謎の二刀流の剣士を捕らえたとの報告があった。
母さんを部屋に残し、私は彼を監禁している捕虜室へと向かった。
正直、頭の中は冷静に今からどういうことを聞きだすかなんて事は考えれてなかった。
階段を一段一段下りて行くその度に、私の心の中奥深くに向かっているような気がしていた。
「あなたが、偽ジーク・フリード?」
下を向いていた彼にそう話しかけると、彼はゆっくりと顔を上げて、私の顔をキッ、と睨んだ。
「シグル……バルムンク……?」
「ええ、そうです。なにやら、私を呼んでいたようで」
そうなんですよ、と立ち上がると、彼と私を遮る柵の近くまで彼は歩み寄る。
兵士が、危ないのでお下がりください、と言ったが、大丈夫です、と私は下がらずに彼を睨み返した。
「アッシュ兄さんを殺したのは、あなたで間違いないんですね?」
すでに知っているのだろう。でも、聞かずにはいられない。その気持ちは、痛いほどによく分かる。
どれだけ分かろうとしていても、どこかで信じたくない気持ちがある。それを無くすには、誰かに言ってもらうしかないのだろうか。
「ええ。私です」
「そ……か……」
柵に掴みかかってくるのかと思ったら、想像とは逆に彼は奥へと戻り、壁にもたれかかりながら座っていった。
「では、逆に私からの質問です」
その言葉に、反応は示さなかったけど、拒否する感じは無かったのでそのまま続けた。
「そうですね。まずは、あなたの名前でも」
「……エドワード=アテナ」
エド……
聞いたことがある。どこでだったかな……
ああ、思い出した。ジーク・フリードが追放された時に一緒に連れて行った男の子の名前だ。
なるほど、それなら彼の常人離れした腕も納得できる。彼に仕込まれたんだろうからな。
「それでは、次の質問です。何故、あなたはジーク・フリードと一緒にミドガルズを出たのですか?」
「あ、ボクだって知ってるんですか。さすが、頭が良いって有名なだけはあるなぁ……」
そう言って、彼は少し笑った。何故だろうか。少し、頭にきた。
「何故……か。あの時はボクも分からなかったんですけどね。どうやら、ボクらはアースらしいですね」
何を言っているのか。アースなわけ……
私が何を言っているんだ……。さっき知ったばかりじゃないか……
そう。ジーク・フリードはアースだ。間違っていない。でも、なんでそれを知っているんだ?
いや、その前に、エドもアース? そうだったのか?
「あ、一つだけ確認されてもらってもいいですか?
アースの人達って、アレスって言う特殊能力持ってるって聞いたんですけど、本当なんですか?」
「ええ。本当です。もう、常識のはずですが……。それが何か?」
「いや、それならやっぱりボクもアースの血が流れてるんだなって思っただけですよ。
ボクは元々、まっさらなミドだったんですけど、兄さん――あ、ジークさんに輸血してもらったんですよ。
それでめでたくジーク・フリードの複製の出来上がり、ってね」
「へぇ……。 ?」
いや、ちょっと待て。今、大事な事言わなかったか?
元々ミドだった彼は、アースの血を輸血されてアースになった……ってこと?
しかも、アレスの確認をしてアースって事を再確認したってことは彼はアレスまでもが覚醒してる。
ジーク・フリードの複製、と言ったところから、アレスの種類が一緒ということも予想できる。
――なんてこと。なんでこんな事に気づかなかったのか……
アースの『血』がアレスや、武器を扱う能力を上げていることは私たちにとって常識だった。
そう、常識過ぎたんだ。身近すぎた。そうだ、血なんだ。血を与えれば、その血が持ったアレスを複製できるのか。
一個人が持った能力じゃなく、血が持った能力。
そう考えればもしかすると今までの限界の2種を越えて、3種以上のアレスを持った人ができるかもしれない。
「なるほど……。追放された時はまだアースのことはよく分かっていなかったときですからね。
不安な所は早いとこから潰しとこうってことだったんでしょうね」
今までの重大な発見は頭の中にしっかりとしまって、もう一度彼と向き合う事にする。
「あ、でも、兄さんには内緒ですよ? 兄さんはアースがアレス持ってるってことも、自分がアースだってことも知らないんですから」
「……そう、ですか……」
そうか……知らないのか。
少し、悲しいような、安心したような。
私も、自分がアースという種族で、アレスというのものを持っているなんて事を知ったのは、戦が起こる少し前の話だった。
母さんが、故意に隠していたからだろう。理由は知らないけれど、多分そう。
そうなれば、彼も――私にとっても兄にあたる彼も知らなかったのだろう。
そして、それを知る前に村から逃げ出した。それなら知らないのも分かる。
「さて、と。じゃあボクはちょっとゆっくりさせてもらっても良いですか? ……さすがに……つかれたや……」
彼は三角に折り曲げた足に腕をかけて、その腕に頭をのせて寝る格好を取った。
……まぁ、もう聞くことも特に思いつかないし、いいかな。
「ええ。それではおやすみなさい」
言って、私は階段を上り始めた。
でも、心の奥から上がってくる感じはしなかった。
「…………と、いうことらしい」
カーグに、エドとの会話を話すと、彼は私と同じ事を考えたのだろう。いつもに比べて難しい顔をした。
「なるほど。そうなると、あの計画も、本当にありえるかもしれませんね………」
できる事なら……したくはない。
それは私だけではなく、彼も、そしてほとんどの人もそう感じている……と、思いたい。
だからこそ、私が使い物にならなくなる前にこの戦争を終らせないといけない。
それに……
………。
なにやら、下のほうが騒がしい。何かあったのだろうか。
そう思った矢先、ドアがノックされ、返事をする前にそれは勢いよく開け放たれた。
「どうしたのですか。そんなに慌てて。いつでも冷静さを欠いてはいけませんよ」
「す、すみません。しかし、ミドが……ミドが攻めてきたんです!」
「ビフロスト……か」
目の前に広がるビフロスト平原。ここには戦略に大切になる砦も無いし、拠点も無い。
ただ、緩やかに山になり、また緩やかに谷になってゆく。
その繰り返しが永遠に続くかと錯覚させるように、ただただ繰り返す。
途中にある川。そしてそれにかかる橋。アースとミドを二分する橋。
……なにか、一種の運命を感じているのは私だけだろうか。
これも、神の意思なんだろうか。
2000年前のラグナロク戦役で、最後の戦いがあった場所。
そして、アースが負けた場所。
ま、そんな感傷に浸るのは目の前に広がる、今までに見た事の無い敵の数を0にしてからにしよう。
さて、どうするか……
まず、数だな。あまりにも突然すぎる奇襲だった。こっちはまだ同盟国からの援軍が来ていない。
エドワード=アテナに砦を占領されていっていたのを忘れていた。
こちらに気づかれずに進軍できる距離が増えている事を計算に入れていなかった。
まぁ今さらこんな事を後悔しても仕方が無い。さぁ、続きを考えようか。
敵に比べれば、こちらの数は半数。もしくはそれ以下。このままでは正直やばい。
旗を多量に持たせたので、数の上では一応の偽装はしているが、この真昼間。ばれるのは時間の問題か。
そうなれば、援軍が来るまで耐える事が第一の勝利条件。時間稼ぎ、そして相手の攻撃を和らげるのに適している場所は……
……迷う事は無い。間違いなく、橋だ。というか、橋以外そういうところがない。
先に橋を取ったほうが有利ではあるけど……。そこに向かうには前進しなければいけないし……
それに、気になるのが何故彼らは先に来ていたのにも関わらず、橋を取らなかったのか。
罠が仕掛けられていると考えるのが普通だけど……
そうなれば、仕方が無い。やっぱりここで待機しかない。
……しかし、何故彼らは奇襲に成功したといっても間違いではないのに、攻めてこないのか。
ちゃっちゃと攻めてしまっていれば、こっちが今のように作戦を考える前に乱戦に持ち込めたのに。
色々と、裏がありそうだ。今までの戦いじゃ、こんなことは無かったのに……
誰か、新しい人が入った、と考えるのが普通ね。何もこんな時に入らなくたって良いのに……
ああ、くそっ。今日は色々なことが一気にありすぎよ! 頭が綺麗にまとまってくれやしない。
こんなにむしゃくしゃするのは初めて。原因は分かってる。ジーク・フリードのせい。
目の前に広がる敵軍の中にいるのだろうか。
彼に会ったら、私はどうするのだろうか。
妹という事を打ち明ける? アースに帰ってきてもらう? 母さんが会いたがっている事を伝える?
……いつもはこんな事言うのは大嫌いだけど……。会ってみないと分からない、わね。
それにしても……やはり相手は動かない。ここに陣取ってからすでに3時間は経過している。
相手はさらに長いはず。一体何を考えているのか……
――もしかして、すでに私は策に
そう思った瞬間、後ろから大きな爆発音が。
振り返ると私達の本拠地、アースガルズの方角から煙が。
しまった! やはり時間稼ぎか! 気づくのが遅かった! いつもならこんな事は無いのに……っ!
とたん、前方からも地響きに似た振動が私を襲う。攻めてきたな。
さぁ、終わった事は何をしたって変えられないんだ。今できる最善を考えよう。
とりあえず、前方の敵がこちらに届くまでにはまだ時間は充分にある。
距離はしっかり取っといて正解だった。援軍もあと少しのはずだ。これなら耐えられる。
それまでは私とカーグ、そしてルクレシアで食い止めてみせる。
「カーグ、皆は動揺してる?」
「いえ、多少の動揺は見られますが、大したことではありません。皆、あなたを信用していますから」
よし、思ったとおり。さすが私が信頼する人達。私の期待を裏切らない。
でも、やはり目に見えない動揺というものはあるもの。それが敵を目の前にすると突然出てきたりするのはよくあることだからな。
「それじゃ、今から士気を入れなおそう。カーグ、ルクレシア。ついてきて」
「はっ」
「わかりました」
馬に乗って、皆よりも少し高い位置になる。そして、カーグが一声かけると、皆は一斉にこちらを注目した。
「みんな。正直言って、少し緊張しているでしょう。実は私もそうです。今までに無いほどの戦略的な戦。
さらに援軍はまだ来ていない。人数での圧倒的な不利。このままでは、負けは濃厚です。
しかも、撤退すべきところはすでに撃破。後戻りはできません。もしかすると後ろからも敵が来て、挟み撃ちかもしれません」
そこまで一気に言う。みな、そこまでしっかりと個人の頭で考えていたのだろう。思ったよりも動揺は少ない。
よし、大丈夫。落ち着いたものだ。これならいつもどおりの戦いはできる。
後は、今回の作戦を伝えるだけだ。
「さて、それでは策の方ですが、とりあえずこの状況を打破するためには同盟国との合流が欠かせません。
挟み撃ちを回避する事も含めて、できる限り右方向へと移動しましょう。一番近い同盟国の方角もそちらです。
敵が私たちと剣を交える頃には左方からも同盟国が来ていることでしょう。そうすれば逆にこちらが挟み撃ちにできます」
作戦と言うか、時間稼ぎの方法を皆に伝える。これ以外に生き残る方法は無い。
もし、これが失敗すれば――
いや、やめよう。最悪の状況を考えるのは悪いことではないけど、さすがにこれは考えると気が滅入ってしまう。
さぁ。それじゃ、この戦、勝たせてもらいましょう。
――今思えば、この決断さえも、彼らの策に嵌められていたのだろう。
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