−魔法学園−


紛失物対策室の住人<1>*粒視 砂也:作


「昨夜の事故で仕事が入った」
 部屋はいつもと同じように暗かった。カーテンの隙間から、かろうじて、デスクの位置とそこにいる上司の輪郭が浮かんでいる。影は隙間の陽に張り付いたように動かない。
「隣国からの小型飛行船が、第六演習場に落下した件でしょうか」
 学生が起こす魔術の失敗や、召喚獣の暴走は、上司にとっても自分にとっても『事故』ではなかった。
「飛行船の操縦士は、極めて重要な書類を不当に持ち出した工作員だそうだ。性別は男。年齢は三十七。演習場に不時着した後の消息は不明」
 無表情な上司の声を、自分はどんな顔をして聞いているのだろう。やはり無表情なのだろうか。
「…君には工作員が所持していた書類を回収してほしい」
「工作員は」
「必要ないそうだ」
 上司が足を組み替えた。退室の合図だった。
「部屋の外で派遣調査員がお待ちだ」
 部屋を出る時、振り返ったが、上司に動きはなかった。
「君が……担当の捜査員?」
 扉を閉めると、すぐ横から声を掛けられる。二十代半ばの青年と、その後ろに十代の少年がいた。
「随分若いんだね。それに……女性とは思わなかった」
 青年は明らかに狼狽しているようだった。手提げ鞄をしきりに持ち替えては、こちらを見下ろしている。
 背後の少年は、無表情のまま沈黙していた。会話に加わる気はないのだろう。
 青年からみれば、自分は若く見えるだろう。結い上げた銀の髪に紫の瞳。華奢な十代の少女の姿は頼りなく、全てが不安材料に映るはずだ。
 そして更に追い討ちをかける事実を、少女は告げた。
「私は捜査員ではありません。紛失物係です」
「えっ?」
「……<鍵>と呼んでください」
「キ、キィさん?」
「紛失物で一番多いの、鍵なんです」
 言って歩き出したキィの背後で、青年が鞄を取り落としていた。

「僕はエンディ。彼はリオンシャだ。ねえ、キィ。君もっと笑った方がいいよ。折角の美人が勿体無い」
 現場に到着する間に、青年―エンディは、自分と自分以外の者の位置付けを決定したようだった。
「仕事中の私語は控えて頂けますか」
「仕事?これが仕事か?そりゃ、公式訪問じゃないが、こっちは国がわざわざ派遣した調査員として来てるんだぞ。その応対役が学生とはどういうわけなんだ。馬鹿にされてるとしか思えないね」
 キィがちらりと一瞥すると、腰に手をあてたエンディがこちらを見てウインクする。
「――とまあ、普通の調査員なら、こう怒るかな」
「…………」
「頼むから、なごんでくれよ〜。僕の後ろ、ただでさえこれなんだから」
 これ、とはエンディの背後に控えるリオンシャの事だ。黒髪の線の細い少年で、佩刀していなければ、キィより書庫が似合いそうな風情だ。
 キィが視線を合わせると、口元が結ばれて無表情から不機嫌に変わる。感情が乏しいわけではない様だ。
「ああ見えて腕は立つよ。捕物は彼にまかせれば大丈夫だから。僕は安心してお喋り専門でいられるわけ」
 隣に並んだエンディのスーツから、甘い香りが漂った。
「工作員の捜索は必要ないと聞きましたが」
 ふと、背後の気配が微かに動く。リオンシャが、エンディとの間合いを詰めたのだろう。
「そりゃ、まあねえ。余計なこと喋られて困る人もいるだろうから。それにかのラブラドーラに入り込んで、無事でいられるとも、上も思ってないみたいでね」
「ただの専門学校ですが」
「多少、危機管理のずさんな、ね」
 その点については、否定しようがない。
「ま、工作員が生きていれば、立場上捕まえるけど」
「エンディ調査員」
「エンディで結構」
「第六演習場です」
 エンディはキィの細い指で指し示された場所を見渡した。
「少しは期待してたんだけどね」
 溜息と共に、肩をすくめてみせる。
「何をです?」
「地平線さ。僕の国では禁止事項が何かと多い。教義に背くな。魔に惑わされるな。人心を惑わす書物は作成するな。いや、地平線を見るな、なんて決まりはないよ?小さな国だからね。はみ出さないよう全てがひしめき合っている。縦長なのさ、国土も体制も。今回の件にしたって、ぶっちゃけた話、皆この国に行くのが怖くて僕みたいなのに話が回ってきたんだよ。がそれにしても何というか、壮大というより、ソーゼツだな」
 学園にある演習場は主に、試験の実技や大規模な魔法の実験、演習に使われている。
 キィの案内した第六演習場も、連日の実験に地面は歪み、渦を巻き、隆起して巨大な水晶となり、或いは正体不明の泥のオブジェを無数に作り出している。
 爆発音と共に、花火のような光が巻き上がるのが遠くに見えた。
 土煙が上がると、巨大な岩で造られた甲冑が立ち上がる。立ち上がった途端、それは足元から崩れて崩壊していく。地響きに紛れて「自重の計算間違えた〜!」「馬鹿者!レポート百枚追加だ!」とか何とか叫び声が聞こえた。
 それはそこだけに限った光景ではなく、第六演習場、もしくはこの危険極まりない魔道の学び舎全体で起こる茶飯事なのだ。
 疲れた目でエンディが呟いた。
「……飛行船はそれと分かる形で残ってるかな」




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