わびぬれば身をうき草の根をたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ


なんて歌を詠んだこともあったっけ。

もちろん、その気持ちに嘘は無い。

だけど、それは。

誰でも、という意味なんかじゃない。

そう、それは。

誰でもない、あんただから。























 聞き飽きた。
私を褒め称える言葉なんてもう聞き飽きた。
曲がりなりにも言葉で楽しもうとしている立場に居る人達なのだから。
私が聞いた事も無いような言葉で褒める事くらいしてみたらどうなんだ。
……所詮言葉遊び。
遊んでいるだけなんだろう。
そんな奴らに期待したところで……無駄だったのかもしれない。


 私が美しい?
 私が詠む歌は素晴らしい?

 知っている。
そんなこと私が一番知っている。
私は綺麗だし、私の詠む歌は誰をも惹き込める。



 でも……私の歌を本当に聴いてくれる人は、どれほど居るのだろう。

 私の外見で、私の歌さえも判断されているようで。


 だけども私は笑う。
それで私の歌を聴いてくれる人が増えるのならば。

 だけども私は嘆く。
桜のように、散る事が出来ればどれほど楽だっただろうか。

私は咲いていなければいけない。
桜のように、少しの間人を楽しませ、その後は知らん顔をできるような。
そんな自由は、私にはないのだから。






 今日も良い歌が思い浮かばなかった。
まぁ思い浮かぼうと思って思い浮かぶなら、そんなに楽なことはない。
そうじゃないから、歌はこんなにも美しいんだから。

 とりあえず、もう少しふらついてみよう。
折角一人で歩くことが出来る機会を貰ったんだし。
こんな時間に帰るなんて勿体無い。

 そうやって、何をするでもなく、人の居ない小道を歩いていると。
ふ、と。
視界の隅に何かが映った。
何かを確認するまでもなく、それはよくあるような、お地蔵様だった。

「やぁや、こんなところで立ちっぱなしですか? しんどくはないのですか?」

 特にする事も思いつかない私は、そこで膝を畳む。

 こんなところにお地蔵様が居るだなんて。
周りを見渡すも、やはり誰も居ない。
こんなところに来る物好きな人なんて……私か。

「お地蔵様は、こんなところで一人居ても寂しいとか、思わないんですか?」

 一人でぶつぶつと喋りかけている私は、きっと傍から見れば相当な変人だろう。
でもここには誰も居ないのだから、誰も見て居ないのだから、多少の奇行も許されるはずだ。

 誰も見てない……。

 お地蔵様は、その瞼を固く閉じている。
そう、今、私を見ている人は誰も居ないのだ。

 なら、いつもの私の花は。

 散らせた。


「なぁ、お地蔵さん。こんなところに居たら知らないかもしれないけどさ。
 あたい、実は歌を詠んでるんだ。あんまり真面目に聞いてくれる人が居ないから、聞いてはくれないかい?」


 変わりに咲くは、小野小町の花。
歌人、小野小町の花。

 いつもの咲き続けるような、そんな花ではなく。
誰かに見て貰うために咲くような、そんな花ではなく。

 純粋に、自分がここに居る事を、自分が分かるために。
咲いた、そんな、花。



 それから、色んな歌を詠んだ。
今まで作ってきたものを、私の外見で判断されていたかもしれないような歌を。

 目は閉じ、肌は石になってしまっていても。

 その耳はちゃんとついているんだろう?

 なんて。

「その重たそうな瞼は、あたいにとってはありがたいよ。お地蔵さんの瞼の裏には、さぞ楽しい模様が彫られているんだろうねぇ。そうじゃなきゃあ、そんなにも長い間、閉じたままなんてことは無いだろう?」


 いつの間にか、周りの景色は、黒を集め始めていた。
そんな長い時間、ここにいたのだろうか、気づかなかった。

「それじゃ、また来てもいいかい? 嫌なら言っとくれよ。嫌、って言ってくれないと、また来るよ」

 なんて、自分でもズルいと分かる事を残して、その場を後にした。




 どれくらい経ったんだろうか。



 夢を見て。

 その夢を頼りにして。

 衣を裏返して眠るような。

 そんな頃もあった。


 私を綺麗だと褒め称えていた人達は、新しい「私」を見つけて、同じ言葉を吐き続けている。



 私の花は色褪せて。

 徒に移り行く時代を過ごして。

 そんな日々を嘆く事に飽きを感じてきた。

 そんな頃もあった。




 それでも私は、ここに来る。

 散る事の無かった花はいつの間にか散り終わってしまった。

 それだけの時間が経ったのだろう。

 私の外見をもって判断をしていた輩は、散った花には興味が無いと去った。

 だから私は、ここに来る。

 

「やぁや、お地蔵さん。今日も相も変わらずその瞼を開けはしないのかい」

 このお地蔵さんは、私を見ない。
昔はそれがとても気楽だった。

 でも今。
誰もが私を見なくなった今。
その閉じられた瞼が、私にはとても……。

「あんたさえも、あたいを見てはくれないんだね」

 酷い話だ。

 あれだけ人の視線というものに嫌気がさしていたと言うのに。

 やれ見捨てられたら、このザマだ。

 何を言ってくれるでもないその口に、私は一つ涙を零した。

「あんたに、もし。もしも」

 人の体温を感じることのできる、柔らかい肌があれば。

 ずっとくっついていたいのに。

 会話をする事のできる、紅い口があれば。

 時を忘れて話続けるのに。

 私を見てくれる、そんな瞳があれば。

 私しか見れないようにするのに。



 もし。もしも。

 浮草の根が絶えて、水に乗り流れて行ってしまえる様な自由があれば。

 私もそれに乗って、どこまでもついて行くと言うのに……。
































「心からうきたる舟にのりそめてひと日も浪にぬれぬ日ぞなき……なんてね」

 欠伸のせいで出てきた涙を指でふき取りながら、そんな歌を詠んでみる。
寝床にしているは、支給されたまま代えの無いおんぼろの舟。
歌の通りであれば、私の涙で作られたようなはずである川の上を、ぼんやりとただ流れる。

 そうして瞼を閉じてみるも、そこには何も楽しい風景などの模様は彫られては無かった。
まぁそりゃそうだ、なんて一つ呆れて、それでもそのまま瞑っていようと思ったその折。

 私の頭は何かに叩かれた。

 なんだなんだと驚きそれを開くと。

 そこには、

「なにが、もうすぐ終わります、かしら」

 良く見知った顔が。

「あぁ、いえ。私の休憩時間が、もうすぐ終わりますよー、なんて。あはは」

 大きめの瞳は、横たわった私を見つめる。

「減らず口もいい加減にしなさい? 私だって、貴重な休憩時間を貴方を探す時間に当てたくはないのですよ」

 会えば開くその口からは、説教しか出てきてはくれない。

「いやはや、面目ない。これからは口数も少なくもっとも真面目な死神を目指して精進する所存でありますです、はい。」

 とまぁ適当に答えたそんな私の返答に、彼女は満足するはずもなく。

「貴方は少し――……」

 これは長くなるな、と。

 私はまた、瞼の裏の景色を探しに出かける事にしたのだった。




 岸の向こうに見える、彼岸花を思い出しながら。



 私を誘ってくれた、あのお地蔵様と。



 浮草のように、自由なこの舟の上で。

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