2000年前、私達の先祖が、彼らの先祖に戦争を挑んだ。
 初めは圧倒的な力の差で連戦連勝だった。
 誰もがアースの勝利を疑わなかった。

  でも、一人。たった一人のアースがミドに寝返った。
 それだけで、アースは負けた。

  彼は、一人のミドの女性を好いてしまったのだ。
 そして、この戦争の無意味さを知っていた。

  アースの王に戦争をやめるように言っても、間違いなく止めないだろう。
 そこで彼は危険を承知で単身ミドの王へと会いに行った。

  ミドの王は聡明で、民の事を何よりも第一に考える。さらにこの敗戦濃厚の状況。
 この状況を武器に、彼は王と交渉を始めた。

  彼の思ったとおり、王は戦争を止めれるならそれが一番だと考えた。
 しかし、今止めると言ったところで、アースが止まるわけも無い。
 そこで、彼は、王にこう、提案した。

『何戦か、私の手でミドを勝たせましょう』

  そして彼の提案は、ミドの重臣の批判さえ後押しに変えるように、あっさりと成功した。

  彼は、『予見オーディン』のアレスを持っていたのだ。

  これで終わると安心していた彼だが、甘かった。
 人の欲は終わりが無い。勝てると分かれば勝ちたくなるもの。
 王は、彼が好いた女性を餌に、その後の戦も勝たせるように命じた。

  そして、ミドガルズ歴0000年。ビフロストの戦いで、ラグナロク戦役は終結した。ミドの勝利で。

  ミドの王は、そのまま初代ミドガルズ王になり、ある任務を極秘に進めた。

『アースを殲滅せよ』

  こうして、アースの力を恐れたミドガルズ王の手により、アースはこの地上から姿を消した。

  もちろん。 彼も。

 

  だが、王は知らなかった。彼が好いた女性も、彼を好いてたことを。

  そして、彼女のその体の中に、小さなアースがいることを。

 

 

  こうして、今の私たちがここに居る。

  2000年の時を逆上れば、私たちは皆兄弟。

  そして、その彼女の血をまっすぐ、色濃く受け継いできたのが領主。

  そして、私。

  そして、ジーク・フリード。

 

 

  この戦争は、意味があったのか。

  もしかすると、過去の戦と同じように、意味の無いものだったのかもれない。

  ただ、無闇に、兄弟達を権力で傷つけただけなんじゃないのだろうか。

  この状況を見ると、そんなことしか思えなくなる。

  目の前に広がる、同盟国と私たちを結ぶはず・・だった唯一の道。

  が、消えていた。

  平原から道が細くなって細い一本道に入る場所。

  山を崩したのだろう。綺麗に塞がれていた。

  さすがの仲間も、動揺を隠せない。そして、私にもそれは収めれそうに無い。

  私だって、正直焦っているんだから。

  ああ、なんでもっとよく考えなかったのか。

  今までに無いほどの策略的な戦。だったらここまでするのが当たり前じゃないか。

  もし逆の立場なら、私だってそうしていた。

 

  終ったのか。

 

 

  そう考えた瞬間。私を襲ったのはどうしようもない虚無感と恐怖感。

  今まで何をしてきたのか。私は一体何をしたかったのか。
 私は最後の最後に、また間違ってしまったのか。皆を、危険にさらしているのか。

  本当に……私は……バカだな……

 

  ここまで来たなら、私がすることは一つだけじゃないか。

  馬から降りて、小高いところへと立つ。
 それだけで、皆は私に注目し、静かに言葉を待つ。

  その光景に、不覚ながら少し心を打たれた。
 こんな時だって、どんな事が起こったって、彼らは、私を信じてやまない。
 こんな素晴らしい兄弟達を、私は死なせるわけにはいかない。

「皆さん。まず、謝らせていただきます。私の考えが至らず、敵の策に見事に嵌ってしまいました」

  別に誰も、そんなこと無い、とか、あなたのせいじゃない、とか言うわけじゃないけど。
 その視線だけで、私は安心した。

「さて、これからのことですが、もうすでに敵はすぐそこまで迫っています。
 下手に動いて体力を消耗するよりは、ここで迎え撃ちましょう。この平原では、場所は特に有利不利はありませんから。
 ………でも、ですね」

  迎え撃つ、と言ったところで話が終わると思っていたのだろう。続く言葉に皆耳を傾けなおした。

「この戦。確実に私達の負けです」

  辺りが、しんと、静まる。いや、元々静かだった。さらに静まったというよりは、冷え切った、と言ったほうが正しいか。

「こうなったら、優先すべき内容は、どうすれば勝てるかではなく、どうすればできるだけ生き残れるか、です。
 それなら、私の頭の中で考えられる策はただ一つ。降伏です。それしかあり…」

「それはできません」

  隣に居たカーグが突然口を挟む。
 振り返ると、いつもと同じような顔つきなのに、いつもとは違った表情をあらわにしていた。
 少し、それに圧倒される。圧倒されるのは、私に中に迷いがあるから。
 そして、それを見抜いているかのように彼は私を射抜き続ける。

「それはできませんよ、シグル様。いえ、許しません」

「そうは言っても……」

「あなたは、ここまでついてきた皆を信用していないのですか?」

「そうじゃない!」

  とっさに、声が出る。
 でも、その後の言葉が続かない。

  信用していないわけが無い。
 でも、この状況は信用とかでは解決できない。
 むしろ、信頼できる仲間だからこそ、この提案をしたのだ。
 少しでも、生き残ってもらうために。

「そうじゃないけど……」

  俯くしかできなかった。
 上手い言葉が見つからない。
 どう言ったら皆を説得できて、できるだけ、ことが起きる直前まで『そのこと』を隠し通せるのか。

「シグル様。私は降伏せずに、戦い続けましょう、と言っているわけじゃないんです。
 あなたが、何を考えてるなんてお見通しですから。皆を犠牲にしたくないんですよね」

  うん。と、俯いた顔をさらに下に下げる。

「でも、お見通しなんですよ。あなたが一人、捕虜となって、降伏しようとしていることくらい」

  はっ、と顔が上がる。

  やっぱり、カーグには敵わないなぁ……

  今までしてきた事を考えれば、降伏すると言ったところで、皆の安全まではどうなるか分からない。
 それなら、皆を捕虜にさせるより、私一人で行って、処刑なりなんなりすればいいと交渉するつもりだった。
 全員捕虜にすると言えば、玉砕覚悟で総攻撃を仕掛けるとでも言って。

「なら……どうすれば……?」

  誰に言うでもなく、私自身に説いてみた。でも、答えは見つかるはずも無く。

「私に、良い考えがありますわ」

  ルクレシアの言葉に、耳を傾けた。

「良いものを、見つけまして」

 

 

 

「どうも、はじめまして。ジーク・フリードさん」

「あんたが、シグル・バルムンクか」

  考えてみれば、『ジーク・フリード』とは初めて言葉を交わした。
 昔見た漆黒の髪は、母さんにそっくりな銀髪へ。アースの種族だと証明するように、彼はそこまで年を取った印象を受けなかった。
 アースは幼少期は成長が早く、成人期が長いようにできている。彼もまた、例外ではなかった。

「さて、どうする? 降伏でもしてくれると助かるんだが。オレも無駄な戦死者は出したくない」

「ふふっ。こんな状況は想定外でしたか? 残念ながら私たち、この戦も負けるつもりはありません」

  周りでは、すでに何万もの兵士達が剣を交えていた。
 そう。私たちは同盟国との合流に成功したのだ。

  成功したのは正直奇跡に近い。
 ルクレシアが見つけた良いもの。それは棒状の見た事の無いものだった。
 何かと聞くと、それは、この山崩れを起こした張本人だとのこと。
 それに火を点けると大きな爆発が起こり、山を崩したのだという。
 それがこの山の中に一つ不発で有ったらしい。少し前にあった記録的な大雨のせいで、山が湿っていたからだろう。

  そして、その爆発物の扱いを本の知識で知っていたルクレシアが提案した事は、
 土砂崩れを起こしたもので、もう一度土砂崩れを起こすという事だった。
 土砂が崩れ、狭い一本道に土が山のようになっているから通れない。
 なら、その山のような土砂をもう一度崩せば良いだけのこと、と彼女は言った。

  その爆発物の威力。 不発だったのに、今度は上手く爆発するのか。 なにより、上手く崩れるのか。

  色々と有りすぎるほどに不安要素はあったが、どうせ何もしなかったら負けるだけ。
 私たちは、ルクレシアに全てを賭けた。

 

  そして、その結果はこの通り。

 

  数としてはほぼ互角。若干負けてはいるが、そこはアースの身体能力で充分カバーできる。

  カーグは見た事も無い女と、ルクレシアはエドと。
 それぞれ戦っている。主力の数は3対3。こちらも互角。

  さて、と。

  彼を目の前にして、もっと自分自身取り乱すと思っていたけど、意外に何もないものだ。
 頭も、逆にすっきりした。なんと言えばいいのだろうか……

  落ち着いた、とでも言えば良いのか。

  安心感。私は、彼に、安心している。

  昔の記憶がそうさせているのか。

――あぁ、やっぱり、私は『家族』で一緒に居たいんだ。

  今、この状況でいうのも変な話だけど。

  打ち明けたい。  打ち明けよう。   あなたは、私のお兄さんなのよ、って。

  そして、母さんの所に一緒に帰って、村のみんなと静かに過ごそう。

  それがいい。   そうしたい。     この戦を勝って、兄さんと一緒に家に帰ろう。

  そしたら母さんだって喜ぶに―――

「あー………。そうだった……」

  突然、彼が俯きながら、そう、呟いた。

  そして、その言葉の延長のように、彼は双剣を抜いた。

「悪いが、シグル。キスティのために死んでくれ」

  言って、走り出す。

「くっ……!!」

  後ろに跳びながら剣を抜く。
 私の体、数センチ前を魔剣グラムが通り過ぎる。
 こちらも着地と同時にデュランダルを抜ききる。
 構えると、彼はノートゥングを斬り上げの軌道で振り上げてきた。
 それを鞘で受け流す。相手は二刀流。片方を丁寧に私の剣で受け止めてたらその隙に逆から斬られて終わりだ。
 いくら死なないとはいえ、魔剣で斬られればどうなるかは分からない。
 背中にある唯一の傷が治らずに残っているのも魔剣の効果なのかもしれない。
 まだ覚醒して無かったからかもしれないけど。

  少しだけ、大人しくなってもらうしかない。
 受け流して、彼の体がその反動で無防備なところにすかさず剣を突き入れる。
 間違いなく入った――と、思ったのに。

  彼はまるで最初からそこに来ると分かっていたかのように体を捻り、それを避けた。

  間違いなくいけると思っていたので、深く突きすぎた。戻らない。
 このままじゃ斬られる。というか、彼はグラムを振り上げていた。
 後は大剣の重みをしっかりと乗せた一撃で終り。ヤバイ。引くには時間がなさ過ぎる。
――こうなったら。

  突きの反動そのままに、私は足を踏ん張って思いきり彼の方へと跳んだ。
 それをも体を捻って避けた彼だが、グラムの軌道を変えるには勢いがつきすぎていた。
 一回、二回、と転がって、跳ねるように起き上がる。
 やはりそこには間髪いれず襲い掛かる彼の双剣があった。

  連激を鞘とデュランダルで受け止める。受け止め続ける。
 時々彼の剣が体を掠めていく。やはり治りが遅い。が、しっかりと治ってはくれている。
 ……魔剣で斬られてもちゃんと治るみたいだ。多少の跡は仕方がない。そこはさすが魔剣といったところだ。

  少し落ち着きを取り戻したせいか、彼の剣筋もよく見えてきた。
 それでも気を抜けるはずもない。その瞬間、真っ二つだろう。
 でも、私は彼を止めたかった。

「お願い! 止まって! 話を……くっ! 聞いて!」

  一撃一撃受け止めるごとに力が入る。
 彼は私の言葉が聞こえていないのか。連激を止める気配は全く無い。
 一体どうしたの!? キスティのために……。キスティって言うのは『無限剣』のことだろう。
 どういうこと?  私が彼女を殺そうとした事があった?  私が何をした!?

  色々なことが頭をよぎり、彼の剣が私の頬を掠める。

「止めて! お願いよ! に……兄さん!」

  言って、とたんに口を紡いだ。

  言ってしまった。とうとう、言った。

  言ってしまったという後悔。

  でも、なんだか、逆に楽になったというか、少しの期待。

――でも

  そんな期待は始めから無かったかのように彼の連激は止まらない。緩まる気配すらない。

  剣と剣のぶつかり合いの音で聞こえなかったのか。

  それとも聞こえていて無視しているのか。

  それは分からないけど。

  もう。

  私には

  どう頑張っても言う気力は出そうに無かった。

 

  彼の剣に体を預けようと思った。 もう、どうでも良いや。みたいな。
 兄さんと会うために戦争をしたわけじゃないけど、今の私を支えているのは、皮肉にも私を殺そうとしている彼だった。

  ゆっくりと、じんわりと、心の底から想い出が満たされて、思い出してくる。

  私が泣けば彼があやし、私が笑えば彼も笑った。

  私がお願いをすれば彼はそれを叶え、私がわがままを言えば彼は叱った。

  私は、彼から色んなものをもらったと思う。モノじゃなくて、色々と。

  彼は私の願いをきいてくれていた。私は彼の願いをきいた記憶がない。

  だからこそ。

  彼の願いをきいてあげたい。

  心から、そう、思った。

 

  その時、彼の剣が止まった。
 どうしたのか。後、その振り上げているグラムを振り下ろせば、私は抵抗することなく。首を捧げるというのに。
 そして、彼はその剣をゆっくりと下ろし、腰に差した。

「一体……どうしたの……?」

  思わず、母さんの前での口調になっていた。少し恥ずかしかったけど、彼はそれを当たり前のように受け、そして言葉を返した。

「ん、なんて言えば良いのか……」

  左手を、差した剣の柄にかけながら、右手で頭を掻いている。
 なんだか、戦場には似合わない、少し滑稽な格好に、何故か私は笑えなかった。

「オレを、ぱぱっと、殺してくれないか?」

  え?

  なに?  殺せって……。  何?

  彼は、キスティのために私に死ねと言った。なのに、今度は自分を殺せと?

「えー、と……オレを憎いのは分かるけど……できたらスパッと頼むわ」

  憎い、わけ、無い。

  だからこそ、殺したくない。

  母さんに会わせたい。そして、家族で一緒に暮らしたい。

  それが……なんとなく、叶うと思っていたのは、私の願いだったから?

  彼なら、私の願いを叶えてくれると思っていたから?

  でも、彼はそれを受け入れてくれなかった。 

  ねぇ神様。

  家族で一緒に暮らしたいって願いは……わがままだった……?

 

  私は、デュランダルをぐっと握り、彼を見た。

  彼は、私の視線に気づくと、薄く、優しく笑った。

  その時、直感的に、分かった。

  アッシュが死ぬ時に笑ったのも、『彼女』が笑っていたのも。

  彼の、おかげなんだな、って。

 

  はぁ……。

  私は、夫婦揃って手にかけようとしている。
 でも、私は彼を殺すだろう。間違いなく。アースの盟主という世間体なんかじゃない。

  私は、彼の願いなら、何でもきこうと、思っていたから。

 

  デュランダルを振り上げる。

  心拍数が跳ね上がる。

  鎧をも突き破って、出てこやしないか。
 本当に、そう思って、少し怖かった。

  手が……震えて仕方が無い。その震えで、酔いそうだ。
 頭がぽー、っとしてくる。でも、吐きそうなくらいに胸は気持ち悪い。
 足は力が入らずに、膝が曲がらない方にぐにゃりと曲がりそうなぐらい揺れ続ける。
 涙が溢れ出しそうな目を開ける。

  そこには、彼が、兄さんが、やっぱり、笑っていて―――

  すっと、全ての力が抜ける。
 がくっと、じゃなくて、緊張が、と言ったほうが正しい。
 私の目には、彼しかもう映らない。
 無駄な力が無くなり、彼を殺すための力のみが私を動かす。

  ゴメンね兄さん。私が、弟じゃなくて。

 

  そして、それを振り下ろす。

  家族で一緒に暮らしたいっていうのがわがままで叶わないのなら。

  もし、私がもう一つだけでも願いを叶えてもらえるのなら。

  シャルルって……呼んで欲しかったな……

 

  手応えは、あった。

  確実に、殺せるほど、私は斬った。

  でも、彼は私の前に依然として立っていて、その胸にもたれかかるようにして立っていた人の背中が、紅い事を知った。

  彼は叫んだ。私に叫んだわけではないのに、私はそれが私に向かっての声に聞こえて、とても――怖かった。

「………え。…あ……あの……ね……」

「分かった……っ! 分かってるから……! 少し……黙っといてくれ………」

  ズキン、と、胸が確かに、痛んだ。
 彼に拒絶されてるようで、もう、何も考えられなかった。

  

  その後の、彼とその人とのやり取りは、全く頭に入っていなかった。
 ただ、突っ立っていただけ。

  私は、最後まで、兄さんの願いを、聞くことはできなかった。

  その後悔だけが………

  私を、包み込んでいた。

  そしてそれは、私の願いも叶えてもらえないのか、と、そう思った。

 

  その後、エドと女が彼の元へとやってきた。
 という事は、カーグとルクレシアは捕らえられたか、殺されたか。

  私たちは、負けた。

  アース対ミドの2000年越しの戦は、またしてもアースの負けで、終ったのだ。

  結局、私はこの戦争で何を得たのだろうか。何を生み出したのだろうか。

  その答えは、到底私には分かりそうにも無かった。

 

 

 

  それから、私は旧アスヘルム・アースガルズへと戻った。戻れた、と言うべきか。

  カーグと、ルクレシアも、無事だった。あの二人には、変な話だけど、感謝している。

  今は、アースガルズを仕切る一国の王として正式に認められ、この国をまとめている。

  村もこの国の領土に入れて、母さんも呼んだ。でも、やはりこちらには来なかった。時々遊びには来るけど。

 

  ミドガルズ王は、私を前に、そして国の皆の前で、頭を下げた。すまない、と。
 彼は知っていたようだ。私たちが何故攻め入ってきたのかを。
 そして、それを知っての短い4字を聞いた。それだけでも私は泣き出してしまった。今思えば、少し恥ずかしかったかな……

  私たち、アースは、ミドの監視下に置かれる、という一応の罰を与えられたが、王は私達の国は私達だけで決めなさい、と言ってくれた。

  アースとは知らなかったみたいだけど、昔からここら辺一体は下級の民族扱いを受けてきた。
 でも、それは私達のそういう卑屈な思い込みだった。
 ここの人達は、私たちが思っていたよりも、はるかに、寛大で、簡単に言っちゃえば、とってもいい人達だった。

  もちろん、戦争で私たちに親しい人達を殺された人達もいる。
 でも、その人達さえも、逆に私たちを殺せば、そういう思いをする人が増えるだけ、と言ってくれた。

 

  こうして、私は今、ここに居る。

  ジーク・フリードにはあれ以来会っていない。
 会ったら、何を言うかわからないし、それでもいいかな、なんて思ってたり。
 彼には彼の生活があるし……ね。

  何より、私は今の生活が大好きだ。これを壊したくない。
 ずっと得たかった確実で大きな平和。

  今、それが私達の国には確かにある。
 それを守るためならなんだってしよう。そして、なんだって我慢しよう。
 ミドに対していい思いを持っていない人は確かにまだいる。でも、それもきっと……きっと時間が解決してくれる。
 私の信頼した兄弟たちだ。いつかは分かってくれるさ。

  私に残された時間は少ない。
 戦争が終り、戦わなくてよくなった今、少しは寿命も長くなるとは思うが、正直母さんよりも長生きできるとは思えない。
 とんだ親不孝者だ。先に謝っておくね。ごめんなさい。

  外から、元気な子ども達の声が響いてきた。
 椅子に座りながら、窓をそっと開ける。風が、優しく私を撫ぜる。
 髪が風になびき、揺れる。その時見えた銀髪は、本当に、深い、深い銀だった。
 はは……思ってたよりも、さらに早そうだな……

  久しぶりの豊作祭。あの時は子供だった子達も、もう店を任せられる年になった。
 そして、新しく生まれた命が、また、店番を自慢するのだろう。そして、私はその子達を褒め、はしゃぐのを見守る。

  なんて、平和なんだろうか。私は、ここに居ても良いのかな……
 ダメって言われても、私はわがままを言わせてもらう。叱られたって、これだけは譲れない。

 

  ふぅ………

  なんだか、瞼が重くなってきた……

  ちょっと、寝ようかな……

  風が気持ちいい。

  椅子の背もたれの感触が心地いい。

  大地が、子守歌を歌ってくれる。

  心音が、子守歌のように私を安心させる。

  そして、それらは、どんどんと、ゆっくりに、なっていく。

  それにつられて、私の眠気も深くなっていく。

 

  あぁ………

 

  疲れた……

 

  みんな……

  

 

  おやすみ―――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  シグル・バルムンク (幼名 シャルロット・ゼウス) ミドガルズ歴1986〜2007

    第二次ラグナロク戦役でミドと戦ったアース連合軍の盟主。
    ミドガルズの最強騎士団、第一神騎士団・団長、ジーク・フリード(幼名 ジェイド・ゼウス)の実妹。
    また、アースの血を色濃く受け継ぐ領主の一人娘でもあり、大戦後のアースガルズの国王にもなる。
    彼女のその策はミドの軍を撹乱させ続け、一時はミドをも飲み込む勢いを得たほどであった。

    第二次ラグナロク戦役後、ミドとの停戦を正式に発表。彼女のまとめる国はミドの監視下に置かれる。
    彼女はアースガルズの建て直しに尽力し、わずか半年で元以上の繁栄に成功した。
    そして、さらにその半年後、自室で椅子で寝ているところを、彼女の部下、カーグ・カラドボルグが発見。
    毛布をかけようと近寄ったところで、彼女の死を確認した。

    享年21歳。  若すぎる死だった。

 

『神話・アラーストノウタ』  ページ133より    著 リース・ジュピター・ゼウス  

 

 

 

 

 

 

 

 

「シグル様。こんなところで寝ていると風邪をひきますよ」 

 

薄い紅が、部屋を優しく染める。

子供の声が、部屋を優しく包む。

子守歌でも歌ってもらっているのか、彼女の顔は、言いようの無い、優しさに包まれていた。

それを、まとめて包んで、彼女に毛布をかけた。

 

「……お疲れ様でした。ゆっくりと……お休みください……」

 

 

そう

 

子守歌のような

 

アラーストの歌に、包まれて―――

 

 

 

 

 

 

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