壺阪寺から高取城址を訪ねて   03.9.27(土)現地学習会

                                                                 河合町郷土を学ぶ会 
                                                  講師 高取町教育委員会 生涯学習課
                                                            課長補佐 木場 幸弘

学習コース:壺阪山駅〜(バス)壺阪寺〜羅漢岩〜高取城址(昼食)〜国見櫓跡〜猿石〜植村邸〜壺阪山駅

  西国三十三箇所第六番目札所「壺阪霊験記」のお里・沢一物語で知られる古刹、インドで製作の大観音石像・大涅槃石像がある

巨石に無数の石仏を刻み付けた迫力、五百羅漢石像物(風化がだいぶ進んでいる)

標高584mの高取山にある城跡です。この城は南北朝時代(14世紀中頃)に南朝方の越智氏の築城、のち1585年
(天正13年)に豊臣秀長の家臣本多氏と、1640年(寛永17年)城主になった植村氏によって大改修されたものです。
その規模は広大本丸跡からは、吉野・大峰などの山々が一望できる。「本丸部分に限り石垣内に転用石材が見られる.
これらの石材は終末期古墳の石槨材と考えられ、近隣に存在した終末期古墳を破壊して持ち込まれたと考えられます。

  
国見櫓跡、当時の城下町が一望できる  今は人とて通らぬ栢森への分岐に言わざる?「猿石の謎」
当時、元禄年間に明日香村で発掘され運ばれたとか、、当時の二の門近くに据えたもの。

  
もと高取藩の家老屋敷です。長屋門とよばれる門は、江戸末期1826年(文政9年)の建築で重要文化財です。
高取町でも季節が来ると田んぼやあぜ道に、「彼岸花」が咲いていた。

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