魏志倭人伝(現代語訳)
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プロフィール
魏志倭人伝
 
ナガレ山古墳・二上山

名称:ナガレ山古墳(写真)
場所:奈良県北葛城郡河合町大字佐味田字別所下・ナガレ
1976(昭和56)年国指定史跡
古墳の形:2段築成・前方後円墳 
時代:5世紀初頭 古墳の大きさ:全長105m
築造された頃の時代背景は:倭の五王の遣使の時代?
404年には倭軍、帯方郡に侵入、高句麗と戦い敗北(好太王碑)
413年倭国、東晋に貢物を献ずる(晋書)
421年倭王讃、宋に朝貢、宋の武帝から称号を受ける(宋書)

名称:二上山(写真) 
雌雄2つの山が寄り添うような姿、神の山、西方浄土との境界の山と人々に畏敬の念をもって見られ、万葉集をはじめ、数多くの歌、文章に取り上げられてきています。
「二上山」に沈む夕日はとりわけ神秘さを増し、古代の人々の眼には特別の山と映っていたに違いありません。美しくも神々しい「二上山」の姿は、時を超えて、今に至ってもなお大和のシンボルとして、見る人に不思議な感動を与えています。奈良側から見た二上山は場所によっては雌山が見えません

魏志倭人伝=『三国志」巻第三十『魏書』「烏丸鮮卑東夷伝」第三十「倭人条」宋版(宮内庁書陵部蔵)より倭人は帯方東南の大海にあり。山島に依りて国邑をなす。旧百余国。漢の時に朝見する者あり。今使訳通ずる所三十国なり「原文」
倭人在帯方東南大海之中依山島為國邑舊百餘國漢時有朝見者今使譯所通三十國

※248年卑弥呼没、壱与が女王となる

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