大きな湖だった。
秋が深まってきた早朝の空は暗く、白い小さな三日月が低い位置に浮かんでいる。
空よりも濃い闇色の湖面が、切り取られてそこには何も無いという様相を呈し、不気味に広がっていた。
濃紺の冷たい外気に身を震わせて、静寂な湖畔をゆっくりと歩く。
砂を踏みしめる音、寄せ返す細波だけが、ひっそりと響いた。静かすぎる水辺に、これらの音のみが妙に存在感を生んでいる。
心細さに、一層、体が震えた。
「海みたいや。」
呟くと、言葉と共に吐き出された息は微かな白い靄となり、そして刹那に消えていく。
「匂いが違うやろ。」
深夜の路を二時間ばかり車を走らせていた友人は、疲れを知らないのか、嬉々として三脚にカメラを取り付けつつ応える。
友人は会ってから三箱目のタバコに火を点け、紫煙をくゆらせながら深呼吸をした。
「ほら、淡水の匂いがせぇへんか?」
言われて、鼻をならし、においを嗅いでみた。
「…タバコと…苔くさい?」
そう答えると友人は「苔ぇ?」と首を傾げ、そんなことはないと何度も匂いを嗅いだ。
「山紫水明の優雅な匂いやろ、風光明媚やろ?」
「においと景色は、関係あらへんよ。」
ふてくされて言うと、友人は笑った。
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