ここは……。――ああ。天国か。オレ、死んだんだ。はは、結構簡単なんだな、死ぬのって。

  ん、誰だ? オレの背中を引っ張るのは。放してくれ。

  おい。放してくれって。………ん? どうした? なんでそんなに苦しそうなんだ。

  血…! 血が出てるじゃないか! 大丈夫か!? 頑張れ! 死ぬんじゃないぞ! くそっ! 誰がやったんだ!!

  ……あ? 何でオレを指すんだよ……。オレなわけないだろ? 何だよその目は……。見るなよっ!

  あれ? 何でオレの手こんなにぬるぬるしてんだよ……。なんだよ……なんでこんな赤い剣持ってんだよ……。

  オレじゃねぇっ! 見るな! 来るな! 来ないでくれ! オ、オレが悪かった! 悪気は無かったんだ!!

  許して……くれよぉ……。もう、オレを苦しめないでくれ……。まだなのか……? まだ償えてないのか?

  シャルル――

 

 

「――ん」

  ここは……。――どこだ? 知らない天井を見上げながらぼんやりと現状を理解しようと勝手に頭が働く。
 うっとうしいほどに真っ白い板に正方形に区切る線が定期的に入る。

『死んだ……わけじゃないのか』

  ゆっくりと体を起こすと腕に鈍い痛みを覚えた。見てみると、半袖の白装束から無数の刺し痕が見えた。
 そして逆の手を見ると、そこにはもう一つ、絡んだ指があった。

「キスティ……」

  ベットにもたれかかって無用心に寝ている。騎士にあるまじき行為だ。でも……そこまで心配してくれたってことだろう。
 起こさないように注射の痕のある方の手で頭をそっと撫でる。
 起こさないように、と注意したがさすがは団長、それだけでも起きてしまったみたいだ。
 瞼が痙攣したようにぴくぴくと動いた後、ゆっくりと上がっていった。

「……あれ」

  オレの顔を見つけると、細い瞳でじろじろと――いや、視点が定まらない瞳で全体を見渡した。

「ジッ……ク? ジック! あぁ……。良かった……」

  キスティはオレの顔を見るなり泣き始めてしまった。彼女は……親しい人の死というものを異常なほどに恐がっている。
 だからだろう、オレが起き上がってくれた事に対して人二倍喜んでいるみたいだ。
 キスティがそれを恐れるの様になったのは、誰でもない――オレのせいなわけなんだが。

  ――死か。

「なぁキスティ。ここって、どこなんだ?」 周りを見渡しながら、声は彼女に向けた。

「あ、ここはね、ヨツンガルズの救急室なんです。あの後、皆でここまで移動して、」

「ヨツンガルズ、だと……。ってことは、ミドガルズは……」

「はい……敵に……アース軍に占領されました……」 うつむいて、少し申し訳なさそうに彼女は言った。

  三つのショックを受けたオレは喉を締め付けられた気分になった。

  占領……。負けた……。オレが騎士団に入って……初めて負けた……。
 しかもそれがアース軍だと? アースって言ったら、2000年前にラグナロク戦役で絶滅したんじゃないのか?

  そして何より

「サラは……サラはどこなんだ? どうなったんだ!?」

  肩を掴んで激しくゆさぶる。なんの抵抗もせず、首の据わってない子供みたいに頭が揺れる。
 その、逸らされた視線が、全部教えてくれた。

「スミマセン……スミマセン……スミマセン……」

  止めを刺されたオレは、逆に落ち着いた。手を放して、謝り続ける彼女の頭を抱きしめる。

「悪い……。お前は何も悪くないのにな……。謝るのはオレの方だ。悪かった」

  それから少しして、アッシュも来て三人で話しはじめた。
 オレは三日間寝たきりだったらしい。そしてその間に、ヨツンガルズまで運ばれてここに寝かされて、治療をされていた。
 寝ている途中、エドが出血多量でここに運ばれてきたが、オレの血を使って助かったみたいだ。
 寝たきりになるような傷の割には、血も傷も回復が早く、輸血するには十分な量があったらしい。
 エドは、何万人に一人という割合の血液型なので、輸血をできる人がいなかった。
 でも、なんとオレはそのエドと全く同じの血液型なのだ。昔それを自慢してエドと一緒にサラやキスティ達に言った記憶がある。
 それを覚えていたらしく、キスティが医者に提案したらしい。おかげで、エドは助かったと言う事だ。

  サラは……未だ敵軍に囲まれているのか……。オレは…ちゃんと見送る事さえできなかった……。
 いつか、絶対に―――

 

 

  そして、それから七日が経った。

  ベッドからはとっくに脱退して、今はヨツンガルズを歩き回っている。
 ここの国のやつらは誰もがでかい。その体だけで敵を圧倒するには十分だろう。
 はじめてみたときは軽くびびったが、今となりゃ、こんなやつらが仲間にいることのほうが安心だ。
 図体に似合わない友好的な性格のおかげで、ミドガルズの皆もすんなりと受け入れられた。
 約2万いたミドガルズの国民のうち、生き残ったのは7000人。
 騎士団員は約6000人いて、今は4000人。総勢2万6000人中、1万1000人がここにいる。

  圧倒的な完敗。騎士団は国民を守るために結成されたもの。その騎士団が国民の半分も守れなかったのだ。

  オレの指示のせいで。

「ふぅ……」

  広場にあった長いすに腰を下ろす。腰に差している双剣が、かしゃんと鳴る。
 起きてから、オレは一度も剣を抜いていない。抜く気になれないのだ。
 何度もアッシュや部下、ヨツンガルズのやつらにも一緒に稽古しようと言われたが、その気にはなれなかった。

  オレの剣は、もう、折れた。

  守りたかったものを見捨てて戦場に出た。そう、お前を守るためだと言い聞かせて。
 するとどうだ。オレは相手に完全に策にはめられ、その人を失った。
 何が無影の双剣だ。剣がないだけじゃないか。そりゃ影も映らんわな。

「お兄ちゃん? どうしたの?」

  一人で苦笑していると、エドがオレの足元から声をかけてきた。
 エドはオレの血で一命を取り留めたものの、両親は殺された。アース軍に。
 そして、今は城でそういう境遇の子達と一緒に暮らしている。両親が死んだのが分からないのか、
 エドはいつものとおり明るい。死んだことが理解できないような歳ではないはずだが……。
 いや、むしろ人を気遣うことのできる歳だ。

  ああ、なんだ。そういうことか……

「ん? なんでもないさ。ただちょっと考え事してたんだ」

  脇に手を差し入れて、ひょいと持ち上げて膝に乗せる。
 昔と比べて重くなったのを感じて、時の流れを感じた。やっぱ、あの頃と比べりゃもうおっさんだな。

「なぁ、エド。お前今いくつだ?」

「11だよ」

「へぇ……。もうそんなになってたのか……。オレん中ではお前は出会った頃の小さいままだった」

「出逢った頃っていうと……僕は4歳ぐらいかなぁ?」

「そんなもんだろうな。にしても……ほんっとお前11歳には見えねぇな。ちっさすぎだろ」

  エドは少しすねたらしく。下を向いてしまった。こういうところも小さく見せる要因なんだろうな。

「さぁエド。そろそろ帰ろうか。暗くなってきた」

「うん」

  膝から跳ねるように降りると、オレの手を握ってきた。やっぱり子供だな。

  でも、嫌いじゃない。

 

 

  それから2日経った。あの敗戦の中、敵の一番の狙いだっただろう、ミドガルズ王は生き残った。
 街の皆が予想以上に抵抗してきたのだろう。それに手間取っていると騎士団が街に帰ってきたってとこだろ。
 王が生きている。それがオレ達ミドガルズ国民にとっての唯一の救いだった。
 そして、その王のおかげで、今こうしてヨツンガルズに住むことができている。
 しかも事情を説明したところ、これからは共同戦線を張ってくれるとのことだ。
 敵はアース軍と名乗った。これは、ミドガルズだけを敵対視した争いではない事は明白だった。

『ミド』

  『アース』対『ミド』の争いなんだ。本当に敵がアースなのかなんてオレには分からないが、
 そう名乗っている限り、敵は攻めてくる。王も打ち取れていない。
 次また攻めてくるまで、そう時間はかからないだろう。

「さすがにそろそろ剣を抜かなくちゃいけないのかな……。守るもの、か。エドだって、大切な人だ」

  部屋で考えていると、突然人事大臣が部屋に入ってきた。大臣と言っても、ここでは神騎士団・団長の方が位は上だ。
 普段からそんな気にしてないが、とりあえず言っとくだけ言っとく事にした。

「ノックくらいしろ」

  しかし、相手はそんなオレの言葉を無視して。手紙を広げ、オレに見せてきた。

  これは……王の直筆……。しかも縁取りの模様からして第一級のものだ。
 そんな大事なものをなんで人事大臣なんかに渡したんだろうか。普段は直接オレを呼ぶのに……。

  大臣は、軽くオレに見せてきた後、文字を自分の方へと向けた。
 そして、一度咳払いをし、それを読み始めた。

 

 

 

「皆のもの、ご苦労。集まってもらったのは、これからのことを話し合うためだ」

  王は神騎士団の団長、副団長の皆を集めて集会をすると言っていたはず。
 でも……

『ジックはどうしたのでしょう……』

  片膝をついて王の前に敬意を表しながら、そんな事を考える。

『また遅刻でしょうか。ふふっ、地形が変わったからって言い訳するんでしょうね。楽しみだわ』

  楽しみは後に取っといて、とりあえず今は王の言葉に耳を傾ける。

「ああ、そうだ。今から名前を呼ばれた者は前へ」

  大臣が王に紙を渡した。それを王が読み始める。

「キスティ・ホルン騎士団長。アッシュ・ホルン副騎士団長。以上二名、前へ」

  私達姉弟? 何かしたかしら……。
 もしかしたら今回はジックより活躍したし、勲章でももらえるのかな。

「キスティ・ホルン」

「はっ」

  立っていると。王にもう一度名前を呼ばれた。そして、一歩前へ出る。

「ぬしには、『第一神騎士団・団長』の位を授ける」

  ――え?

  第一? 団長? なんで? ジックはどうしたの? 隣のアッシュも、後ろにいる皆も同じ事を考えているだろう。
 でも、王は気にせず――わざとに気にしていないふりをしてアッシュの名前を呼んだ。

「ぬしは、『第二神騎士団・団長』の位を授ける」

  アッシュは私の位置についた。

  でも、そんなことはどうでもいい。

「ジックは――ジーク・フリードはどうしたのですか!?」

  王は少しうつむいて、私の言葉から逃げようとした。逃がすまいとしたが、隣にいた大臣が口を開いた。

「奴は、逆賊としてこの地から追放した。いち早く城に戻って来たのにもかかわらず、王の安全を確保せず、
 それどころか自分の女の元へと行った。これは立派な王への反逆行為である。よって彼は追放されたのだ」

  逆賊だって? 追放されたの? そんな……そんなはずは……

「ミドガルズ王!! あなたはこれで良いのですか!? ジックのことはあなたもよく知っているはずです!
 どれだけあなたを尊敬して、どれだけあなたを親しく思って、どれだけあなたを大切に思っていたかを!
 サラだって、あなたにとっても大切な人でしょう!? ねぇ! そうでしょう!
 ジックはあなたに勧められたから騎士団に入ったのに……。それを……こんな仕打ちだなんて……」

  アッシュや他の仲間たちにつかまれて、王からどんどん遠ざかっていく。彼はまだ目をそむけたままだった。
 でも……見間違いじゃない。彼は――泣いていた。

 

  ジックは、本当に追放されていた。そして私はジックの後をついで一神の団長になった。
 これで良いのだろうか……。良いはずない。何故か理由は知らないが、エドも一緒に出て行ったらしい。
 ジックが連れて行ったのか、それともこれもなにか理由があったのか……それは分からない。

  でも、いつか必ず私は二人を連れ戻す。必ず。

  戦火がいつ灯るかも分からない静か過ぎる夜の中、私は生きてきた中で一番強い決意をした。

 

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