「ではカーグ、各国に伝令をよろしくお願いします」

  そう言うと、彼は床に片膝を立てて座ったまま頭を下げ、立ち上がるなり部屋から出ていった。

「後は最終確認だけかな」

  締め切っていた部屋の窓を開け、城下町を見下ろす。
 街は昨日の祭りの後片付けで忙しそうだ。風が頬を撫でる。不意に銀色が目の端に入った。

「長くなったなぁ。そういえば当分切ってなかったか」

  櫛代わりに指を髪に通すと意外にすんなりと通った。
 母さん譲りのこの銀髪が大好きだ。

「元気にしてるかなぁ――」

  城下町から視線を地平線の方へと上げる。

「遠いとこまで来たな……もう、後戻りは出来ない……」

  窓を閉め、机に置いてあったゴムを手に取り、髪をくくった。
 真っ直ぐに下におりた髪は、腰の辺りまで伸びていた。
 髪を切ろうと思っていたけど、それを見て切るのをやめた。

「戦乙女の縁担ぎにしようかな」

  少し上機嫌になった私は部屋を出る事にした。






「おはよ〜。皆がんばってるねぇ」

  城の中庭で街の人達が鎧を着て剣術の訓練をしていた。

「あ、シグル様! おはようございます! どうしたんですか?」

「用は特に無いんだけどね。訓練に付き合おうかなと思ってさ」

「ありがとうございます!」

  木製の剣を手に取り、構える。

「じゃあ早速。誰からくる?」

「お手合わせお願いします!」

「じゃあ誰か、合図を」

「はっ! ………始め!」

  兵士の一人が右手を上げて叫んだ。と同時に目の前の若い男が訓練用の剣を私に向かって突いてきた。
 それを難なくかわすと突いたままの剣を左脇で挟み、右手に持った剣で無防備な相手の体に突き立てた。

「勝負有り! 勝者、シグル・バルムンク!」

「「ありがとうございました」」

「さっきの突き、なかなかよかったよ。早かったし、相手の心臓をしっかりと捕らえてた。上手くなったね」

「ありがとうございます! やっぱり『アース』の身体能力は伊達じゃないですね!
 私みたいな剣を持ったことの無い農民が一年でここまでできるようになるとは思っても見ませんでしたよ」

「ふふ、そうね。私も思って無かったわ」

  兵士達が皆笑っている。こういう雰囲気ってなんだか心地がいい。
 ずっとここに居たい気持ちになってくる。

「さぁ、次は誰が来る?」

  いつの間にか口が動いていた。

「じゃあ私が! お願いします!」

「いいよ! どんどんかかって来なさい! 皆相手してあげるよ!」

  ……この剣術指南の間だけは、私がここに居る口実ができるから。








  剣術指南も終り、また部屋に帰って服を着替え、ベッドに仰向けに寝転がった。

  あと一週間……あと一週間で約束の日だ。

  正直言って今回の戦、数ではまだ相手の方が上だ。
 しかしこっちには『アレス』を持った人もいるし、武器を扱う能力は皆生まれ持って高い。
 数程度の不利ならば『アース』には覆すほどの能力が備わっているのだ。

  二千年前のラグナロク戦役では知識が無く、力攻めだった所為で一人の裏切りで負けてしまった。
 でも、今回は知識も持った。アースに弱点は無いんだ。



  勝てる。


  いや、勝たなくちゃいけないんだ。


  大きな平和を得る為に。


  二千年前の先祖の復讐を果すために……


  重圧で押しつぶされそうな胸を手で掴む。
 そして目を力を入れて閉じる。

  もう寝なきゃ……

  これ以上起きてたら本当につぶれそうだ……






  その日、寝れたのは瞼を閉じるのが疲れてからだった……

 

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