散り散りになっていた意識が徐々に集まってくる。
 視点がはっきりしてくると、目の前には月明かりに照らされた少女が一人。
 瞬間、誰だか分かった。
 私のトモダチ。
 自然と顔が綻ぶのが分かる。
 思わず足を進めて、彼女と近づきたくなった。
 そしてベッドに座っている彼女の横に腰かけ、手を握った。

「クラサス。私の友達。クラサスだけ居れば、私はそれで幸せだよ」

 クラサスは目を大きく開き、一瞬の3倍くらいの時間が経った後、笑い掛けてくれた。
 それだけで私も幸せを感じる。何故なら私達はトモダチなんだもの。
 一緒にいるだけで幸せなんだ。

 彼女は笑顔のまま少し考える風を見せ、窓際に置いていた花を見やった。
 
「アカシャ……。アカシャ・ネム」

 あぁ、これが私の名前だった、と思い出す。
 一度大きく頷くと、彼女は一段と笑みを深め、顔を少し赤くしながら手を握り返してくれた。

「よろしくね、アカシャ。私達は絶対に裏切らない。絶対に疑わない。だってそれがトモダチだものね」

 何を当たり前の事を今更言っているんだろう。
 でも、当たり前のことを口にして、何度でも確認したくなる、そういうことは確かにあるものだ。
 私だって、それでクラサスが笑ってくれるのなら何度だって言う。何度でも、何処でも、彼女が望む、その限り。

「うん、裏切らないよ。トモダチだもん。クラサス、大好きだよ」

 やっぱり彼女は笑ってくれた。
 嬉しい。
 嬉しい。

 嬉しいっていう感情が心を満たす。

 彼女もそうなって欲しい。そうであって欲しい。
 きっとそう思うことがトモダチ。
 だから私は裏切らない。絶対に、何が起こったとしても、私はクラサスを裏切らず、共に生きていく。


 そうやって、当たり前のことを、何度でも確認して、当たり前のことを、決意した。








「ありがとう、アカシャ! 可愛い花ね、なんていう名前なんだろ」

 クラサスは私が持ってきた花を眺めながら話しかけてくる。
 私が首を傾げながら、でも可愛いでしょう? と返事をすると、クラサスも、可愛いわと返事をしてくれた。
 花を持ってくると彼女は本当に嬉しそうに笑ってくれる。
 それが私は嬉しい。
 彼女が笑ってくれる、その事実が私にはなによりも嬉しいことなんだ。
 クラサスは花を持ってこなくたって、私と話しているだけでも笑ってくれる。
 でも私はもっと笑っていて欲しい。クラサスが笑っていないなんて嫌なんだ。
 同じ笑うなら、もっともっと笑って欲しいと思うのは、トモダチとして当たり前のことのはずだ。
 だから私は彼女が喜ぶ事を見つけて、それを実践して笑ってくれた時が一番幸せだ。

 クラサスは言う。

「アカシャも私になんでも言ってくれていいんだからね。アカシャのお願いなら私も絶対に叶えてみせるわ」

 でも私は、彼女が笑ってくれること、それが願いであり、私の幸せなのだから。
 新しい願いなんてありはしないのだ。彼女と居るだけで私は幸せになれるのだから。

 私はクラサスが好きだ。
 でも、クラサスの家族は嫌いだ。
 愛されて当然の彼女を無視し、愛情を注がず、食事も十分に与えていなかったのだから、嫌いになって当然だ。
 でも私はそれを彼女に言った事は無い。
 どれだけ嫌いであっても、クラサスがここにいるのは、彼女の両親が居たからなのは間違い無いのだから。
 その事のみにおいては、本当に感謝もしている。それも事実だった。
 そしてクラサスの弟は、彼女がまだ私とトモダチになっていない時に花を持ってきてくれていたので、これは嫌いでは無い。
 でも少し前から弟は花を持って来ていない。
 一度弟にはクラサスをどう思っているのか聞く必要がある。

 彼女の周りに、彼女を愛さない存在は要らない。
 もし私しか彼女を愛さないと言うのなら、私以外要らない。
 彼女が誰かを嫌いだ、と言ったのなら、私はそいつを殺す。
 当たり前のことだ。トモダチなのだから。
 相手の幸せだけを望み、そのための行動をする。
 それが幸せじゃないはずがないのだから。
 それで私の愛を彼女が感じてくれると言うのならそれほど幸せなことは無い。

 私はいつだって、彼女の幸せだけを考えている。
 その事実が、私を満足たらしめた全てだった。






 何度花を持ってきただろうか。
 そして何度彼女は私に笑いかけてくれただろうか。
 恐らく年単位で幸せな時間が過ぎていった頃、クラサスを取り巻く環境が変化を見せ始めた。

 ――クラサスが成長してない。

 そんな噂が、ちらほら聞こえ始めた。
 小さな村だった。
 噂は風のように広まり、誰もが彼女の家の窓を通りかかるときに、ちらりと窓の奥に居る彼女を見るようになった。
 クラサスは気づいて無いようだったが、私はとても苛立った。

 何故なら、それは疑いの眼だったからだ。

 成長しない、というのは純粋に、背が伸びない、とか、太らない、とかそういうことではない。
 歳を取っていないのではないか、ということだ。
 そしてそれが一体どういう意味を成すか。

 それは、魔女ではないのか、という疑いになるのだ。

 悪魔と契約をし、魔女となった者は永遠に歳を取ることが無くなる。
 人間であれば、1年経てば1つ歳を取って、その分成長する。
 しかし魔女にはそれが無い。
 だから、成長しない、という事実は魔女である事実と同義である。

 そして今、村の人々はそれを真なることかと調べようとしているのだ。
 本当に魔女なのか、彼女は魔女になってしまったのか、と。

 魔女は人間とは共に生きていけない。
 歳を取らないからではない、純粋に嫌い合っているからだ。
 魔女がいると何か悪い事が起きる。
 そう人は信じている。
 果たしてそれが本当に本当のことなのかは誰も知らない。
 昔、魔女と共に暮らしていた人間が、まだ生きているはずがないのだから。
 それでもずっと昔から当然のように言われてきた言葉が真実なのだと疑わない。
 魔女はいけない者。悪しき者。善からぬものを呼び寄せる者。

 そして村人達は、そのような意識で、彼女を見ている、見ようとしているのだ。

 実際、彼女は魔女である。
 謂れの無いことならすぐに反論したらいいのだが、実際にそうなのだから目立った動きができない。
 ばれないようにと私も影で色々としてきたが、限界のようだった。

 魔女とばれれば、彼女は恐らく殺される。
 愛されるとは全く逆の感情で、彼女は扱われ、そして殺されるのだ。
 クラサスは優しい。
 優しいから殺せない。
 自分が殺されそうになっても、きっと彼女はそいつさえも殺すことができない。
 誰にも迷惑を掛けないようにとしてきた彼女は……
 居るだけで迷惑だ、と決め付けられて死んでいく。
 許されるはずも無かった。
 そんなことが許されていいはずが無いんだ。
 愛されるために生まれてきた彼女が、疎まれて死んでいくなんて。

「アカシャ? どうしたの、何か考えてるの?」

 はっと顔を上げる。
 どうしたことか、私はよりにもよって彼女に心配させてしまった。

「何でも無いよ、ちょっと眠かっただけ」

 なら良かったわ、と笑ってくれる彼女を見て、あぁやっぱり私は幸せだと心がきゅぅと締め付けられる。
 それでも少し怪訝な眼を向ける彼女。
 話題を逸らそうとして、何を話すか考え、彼女の顔を見る。

「そういえば、最近少し痩せて無い? あまり動かないからって、食事はちゃんとしないとダメだよ?」

 少し俯いた彼女は、

「んー、そうかなぁ。アカシャの背が高くなって、遠くから見るようになったからじゃない?」

 なんておどけて見せた。
 彼女は家族に迷惑を掛けないようにと、食事を少し減らしていると聞いていた。
 魔女になり、成長を止めた体は、人間の頃よりも食べ物を要求しなくなった。
 とはいえ、最低限の機能分を動かすための栄養は必要なのだ。
 無理はして欲しく無いが、それが彼女の考えなのだから、こちらが口出しすることではないのだろう。
 トモダチなんだから。
 彼女が信じて行っている行動を止めるなんてことはしないのだ。
 もちろん、やっぱりもっと食べたい、なんて言ってくれれば、私がどんな手を使ってでも美味しい食事を持ってくるが。

 そう。
 彼女のためになら私は何だってする。
 これは今も昔も、一度だって変わらない決意。
 今、彼女はもしかすれば殺されてしまうかもしれない状況にある。
 そんな彼女を守るためには、そんな彼女の笑顔を守るためには、私は何をすればいいのだろうか。





 今日持っていく花を探してうろうろしていると、小屋を見つけた。
 小屋の壁際には、花が何種類か咲いているのが見えた。
 少し遠くまで来てしまったが、いいところを見つけた。これから何日かはここ付近で探せばいくつかありそうだ。

 壁際に咲く花を摘むために近づき、そっと足を畳んだ。
 すると、壁越しに何か声が聞こえた。

「お前の姉ちゃん魔女って本当なのかよ」

「もし本当ならなんで殺さないんだ」

「成長してないらしいし、魔女で間違いないんじゃねえの?」

 数人の男の声が聞こえる。
 クラサスの事を話しているようだ。
 まぁこれくらいのことなら、今はもう村全体で言われている。
 確かめれば済む話なのだが、誰もそれをしない。
 魔女が怖いから。
 調べなんてしようものなら、何をされるのか分かったものじゃない……。
 きっとそういう思考を誰もが持っていて、自分がしなくてもきっと誰かが……、となり、結果誰も何もしない。
 そういうことになっているのだろう。
 何か早く行動を起こさなければいけないと思っていたが、このままならもう少し時間が稼げそうだと思っていた。

 しかし……、姉、と言ってた。
 ということは、この小屋の中に……

「あいつのことを言うのはやめてくれよ」

 やはり。
 弟が居た。
 一度、クラサスのことをどう考えているのかを聞いておきたかったところだ。
 ここは少し耳を傾けてみようと思い、息を殺した。

「なんだよ、庇うのか?」

「本当に魔女なんじゃねえのか、おい」

 野次が五月蝿い。が、確かに庇っているように聞こえる。
 弟はクラサスのことを特に嫌ってはいなかったのだろうか。
 もしそうであるなら、弟も味方につけて、噂を消す方向で行動を進めていくのも……

「俺はあいつのことを姉だなんて思ってねえんだよ」

 そう、確かに言った。

「何もできないくせに家に居て、ベッドに寝転がってるだけでさ……
 親と俺が働いて稼いだ金、作った飯を食って生きてるんだぜ?
 そんなの、家族だとも思いたくねえよ。
 それに、確かにあいつ、成長してないんだよ……。5年位前から、ずっと同じなんだよ……。
 何もしない癖に、魔女って言われるあいつの所為で、俺達家族まで魔女を匿う悪者扱いされてきてるんだぞ……?
 許せるわけないだろ。何度殺そうと思ったか……。でも、ずっとあいつの近くにいるアカシャって女の所為でできねえんだ」

 そう、言ったのだ。
 気づけば私は小屋の近くにあった鎌を強く握り締めていた。
 私の中の私が、何を望んでいるのかは、容易に分かった。
 でも、それでも、彼女はそれを望むのだろうか。
 こんな事を言っていても、こいつは彼女の弟なのだ。
 もしこれが赤の他人なら、私は何も迷うことなくこの腕を振り下ろすだろう。
 しかし、こいつは弟だ。弟を殺しても、彼女は喜んでくれるのだろうか?
 そんな思いが、小屋の扉を開けようとする私をぎりぎりのところで止めていた。

「それで、直接殺すのは難しいし、なにより俺だって怖いしな。だから……
 最近、あいつの飯出して無いんだ。家族全員で無視して、あいつは居ないものだとしてるんだ。
 そしたらさ、見る見るうちに痩せこけていってさ、魔女もやっぱ飯は食わないとダメみたいだぜ。
 笑えるよな、あの魔女が、飯食わないだけで、死にそうになってるんだ。
 もう少ししたら勝手に死んでくれるさ、これで皆不幸にならない。幸せさ」



 迷うのを、やめた。
 私は扉を勢い良く開けて、男達が呆気に取られている間に、鎌を振り下ろした。

 全員だ。
 ここにいる全員をヤる。
 一人でも残せば、私が殺したことがばれて、回りまわって、仲のいいクラサスを処刑するいい口実になる。
 男の一人が首から勢い良く血を噴出しながら倒れていくのを呆然として見やる数人の内の一人をまた同じように突き刺す。
 数瞬して、叫び声がその場を支配した。
 しかし、遅すぎた。
 私はもうすでにこの場を、叫び声と共に支配できていたのだから。
 村からは遠い。
 こいつらがどれだけ泣こうが、叫ぼうが、喚こうが……誰も来ない。誰にも聞こえない。
 自然と笑みがこぼれるのを自覚した。
 止める必要も無い。楽しいのだから。
 後はもう、ゆっくりと、一人、一人、初めて感じる、死というものの恐怖に、怯えながら、死んでいくのを、眺めるだけだった。


 誰も不幸にならない?
 そんな訳があるか。
 私が不幸になるじゃないか。
 クラサスが不幸になるじゃないか。
 クラサスが幸せであれば他の誰が不幸だろうと関係無い。
 だから私は、こいつらを殺すことで、クラサスの幸せを守るのだ。


 あぁ、なんでもっと早くにこうしなかったのか。
 殺してしまえば、ソレはもう何も言えない、何もできない。
 簡単なことだった。
 魔女なんていうやつは殺してしまえばいいだけなのだ。
 クラサスを愛さない奴は殺してしまえばいいだけなのだ。
 とても頭がすっきりしている。
 清々しい程の充実感。
 今、私は、クラサスの役に立てている。
 その事実が、私をこうまで満足させてくれる。

 動かなくなったソレらを適当なところに埋めて、一人だけ絞め殺して血があまりついていない服を適当に破り着替えた。
 そのまま着れば、その服を見て、私が犯人だとばれるかもしれないからだ。
 そうして、私はその場を後にした。


 もちろん、クラサスが喜んでくれるように、花を1つ摘んでから。
 あぁ、クラサスはこの花を見て喜んでくれるのだろうか。
 楽しみで仕方が無い。
 私は本当に、本当に幸せだ。







 あいつらを殺してから、数日経った。
 捜索隊を作り探してはいるものの、全く見つかる気配は無かった。
 小さな村だ、誰が居なくなった、なんて噂や善からぬ出来事などは、すぐに広まるのだ。



「弟もね、帰ってこないうちの一人なの……」

 クラサスはそう、少し悲しげに呟いた。
 でも、きっともう少しすれば分かってくれる。
 居なくなってよかったモノだったのだと、気づいてくれるだろう。
 私はそう信じていた。
 だって、彼女を殺そうとしていたのだから。愛していなかったのだから。

 そういえば、近いうちに両親も殺さないといけないな。
 あいつらは彼女を無視していると弟が言っていた。
 そんなものを放って置くわけにはいかない。
 しかし早すぎれば家族が一気にいなくなったことから、彼女が疑われるのは明々白々だ。
 少し、時間を置くしか無いだろう。
 そんなことを、考えていた。


 しかし、甘かった。
 村人の不信感、雌伏はもう、限界だったのだ。

 殺したやつらが見つからないその理由は、いつの間にか魔女であるクラサスが根源とされていた。

 魔女がいるから見つからない。
 魔女がいるから居なくなった。
 魔女が……殺した……。

 こうなることは予想できたはずだ。
 それでも、早すぎた。
 村人達は、私が思っていたよりももっと、魔女のことを忌み嫌っていたのだ。

 いつも通り私とクラサスが窓越しに話をしていると、突然村人達が集まり出した。
 手には農具を持ち、眼はクラサスを、敵意と言う感情しか感じる事のできない様子で射抜いていた。
 まずい、と思った時には遅かった。
 わっ、と声が上がったかと思えば、その家を囲んでいた集団は波となり私達を飲み込まんとした。
 私はクラサスを抱きしめた。
 女一人でこの人数をどうにかするなんて、不可能だ。
 抱きしめたところで何もできないのも分かっていた。
 それでもそれしかできなかったのだ。

 悔しい。
 悔しかった。

 抱きしめている間、離せと何度も叫ばれて、その度に殴られた。
 痛かった。でも絶対に離さなかった。
 しかしすぐにそれは終わりを告げた。
 木の棒か何かだろう。
 硬い鈍器のようなもので頭を思い切り殴られた。
 視界が白黒に点滅した。
 腕に力が入らない。
 ぐいと後ろに引っ張られ、私はあっけなくクラサスと離れ離れになってしまった。
 そのとき見えた彼女は、自分の腕に顔をうずめ、かたかたと震えながら泣いていた。
 ずっと、泣いていた。
 それを慰めることも、その涙をすくうことも。
 今の私には、何ひとつとして……できなかったのだ。

 村人達はクラサスを縛りあげた。
 庇おうとした私も同時に縛られ、もうどうすることもできなかった。
 クラサスはやはり、自分を殺そうとする人でさえも、手にかけることができなかった。

 村の中心に、木で作られた十字架に縛り付けられて、私は天を仰いだ。
 空はどうしようもなく無口で、何も私には言ってくれなかった。
 その空虚が、私に諦めろと言っているようにさえ感じられた。
 こんな……こんな結末……許されるはずが無い――!

「クラサス! お願いだ! こいつらを……殺すんだ! そうしないと、クラサスが死んでしまう!」

 そう叫んだ。
 やつらは少し怯んだ。
 殺されるのが怖いのだろう、今更ではあるが、実際にこう言われれば怖さなんてすぐにぶり返すものだ。

 でも、

「ダメ……できない……殺すなんてできないよ……」

 彼女は、泣いた。
 ぼろぼろと涙を流しながら、泣き始めたのだ。
 死ぬのが怖いのだろう。
 でも、殺すのも嫌なのだろう。
 恐らく、当たり前の感情なんだと思う。
 でも、その当たり前の感情さえも、こいつらは持っていない。
 魔女は死んで当然、正当なものだと信じて疑わない。
 このままでは二人とも死ぬ。
 何もできないままに、死んでいく。

 まぁ、それもいいのかもしれない。
 そんな考えが、胸をかすめた。
 クラサスがしたくないということを、無理にさせることもない。
 一人で死んでいくのも、一人で死んでいかれるのも嫌だが。
 二人で死んでいけるのなら、それはそれで、いいのかもしれない。
 そう、ずっと一緒なんだから。

「ねぇ、クラサス」

 思ったよりも、自然に口から、ふわりと言葉がこぼれた。

「二人で死ぬのと、二人で生きていくのと……どっちがいい?」

 彼女に決めてもらおう。
 死にたいというのなら、私は何の抵抗も無く、死んでいこう。
 彼女がそれを望むのだから。
 彼女の望みを叶えるのが私の役目なのだから。

 少し待った後、ずっと流したままの涙を止める努力も見せず、彼女は喉を絞った。

「――死にたくない」

 そう、

「死にたくないよぉ……」

 彼女は、

「ずっと一緒に……生きていたいよぉ……ッ!」

 言ったのだ。




 私は願った。
 願い続けた。
 彼女の願いを叶えたいと。
 絶対に、なんだって、叶えてみせると決意したあの夜から。
 私は、彼女が居なければ、ダメなんだ。
 彼女には、私が笑顔を持ってくるんだ。
 それが、トモダチなんだ。

 彼女は言った。
 ずっと一緒に生きていたい、と。

 彼女は魔女。
 私は人間。
 彼女は歳を取らず。
 私は歳を取る。
 いつか来る、絶対的な別れ。
 どれほどに願っても、それだけは叶えることはできない。
 でも、私は決めたのだ。
 なんだって叶えてみせると。

 ならば、することはたった一つだけだった。
 簡単なことだったのだ。



 
 クラサスと同じ苦しみを味わいたい。
 クラサスと同じ目線で世界を見たい。
 クラサスと同じ時間を過ごしていきたい。
 クラサスと同じように、永遠に、ずっと一緒に生きていきたい――!

 私は――魔女に…………






 周りには鮮やかな赤が広がっていた。
 そしてその赤を更なる流麗さを持たせるかのように炎が包んでいた。
 私もその赤に染まり、彼女は傷一つ負うことはなかった。
 視線を降ろすと、そこには彼女の両親が土を喰らっていた。
 それを見下して、口元が歪むのを抑え切れなかった。
 空気を吸い、自らを更に拡大させんと炎々と類焼し続ける業火を見ながら、私は笑った。
 家が焼け崩れる音と、私達二人の呼吸の音しか存在し得無いその空間で、私は笑った。
 その静寂を無理やりに破るかのように笑った。
 嬉しくて仕方が無かった。
 これで私は彼女と、永遠を手に入れたのだ。
 不可避な別れだと思っていたそれは、燃えさかる家の様に、あっけなく崩れ去ったのだ。
 業火は全てを灰にした。
 まるでクラサスを愛さなかった罪を償わせるかのように、それは焼け焦げた異臭を放ちながら燃え続けた。
 優しいクラサス。
 クラサスを愛さなかった、価値の無いこいつらでさえ、罪を償わせる機会を恵んであげるなんて。
 クラサス。クラサス。
 名前を反芻するだけで、体が喜びをかみ締め、快感が心を支配する。
 永遠を手中に収めた私達を、誰が止めることができようか。
 これから、私達は永遠に、共に生き続けることができるのだから。

「クラサス」

 私は彼女の名を呼んだ。

「私のトモダチ。クラサスだけ居れば私はそれで幸せだよ」

 いつか口にした、そんな言葉をもう一度。

「私達は絶対に裏切らない。絶対に疑わない」

 彼女はまた、そう言ってくれた。

「クラサス、生きよう。クラサスを愛さないやつなんて世界には必要ない。だから、私は生き続ける」

 彼女の手を取って、もう一度空を見上げた。
 さっきと同じように、空は何も言わなかった。
 それでも、諦めようとは思わなかった。

 彼女は笑い、その手を一段と強く握り返してくれた。

「そうね、生きましょう。それがあなたの、そして同時に私の願い。私はそれを叶えるわ」

 二人見詰め合って、笑った。





 だってそれが――




 トモダチ、だものね。

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