05.5.29

倭建命が病に倒れ最後を迎えたときの歌が古事記にあります。
倭(やまと)は國のまほろば たたなづく青垣(あをかき)山隠(やまごも)れる倭しうるはし命の全けむ人は
疊薦(たたみこも) 平群の山の熊樫が葉を 髻華(うづ)に挿せその子
「平群(へぐり)は大阪の東、生駒山を越えた奈良県側に位置します。法隆寺のある斑鳩町と隣接しているといえばお判りでしょう。その昔、大阪平野の多くが海だった頃、倭建命がこよなく愛した所です。」
長屋王の墓とされている 信貴山遠望 金宝樹
三里古墳 紀氏神社 灯篭紀氏境内
※平群町公式ホームページ
古代の大和国平群郡平群郷の地である。古代豪族・平群氏の本拠地であり、平群神社、平群坐紀氏神社、平群石床神社などの延喜式内社が鎮座するのをはじめ、古墳64基が散在する。信貴山縁起絵巻で有名な信貴山朝護孫寺も町域に属する。中世後期には、しばしば大和国を動かす中心地となる。1536年(天文5年)に木沢長政が信貴山城を築城、後に大和に入った松永久秀もこれを補修して居城とし、大和攻略の拠点とした。久秀の滅亡後は城は廃城とされている。
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