「ん〜! ジーク! こっれおいしい! 食べてみる?」

  元三角形のレモンパイをオレの口の前に持ってきた。食べてみる? と聞いたわりに食わす気満々だ。
 ここまで食わす気ならば食べないのも気が引けるので、弧状にへこんだ部分をさらにへこますように口に入れた。

「お。確かにうまいな。でもエルおばさんの作ったアップルパイの方がオレは好きだな。
 ちょっとすっぱすぎだ」

  太陽の下、幸せそうに、二口目を楽しみながらオレの言葉に二回頷いた。

「サラってすっぱいの好きだったっけ? 甘い方が好きだっただろ?」

「ん〜、最近は色んな味に挑戦なのさ〜」

「……太るぞ? そんなに食ってたら。ちょっと最近食いすぎな気が……」

  三口目を頬張りながら彼女はその台詞に二回頷いた……後、背中を思いっきり一回叩いた。

「そんな太ってないもん!」

  しゃがみこんでお腹を人差し指でつつく。

「ほれ。この腹はどう説明するつもりだ。ははははがぁ!」

  脳天に喰らったのは、一瞬のためらいもない一撃。
 頭に握りこぶしの跡が付いていないか心配なほどの拳だった。こいつ…まだこんなに強いのか……

「女の子に向かって使う言葉か! ホントに、こいつは昔から変わってないんだからなぁ……」

  頭を抱えて悩むふりをして左右に振る彼女を、頭を抱えながら立ち上がって覗き込む。

「お前も、な。いってーのなんのって。グーで殴るな。グーで」

  残りのパイを全部口に入れて飲み込むまで、二人で無口で歩いた。

 

  ――嫌いじゃない。

 

 

 

  広場のベンチで二人っきりで座る。毎年の恒例だ。

「疲れたな」

「疲れたね」

  この台詞も……

  この広場は、出店が密集してる大通りから少し離れている所為で人がいない。
 だから今、この広場にいるのは二人だけ、なのだ。

『この雰囲気……今しかない!』

  しんと静まり返った空間。音を出して良いのかさえ疑われた。
 そっと横を向くと、サラもこっちを向いていた。焦ったオレ…達は思わずまた前を向いてしまった。

「「あの」」

  台詞がかぶった。また顔を見合わせた。

「サラから言ってくれていいぞ」

「ジークから言ってよ。ジェントルマンファースト!」

  んな言葉勝手に作るな……と文句を言いたかったがそんなことを言ったらこの雰囲気が崩れてしまう。
 ポケットに手を入れて箱を掴んだ。

「あ…あの、さぁ。オレ達、始めて会ってから十一年も経つんだぜ? 早いよな」

「そうだねぇ……。あの時はホント、ビックリしたよ。ボロボロの男の子が道端で倒れてるんだもん」

  ふふっ、と笑うサラ。それにつられてオレも顔が少しほころんだ。

「そいで、付き合って六年だ。長すぎ、だよな」

「ほんっと、長すぎだね。何で他の男と付き合わなかったんだろねぇ」

「そうだな。お前結構人気あるからな。オレと別れたらすぐにもっといい男が見つかったかもな」

「えっ、そうなの? へへ…。それなら今から別れちゃおっかな? なんてね」

  両手を両足の間のベンチに着いて、脚をゆっくりと交互に振りながら声を出して笑う。
 そんな彼女とは対照的にオレは体の中で汗をかきまくっていた。

  心臓が出てきそうな口を開けて、空を見上げている彼女の名前を呼ぶ。

「サラ」

  なぁに? と言う顔をして脚を振る動作を止めずにこっちを向く。
 今度はみぞおちがへっこんだ気分になった。

「なぁ、サラ。オレ達、そろそろ…「きゃっ!」

  ……。突然、大きな鐘の音が鳴り響いた。この鳴らし方は…敵襲!? まさか、こんなときに……!

「くそっ……。サラ、悪い。祭りは中止だ。敵襲らしい。安全な場所へ行って、おとなしく隠れとくんだ。分かったな?」

「ジークは? 今日は休みなんでしょ? 一緒にいられないの?」

  立ち上がって見ているオレを、座りながら上を向いて悲しそうな顔をする。

「団長のオレが行かなくてどうする。大丈夫だ。街にはちゃんと街の騎士達がいるから。
 安心しろ。命がけで守ってくれる。ははっ、団長の女だからな」

  ちょっとふざけて安心させようとした。でも、サラは下を向いて、オレの服の端をぎゅっと掴んで、震える声で喋る。

「お願い……行かないで……。何か、嫌な予感がするの……。お願いだから……」

「……悪い。それだけは聞けない。大丈夫だ。オレを誰だと思ってんだよ。
 泣く子も黙る、対峙した奴は己を嘆く、天下無双の『無影の双剣』ジーク・フリードだぞ? 安心してろ。オレは必ず帰ってくる。
 なんてったって、お前が待ってるんだからな」

  肩を掴んでそう言うと、サラはこくんと一度頷き、顔を上げた。
 瞳いっぱいに溜まった涙が、重さに耐え切れずに頬をつたって地面に落ちた。

「棺桶で帰ってくるなんて許さないから!」

「まかせろ。持って帰るのは勲章だ」

  そう言って城に向かって走り出す。人込みで身動きが取れなくなるなんて事がないように裏道を使おうとした。

「待ってるから! 待ってるからね!! 絶対帰ってきて! 約束だよ! 待ってるから!」

  サラの精一杯の願いを背中に受けて、振り返って手を振る。そして、それを最後に城へと一心に走った。

 

 

「敵部隊、約7000! 隊長は『シグル・バルムンク』!
 その中には『ラザ=ヘイズ』『グローバー・クライン』『ルクレシア・アールブ』『カーグ・カラドボルグ』がいるとの報告です!」

「そうか……。ご苦労。持ち場に戻ってくれ」

「はっ」

  部下が敬礼をして離れていった。

「ジック……。なかなか骨が折れそうですよ」

「そうだな……。しかもこの大人数、何処から集めたんだか……」

  そして、この敵が来た方角……。どう考えたって……

「私達の諜報任務……失敗でしたね」

「……ああ。見事にはめられたよ。あの高名なシグル・バルムンク様がいるって知ってりゃもっと詳しく調べてたのにな」

「団長。相手が動きそうです。皆に指示を出してください」

「そうか。愚痴ったってなんも変わらん。こうなりゃ、その分働くだけだ!
 オレとキスティは一緒に行動する! そして一神はオレ達の後ろに続け!
 二神は、マリーティアとアッシュと共に右から後ろへと回り込むように進軍!
 三神は左から! 四神、五神はいつも通り後方より支援!
 そして最後に一言。皆、思う存分に暴れて来い! 以上!」

  皆の雄たけびとも言える大声が空気を振るわせた。
 その瞬間、まるでそれを待っていてくれていたかのように敵軍が動いた。

「全軍、突撃!!」

  剣を前へと突き出す。と同時にオレとキスティが馬を駆る。
 それに続いてオレの指示通りに皆が地響きを立てて動き出した。

  馬を全力で走らせたオレ達は、当たり前に一番に敵の近くにいた。
 後数十メートルで敵軍の真っ只中に突入する。
 しかし、オレ達は馬を止めなかった。

「『無影の双剣』ジーク・フリード!」

「『無限剣』キスティ・ホルン!」

「死にたい奴はこっちに来い!」

  そして、その台詞が終った瞬間、敵の密集地点に突っ込んだ。
 そのスピードを殺さずに鞘から抜いた双剣を振り回す。

  飛び散る鮮血。返り血なんていちいち気にしてなんかいられない。
 キスティと背中合わせのような状態で馬を止めて、その上で剣を振り続ける。
 一人、また一人と馬の下に積まれていく肉塊。少しずつ敵本陣へと前進しつつ切り続けると道みたいになっている。
 その道を延ばしながら進む。

『こいつら……なかなかやるじゃないか……』

  普段からちゃんとした訓練を受けていないとこうはならない。そう思うと、気づかなかった自分がむかついた。
 とりあえず、こいつら全員片付けてやる。

「……矢!?」

  矢がオレとキスティを狙って一直線に飛んできた。それを難なく剣ではじく。ついでにキスティの分もはじいた。
 すると突然馬が倒れた。そのままオレも倒れてしまわない様に飛び降りる。
 横を向くとキスティの馬も倒れていた。……まだあったのか。近くに弓兵は居ない。となると……

「ルクレシア、か……。さすがだな」

  立ち上がりながら、迫ってくる敵兵に背中をとられないようにキスティとくっつける。

『さて……さすがにちょっとやばいか……?』

  でも、矢はもう飛んでこない。さっきまでは馬に乗っていたから射抜きやすかっただろうが、
 今は他の敵兵と同じ高さでいるから、味方を射ってしまうかもしれないからだ。
 そう考えると、まだいける気がした。ってかそうでも思わないと気が滅入ってしまう。

「キスティ……。久しぶりだなぁ? こういう状況シチュエーション

「久しぶりといっても、一年ぶりくらいじゃないですか? まぁできるならそうそうあってほしくはないんですが」

「確かにな。んじゃ、こういう嫌なシーンはちゃっちゃと終らせちゃいましょうや」

「了解です!」

  二人で来た道を走り抜ける。邪魔する奴は全員切っていく。

  嫌な景色が『見えた』

「キスティ! 危ない! 伏せろ!」

  伏せたって間に合わない。オレは腕をのばして剣にその矢を当てて、止めた。
 こんな密集した状況でも矢はこんなに正確にオレ達を狙ってくるのか……

「ぐっ……! いてぇ……な! この野郎!」

  本来、相手の剣を受け止めるはずだったのを、キスティの矢を落とすのに使ったため、
 オレの体は相手の剣をもろに受けた。思わず、片膝を着きそうになった。

「ジック!」

「心配するな! あと少しだ!」

  その、『あと少しの』距離。その間にオレは、今までの戦で戦ってきた時につけられた数の合計よりも多いだろう数の傷を負った。
 何度も何度も矢がキスティを襲い、それを落とすと、オレに矢が刺さり、剣が振り下ろされた。
 何とか一神の集団の中に戻ったときには、今まで見たことの無い自分の血の量に驚いた。

「はぁ……これだから、サラの嫌な予感は嫌いだ……。大抵当たりやがる……」

  キスティは無傷だったため、合流した後、そのまま戦に戻っていった。
 そしてオレは、救急班がくるのを、ただ寝転がって待っていた。

 

 

  そして、十数分後。敵部隊が後退しはじめた。しめた。とうとう相手も気押されしてきたか。

「勝った……」

  助かった……。上半身だけを起こして見ていると、敵部隊がみるみるうちに下がっていくのが見えた。そして神騎士団もそれを追った。
 これだけ痛い目見ればもう来ないだろ……。

  寝転がりなおしたオレの目に飛び込んできた、逆さの光景。

 

 

 

  街から、火が上がっていた。

 

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