「くぅ〜〜っ……ふぅ……まだ朝じゃないか……」

  長くなるはずだった任務が一日で終ったので、少しの間、完全な休みになった。
 寝貯めするつもりだったんだが悲しき習性か、いつも通り日が昇る前に目が覚めてしまった。
 もう一回寝ようかなぁ……

  少しずつ深〜い所へと落ちてゆこうとするオレ。さようなら……朝日よ……

  ……のはずだったのだが突然廊下からやかましい会話が聞こえてきた。

「ちょっと、姉さ……キスティ様! 団長はまだ寝ておられます! もう少し待ってからに――」

「朝っぱらからうるさいですよ。稽古をつけてもらう約束はもうしてありますから、いつ行ってもいいのです。
 むしろ今のうちに行っとかないとまた何処に消えるか分かったもんじゃありませんからね」

「で、でも……ちょっと早すぎ――ゲフッ!」

  あ、死んだ。安らかにねむ――

「ジック! 稽古です! 早く着替えてください!」

  あ。そっか、オレも死ぬのか。

「というかだな、朝っぱらからノックもせずに扉をぶち開けるのは女性としてどうかと思うぞ」

「何言ってるんですか! そうでもしないとまた窓から逃げられてしまいますからね。さぁさぁ早く着替えてください!
 今日は鎧着なくてもいいんですから!」

「分かった分かった。どうせ暇だったんだ。昼までは付き合うよ。
 で、いつまで居るつもりだ? 着替えれないだろが」

「いいじゃないですか。裸なんて何回も見てきた仲なんですから」

  ブッ

  いかんな。あまりに驚いて古典的なリアクションしか取れなんだ。

「それは小さい頃の話だろ!!
 今はもうそんなこと言ったら勘違いとかされる歳なんだからちっとは考えてから物言いなさい!」

  なんだか説教くさい。

  でもそんなのお構いなしでキスティがオレの部屋から出る事は無かった。
 あきらめたオレはぶつぶつと照れ隠しのために文句を言いながらなんとか着替え終った。
 キスティが終始くすくすと笑っていたんだからしかたない。おとなしくしてりゃ綺麗なのに……
 そして、剣を取って城下街へと向かった。




「あ。アッシュ。まだ倒れてたのか」

「ぼ、僕も、稽古つけてください……」

「じゃあ城下町の広場に居るから。立てるようになったらいつでも来い。
 まぁお前の姉さんのボディはかなり効くからな。当分は無理だろうからゆっくりしてけ」

「御意……」

  そういうとアッシュはさっきのオレみたいに深い所へと落ちていった。落ちる場所は違うみたいだが。





「おっ、なかなか、よく、なって、るじゃ、ない、か! 剣で、受ける、っきゃ、ないぞ」

  キスティの剣を受けながら喋ると、受けるごとに力を入れなければいけないので途切れ途切れになってしまう。
 普通に喋りたいんだが、さすがにこのレベルまでいくと避けるなんて無理なので両剣で受けるしかない。
 
  何故かは知らないが、少し先の未来が『見える』オレに避けさせないってのは相当すごいわけで、
 オレは褒めてるつもりなのだが、キスティは何とか一太刀入れようと必死になっている。
 これだけ熱くなっても付け入る隙ができないってのはすごいもんだな。ホルン流がそういう流派ってのもあるが。

  突然キスティが剣を振るのをやめた。ん、稽古終了か。
 少し疲れたような足取りで、彼女は広場の端にあるベンチに座った。オレも隣に並んで座る。

「ははっ、さすが二神の団長だ! 『無限剣』の二つ名は伊達じゃないな!」

「あ〜! もうっ! なんで一太刀も入れれないの!
 ジーク・フリードに一太刀浴びせたらそれだけで名がさらに売れると思うんですけどねぇ……」

「それ以上売れてどうするつもりだ。さて、もう時間だな。今日は終ろう」

「そうですね。じゃあ今日の教訓は?」

「そうだなぁ……ホルン流はタメを作らない流れる連激に体重を乗せる、重い連激ってのが基本だろ? それはもう完璧なんだよな。
 だから……剣以外の――脚だ。脚を使うべきなんだよ」

「というと、もっと動けって意味ですか?」

「そうじゃなく、『蹴り』とか『足掛』とか『武器破壊』とか、そういうの。まずは足掛から練習すべきか。
 一対多になる戦場では一番使えるから。戦場で競り合ってる暇なんて無いだろ?
 そん時に相手の脚をかけてやったらそれでそいつはもう終わりだ。倒れたら負け。そういう所だからな」

「なるほど。流派にとらわれてない新しい発想ですねぇ。じゃあ練習しておきますからまた付き合ってくださいね」

「おう。オレもキスティとやるのが一番楽しいからな。またしよう」

  よっと、と声を出して立ち上がるオレを、見上げながら「年取ったねぇ」と笑う彼女。
 「あの頃と比べりゃ、この歳はもうおっさんだ」と笑い返す。
 特に行くあてもないが、そのまま街の中へと歩いていく。




「あ、そうだ。後三十秒もすりゃアッシュが来るから、今日はもう終わりだ。って言っといてくれ。じゃな」

「そうなんですか? 了解です。ジック隊長」

  彼女に背を向けながら手を肩越しにひらひらと振る。
 今オレちょっとかっこつけてるな。
 少し照れた。





「あ〜、やっぱりここにきたか……」

  『食堂  エルステッド』

  今オレが目の前に立っている店。そして無意識に街を歩いていると、癖でいつも決まって来る場所。
 あの頃は毎日ってぐらい来てたからなぁ……

「あっ! ジーク! 来てくれたの!?」

「ん……来たというか、流れ着いたんだが。今は暇?」

「な〜に言ってんの。まぁ昼時のラッシュは過ぎたから今は暇だよ」

「じゃあ…「はいはい、お客さん。うちの店員に手ぇ出すのはいけないよ」

  パンパンッ、と手を叩きながら店の奥からサラによく似た女性が出てくる。

「あ、エルおばさん。じゃあこの子いくらかな?メニューに載ってないんだけど。隠しメニュー?」

「欲しいなら、代金に指輪が必要だねぇ。サラがいつも欲しがってる左薬指にはめる指輪が」

「ちょ……! 母さん! 違う違う! 私そんなこと言ってないからね! 全く言ってないから!」

  パッと開いた手を、顔の前で何度も交差しながらサラが必死になって否定している。
 そこまで否定されると逆に悲しくなるもんだが、この慌てぶりは実際言ってるみたいだ。
 ……なんだかオレも照れるな

「ん〜、じゃあ考えとくよ。んで、明日も仕事休みだからさ、今日ここに泊まってもいいか?」

「ああ、いいよ。じゃあ晩飯と布団の用意しとくわ。それとも布団は一つで良いのかい?」

  またも慌てて否定するサラ。それを見ながら笑うオレ達、悪者二人組み。
 エルおばさんが会話に入ればいつもこうやってサラをいじめるのが習慣になっている。
 それは……そう、もうずっと昔の事からだ。

「じゃ、また来る」

「サラが愛を込めた料理を作ってるから冷めないうちに帰って来るんだよ!」

「はいよ」

  サラがまた(省略)……なんで馴れないんだろう……




  歩いていると宝石店の前を通りがかった。
 店の中にちらりと見える宝石達が、確かに綺麗だなと思えた。

  さっきの会話のせいだろう、その店の前で少し立ち止まる。
 これを買うってコトは……まぁそういうコトになる。そして、それは――彼女自身望んでいるのだろうか?

  オレは――望んでいる。間違いなく。
 諜報任務から帰ってきた夜、彼女の迎えで『ここに帰ってきた』のだと確かに感じた。

  そうだな。とりあえず言ってみないことには何も始まらない。

  もうそろそろ6年目。
 そういうことになったっておかしくは無い年月。

  気合、入れてみようかな。

  そして、オレは店の扉を開けた。

「あ、フリード様。いらっしゃいませ。サラさんにプレゼントですか? もしかして、プロポーズだったり?」

「ん、ちょっとそのつもりなんだが。なんかいいのあります?」

「あらまぁ、ホントに! それはそれは……おめでとうございます。でも何人もの女性が悲しむでしょうね。
 私もそのうちの一人ですし」

「はは、ホントにそうだとしたら騎士なんてやってる暇がなくなるな。サラに付きっ切りで守ってやんないと」

  そんな冗談を飛ばし合いながら宝石を見ていく。
 ……どれが婚約指輪なんだ? 全く分からん。

「あの……どれがいいかな? 女性の意見も聞かないとな」

  なんて言って、店員に決めさせる事にする。金は使ってないから有り余ってるしな。大抵は買えるだろ。
 そして店員が「それでは……」と見せてくる指輪たちを見て、「無色のくせに一番値段が高いんだな」
 って言ったのだが、それは店員さんが秘密にしてくれると約束してくれた。
 とはいっても、何が恥かしいことなのかが分からなかったのだが――




  日も沈みかけてきた。これだけ好きな事したのも久しぶりだったな。
 約束どおり、料理が冷めないうちにサラの家に行った。

  食事中もエルおばあさんのサラいじめは続き、それをおかずに愛のこもった熱い料理も進んだ。
 いつもこんな楽しかったらいいんだけどな。





  エルおばさんが敷いてくれた布団に入り、今日一日の楽しさをもう一度思い出して、
 朝に、行くのを妨げられた深い所へと落ちていった。




  ポケットに入れてある宝石を握りながら――

 

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