかりしていると思っていただきたい。第一に君の電話は長すぎる。
もう少し簡潔に話すのが善良だと思うが。」
「頭がパニクっていたので。」
「まあいい。」
三原はムッとした
「さて、役者がそろったので本題と行こう。噂の核兵器は、既にわが国は所持している。それは確かだ。
だがこれは防衛力であり、戦争への抑止力である。わが国がこの六十年間以上、戦争や紛争が無いのはこのおかげだ。
世界の列強国でも一部の人間しか知らない事実だ。だが、これを裏切りと見られるのはあまりにでもある。
アメリカが安保条約を疎かにしているのもこのせいだ。」
重い空気に包まれた部屋で誰一人疑問の声を投げかけないのを見ると、全員知っていた様子だった。だが三原は
質問する義務があると感じ、
「長官がおっしゃる事は正論だと思います。ならば、専守防衛を訴える日本国として、万が一攻撃があった場合は
使用する事も辞さないという事ですか!」
国防長官は小さくうなずき、二・三枚つづりの紙を渡した。
「君への最後の命令だ。しっかりと目を通しておいてくれ。任務開始は今から二十分後だ。」
三原は何度も何度も読み返した。これが最終任務とはあまりにも酷すぎると思うが、
何故か軍人の血が騒げ自分との、葛藤が起きていた。
だが、余裕を持って考えている暇はほとんど無かった。準備をして格納庫へ行き、一台のトムキャットへ乗り込む。
機体は武装されているが、詳細は分からない。
平常心が保てないまま離陸準備が始まり、滑走路に機体を動かして行く。敵部隊はいつの間にか解散しており、
すべて真井の読みどおりと行った所だった。
離陸開始の合図が入り、機体は北西へと飛び立った (完)
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