雨が降ってきた。

  行進中の雨。運がいい。雨の湿気で、のろしが上がらなくなるからだ。
 のろしが上がらず援軍が来ないならばこちらが圧倒的に有利。こちらは全軍を率いている。
 数で勝ち、さらに準備段階、士気、どれも勝っている。
 唯一不利な地理的問題なんて小さいものだ。

「有利に運びそうだな」

  一人呟く。

「そうですね」

「神が私たちを祝福しているのですよ」

  それに対する返答がある。

  これが私たちの目指す平和というものなのだろうか。いい気持ちだ。
 少し耳をすましてみれば、周りの人達も話をしている。やっぱりこれはいい状況みたいだ。
 あまり騒ぎすぎると油断に繋がるが、戦に向かう今、緊張のしすぎこそ死に繋がる。
 この状況を見る感じ、緊張は少ない。今日もいつもどおりの動きをして、勝てるかな。

 

 

  雨が強くなってきた。

  砦にいたのは情報どおり、二神。二神はマリーティアの騎士団脱退でアッシュ・ホルン以外注意するべき人はいない。
 ここも勝てるな。それなら少しでも戦力を温存するために将達は後衛に帰ってきてもらおう。
 みんなだって一対一ではそうそう負けるような人達ではないし、大丈夫だろう。

  案の定、第一隊が突入と同時に砦の中は制圧できた。

  ………。できた?

  簡単すぎないか? というか、敵は、どこにいるんだ? 中にいたのか?
 情報が来ない。どうなってるんだ?

「前、後方、さらに左より三方からの敵襲です!!」

  くそっ。やっぱり! よまれてたのか! どうする!? 右は川になってる。橋は狭すぎるし、今は雨が降って増水している。無理か。
 前は砦。ここに籠るか……? いや、来ると予想されていた場所だ。何か仕掛けがあると考えた方がいい。
 そうだ、今中にいる人達にも出てくるように言っとかないと。
 そうなると……やはり後方か。後方は来るときに通る場所。あまり大人数を置くとそこで私たちにばれてしまう恐れがある。
 少人数なのは後方と考えるのが普通か。それに今なら主力の私を含めて5人が揃っている。
 このメンバーなら切り抜けられる。たとえアッシュがいたとしても、5人なら倒せるはずだ。というか、私で充分か。

  よし、決まった。

「みんな! これから後退する! 前線にいるものは後ろを向かずゆっくりと後退してくるように!
 左の敵はいつもどおり普通に戦えば問題ない! 後ろは多分アッシュ・ホルンがいる! それにさえ気をつければなんて事は無い!
 落ち着いて対処すること!」

  そう言って、全員でゆっくりと後退し始めた。よし、大丈夫。被害は無い。奇襲は混乱させてなんぼ。
 混乱さえしなければただの戦力分散。しかも少人数での戦力分散なんて各個撃破してくださいといってるようなもの。
 アッシュ・ホルン、残念ながらこの策は失敗ね。

  さて、敵が見えてきた。こうなれば主力が出て一気に蹴散らすのが得策か。剣を抜く。雨が剣身に触れて二つに割れた。

  そして馬の腹を蹴り、勢いよく走り出した。

「はっ!」

  一人、二人、三人……と切り捨てていく。見た感じ500人程度の少数部隊。やはり後方が手薄だったな。
 この人数ならすぐに突破できる。これは体力と相談しながらの突破だな。体力さえ気を配ればなんてことは無い。
 アッシュとの体力さえ残ってれば良いんだ。簡単だな。

「前方よりキスティ・ホルン、さらにもう一人男が戦線に加わったとの報告!
 さらに右方より男と女の二人を発見! その男は二刀流との報告です!」

  何!? キスティ・ホルン!? それに、二刀流だって!? 前方からの男も気になるけど、二刀流の男って……

「二刀流の男はジーク・フリードではないの?」

「はっ、それが魔剣ではないとの報告です」

  魔剣じゃない……。となるとジーク・フリードではないと考えるのが普通か。
 それに今はそんなこと気にしてる場合じゃない。前方のキスティ・ホルンだ。
 もたもたしてたら前衛はキスティ・ホルンに全滅させられる。冗談じゃなくて本当に起こりうる。
 少し急がないと。

「みんな、少し分散しましょう。一気に行きますよ」

  4人にそう伝える。それだけでみんなは私の意図を分かってくれたようだ。
 頷いて、4方に散っていった。

  さぁ、私も気合入れて頑張ろう。

 

「やぁ、どうも。6年ぶりですね」

「お久しぶりです。アッシュさん」

  馬から降りる。それに彼は笑顔を返してくれた。

「さすがに今回のは驚きましたよ。報告がもう少し遅かったら僕たち全員あの砦の中で死んでました。
 まぁギリギリすぎて作戦も、援軍要請もできたもんじゃなかったですけどね」

  そういいながら、彼は剣を抜いた。それに答えるように、私も剣を構えて口を開いた。

「砦の中で死ぬか、外で死ぬか。その違いしかないですけどね」

  ……確かに、と彼はそう言った。少し驚いた。彼が私との戦いで負けると考えている事に。
 6年前戦った時はどちらかといえば負けず嫌いな、そして自信に満ちた印象だったのに。

「意外、って顔してますね」

  言って、自ら顔を崩した。

「さすがに僕だってこの状況で勝てるなんて馬鹿な考えもてませんよ。他のみんなにも言ってあります。
 死にたくなかったら何も考えずに逃げていい、って。負けるとわかっている戦に強制的に出すことはしたくありませんから」

  笑顔のままで、でも、どこか淋しげに

「大切な人を守る方法は一つじゃありませんからね」

  雨が彼の髪から滴り落ちる。それが涙に見えたのは私だけなのだろうか。

  そう思っていると。彼は剣を両手で持ち、走りかかってきた。6年前を思い出した。

  ホルン流。重く、大きい――大きすぎる振り下ろしの斬撃は相手が防ぐのを前提としているため。

  基本的にホルン流が有名なのは、その流れるような剣の動きにある。タメを作らずに重い剣。この二つの対立を綺麗に纏め上げる。
 それがホルン流――と学んだ。

  実際は違った。相手を初撃で殺す。一刀両断の一撃必殺。それが真のホルン流。
 初撃を大きい振り下ろしで防がせて、その重さに気をとられているうちに、まるで剣をすり抜けたかのように体を切り裂く。
 首元、心臓、肝臓、と急所の線をたどるように左斜めから振り下ろす。それで決まる。
 そして、それを避けられたら、みなが知っているようなホルン流の動きに連携する。
 タメを作らない。そして重さ。この二つは体を剣と共に回転させることで見事に解決する。
 左から振り下ろした剣の軌道をそのままに、体を左回りに回転させてもう一度左から剣を振る。
 回転する事によって、遠心力が得られ、重さがさらに加わる。時間がかかればかかるほど厄介になっていく、という事だ。

でも、一撃必殺なのはホルン流だけじゃない。

  予想どうり、大きな振り下ろし。しかし、大きいといってもさすがアッシュ・ホルン。そこに隙は作らない。
 隙ができたらそこで勝負を決めようと思っていたが、さすがにそれは浅はかだった。
 振り下ろしを、剣を両手でしっかりと持って上に掲げて受け止める。ここまでは6年前と同じだ。
 それを見計らって彼が私の剣の腹を滑らせる。これが6年前、私の体を切り裂いた手品の正体。
 ここからが勝負だ。

  地面に平行に構えていた剣を左に傾けた。彼の剣は私の剣の腹を滑るものなので左に傾けられるとその流れに沿ってしまう。
 雨がそれを手助けした。すでに彼の剣は私の体の線上にない。これで彼の剣が私の体を切ることは防げた。

  と、言うか。

  これで決まった。

  彼の剣は私の左の地面へと向かう途中。私の剣は彼の胸元で止まっている。今から同時に振ったとしてもどうなるかは明らか。
 剣を握る右手に力を込める。濡れて滑りそうなのを必至でこらえて一撃のもとに彼を斬りつけた。

 

  自らの振り下ろしの剣の反動に耐え切れなかったのか、彼はよたよたと前進した。
 そして剣を地面に突き刺して、倒れるのを防いだ。雨の音で彼の呼吸音は聞こえないが、予想はつく。
 周りを見渡すといつの間にか他の4人も揃っていた。そして彼を取り囲むように円になった。

「私の勝ちです。アッシュ・ホルン」

  剣を収め、彼に向けて話しかける。なにを話すか、頭の中ですでに決めてある。

「ここでこのままでいればどうなるかは分かりますね」

  剣にもたれかかったまま肩を上下させる彼は、何も反応を示さない。

「どうですか、ここは一つ、我々の方につきませんか? 私たちの技術力、正直言って貴方たちミドには負けてません。
 本拠地に行けばあなたを治すことも可能です。どうですか?」

  彼はゆっくりと顔を上げた。その顔には、今まで見なれてきたような、恐怖、怒り、不快、などの感情は無かった。

「なにを……言ってるんですか」

  誰かに似ている――

「シグル・バルムンクは聡明な方だと聞いていたんだけど……、ダメじゃないですか。そんなこともわからないなんて」

  誰……?

「そんな馬鹿な人についている人達ってのはどういう神経してるんだか……、あ、すみません。
 馬鹿についていくんだから、大馬鹿に決まってますよね、皆さん」

  笑っている。挑発の意味も含めているけど、それだけじゃない。なんだろう。この感じ。

「第一神騎士団・副団長 アッシュ・ホルン! 僕がついていくのは生涯ジーク・フリード団長一人!」

  彼は剣を地面から抜いた。

「かかってこい! 僕の決意を侮辱した罪を償わせる機会をやる!」

  言った瞬間、グローバーが彼の後ろから切りかかった。それを目で確認もせずに横に避け、その斧に乗っかって上に跳んだ。
 決まった。グローバーの手首から下はもう体から切り離された。本人は気づいていないみたいだが。
 その何もない腕を振り上げたまま、彼は地面へと倒れた。

  彼も着地して、ゆっくりと振り返り、私を見た。次は私と言っているのか。それに気づいたラザが彼に切りかかった。
 ラザの剣はレイピア。どう戦うのか、なんて思っていると、彼はラザの剣を左手に突き刺し、掴んで引き寄せた。
 そして腹を両断。速い。アース、しかもそのアースの中でも5本の指に入る二人を一瞬で。
 これが『翠の第六神』アッシュ・ホルンか。彼が仲間に入ったら……

  やめよう。意味の無い考えはもう充分。そろそろ――死んでもらおう。

「ルクレシア」

  その声に反応するかのように彼もこちらを向いた。そして目の前にあった一本を矢をはじく事もせず、体に受けた。
 またも剣を地面に突き刺して倒れることは防いだみたいだ。だけど、そんなのは結局無駄なわけだけど。

  ルクレシアが一度に何本もの弓を射る。それを体に受けてとうとう後ろに倒れた。
 片手を挙げて、ルクレシアを止める。そして彼に向かって歩き出す。

「いつか必ずあなたを……って決めてたのになぁ……」

  足下に立つ私を見ることも無く、彼は話しかけてきた。血の量が半端じゃない。これはミドじゃどう頑張ってももう無理だ。

「こちらの主力を二人も殺しておいてまだ足りないんですか」

「僕の標的は…あくまであなた。他の人なんて……関係なし…ですよ」

  そう言って、彼は何かを思い出したかのようにこちらの顔を見た。

「そうだ……あなたのアレス……結局見れなかったですね……」

「ああ……確かに今は見てませんね……。あの時は見れてたんですけど、気づかなかっただけで」

「アッシュ!!」

  突然、聞いたことがある――気がした声がした。アッシュと共にそちらを向くとそこには二刀流の男。女と一緒にいた人か?

「ははっ……久しぶりだなぁ……」

「あれは?」

「ジーク団長ですけど……わからないですか……?」

  ジーク・フリード? あれ? 女と一緒にいたのは魔剣じゃなかったって言ってたし……
 じゃあキスティ・ホルンと前から突っ込んできたほうか? それに、なんで髪の色が――

「……6年って長いなぁ……。髪が白くなってる……」

  いや、あれは白髪じゃない……。銀髪だ……。なんで? 私の中のジーク・フリードは黒髪。
 それがなんで銀髪になってるの? しかも全部じゃなくって、ちょうど半分くらい。髪の色が変わる人なんて『そっちの人』には……

  そのとき、真下を一筋の剣が通り過ぎていった。首を斬られたらしい。さすがはアッシュ・ホルン。
 隙を逃さないというか、執念深いというか、最後までも――

「これで、私のアレスが分かったでしょう」

  言って、剣を抜き、

「………そう、ですね……」

  逆手に持ち変え、

「それでは」

 

  笑った彼を、突き刺した。

 

 

 

  すぐ横にはジーク・フリード。何故か私を斬る事はしなかった。それを横目に見ながら、二人を率いてその場を去る事にした。
 知らないうちに私は首にかけた指輪を掴んでいた。迷わない。迷わないんだ。アッシュが『彼女』に似てたからってどうでも良いじゃないか。
 関係ない。そんなこと関係ない。

 

でも

  なんで笑うんだ。なんで恨んでくれないんだ。なんで私を迷わすんだ。なんで、なんで――

 

  圧勝したはずの戦場を後にする。そのとき、後ろから女性の叫び声が聞こえてきた。

  雨の音にかき消され、それはすぐに消えていった。

 

  一体、私はどうすれば良いんだろうか。

 

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