訳 注

アドラツキー版『マルクス・エンゲルス全集』の脚注にしたがったものは、最後に 〔ア〕 という符号をつけてある。


序 文

−p.239−

(1) 『独仏年誌』 Deutsch-Französische Jahbücher はマルクスとルーゲ Arnord Ruge との共同編集によって、一八四四年二月下旬にパリで最初にして最後の号(二分冊)が刊行された。そのなかでマルクスは「ユダヤ人問題によせて」 Zur Judenfrage および「ヘーゲル法哲学批判」 Zur Kritik der Hegelschen Rechtsphilosophie という二論文を発表しているが、後者は「序説」 Einleitung だけで終っている。本文で「法律学および国家学の批判をおこなうことを予告しておいた」というのは、この「序説」を指示しているものと思われる。

(2) 原語は Nationalökonomie であり、この言葉は、国民の実際の経済活動そのものを意味すると同時に、その経済の動きを理論的にとらえる科学である経済学をも意味する。したがって、本書の訳出にあたっては、その意味内容にしたがって、「国民経済」と「国民経済学」とに訳し分けた。

(3) ここで引用されている語句の大部分は『一般文学新聞』 Allgemeine Literatur-Zeitung にB・バウアー Bruno Bauer(1809〜82) が載せたユダヤ人問題についての二つの評論から引用されている(Allgemeine Literatur-Zeitung, Heft. 1,Dezember 1843, Heft. 4,März 1844)。また「ユートピア的なおしゃべり」や「緊密に結びついた大衆的大衆」という言葉は、バウアーの「今や批判の対象はなにか」 Was ist jetzt der Gegenstand der Kritik? という論文(Allgemeine Liteatur-Zeitung, Heft. 8,Juli 1843 所収)のなかにも見いだされる。なお『一般文学新聞』はB・バウアーの手で編集され、一八四三年一二月から四四年一〇月まで続いて出版された月刊誌である。この雑誌に掲載された諸論文については、マルクスとエンゲルスが『神聖家族』 Die heilige Familie, oder Kritik der kritischen Kitik, 1845 において包括的で詳細な批判を展開している。

(4) Wilhelm Weitling(1808〜71) はドイツの共産主義的思想家。裁縫師の出身で、ドイツ各地を遍歴した後、パリで「義人同盟」 Bund der Gerechten に参加、同盟のために『ありのままの、そしてあるべきはずの人類』 Die Menschheit, wie sie ist und wie sein sollte, 1838 を書き、フランスの空想的社会主義・共産主義の影響をうけ『調和と自由との保証』 Garantien der Harmonie und Freiheit, 1842 などの著をあらわし、さらにスイスに移って運動を続けていた。

(5) これは『スイスからの二一ボーゲン』 Einundzwanzig Bogen aus der Schweiz, hrsg. von Georg Herwegh, Erster Teil, Zürich und Winterthur, 1843 のことである。なお、一ボーゲンの紙は書物の一六ページ分にあたる。

(6) このヘス Moses Hess(1812〜75) の論文は、「社会主義と共産主義」 Sozialismus und Communismus 「一つのそして全体の自由」 Die Eine und Ganze Freiheit 「行為の哲学」 Phirosophie der Tat という三つである。ヘスはドイツ(ユダヤ系)の社会主義者で、フォイエルバッハの「疎外」という考え方を、宗教の領域から社会的現実の領域へと拡大して適用しようとし、その点でこの当時のマルクスに影響を与えた。

(7) F.Engels:Umrisse zu einer Kritik der Nationalökonomie;in Deutsch-Französische Jahbücher, Paris, 1844. 邦訳には「国民経済学批判大綱」(大月書店版マルクス=エンゲルス全集、第一巻所収)がある。

(8) L.Feuerbach:Grundsätze der Philosophie der Zukunft, Zürich und Winterthur, 1843. 邦訳には『将来の哲学の根本命題』(岩波文庫)がある。

(9) Anekdota zur neuesten deutschen Philosophie und Publicistik. これはA・ルーゲの編集でスイスで出版された二巻よりなる論文集であり、そこにはマルクス、B・バウアー、F・ケッペン、A・ルーゲなどの論文が収められている。

(10) L.Feuerbach:Vorläufige Thesen zur Reform der Philosophie, Zürich und Winterthur, 1843. 邦訳には『哲学改革への提言』(岩波文庫『将来の哲学の根本命題』所収)がある。

(11) G.W.F.Hegel:Phänomenologie des Geistes, 1807 のこと。邦訳には『精神現象学』(岩波書店)がある。なお、マルクスは、J・シュルツェの編集したテキストの第一版(ベルリン、一八三二年)または第二版(一八四一年)を使用したと思われる。

(12) G.W.F.Hegel:Wissenschaft der Logik のこと。邦訳には『大論理学』(岩波書店)がある。

(13) ここで「批判的神学者」といわれているのは、B・バウアーを中心として『一般文学新聞』に集まっていた人たちを指す。

(14) この章稿でマルクスはしばしば positiv という言葉に独特の意味をふくませて用いている。とくにフォイエルバッハの立場と連関して用いている場合が多い。ヘーゲル哲学においては、感性的な現実が理念または精神の否定態(Negativität)として用いられているが、それに対しフォイエルバッハは、現実の存在そのものを positiv なもの、すなわち、それ自身によって確実で実証されるもの、それ自身に根拠をもつ積極的なもの、否定に媒介されず直接に肯定的なものであるとした。マルクスもこの点についてはフォイエルバッハと同じ立場をとっている。したがって positiv の訳語としては「実証的」「積極的」「肯定的」が考えられ、本訳書ではそれぞれの意味内容にしたがって訳し分けた。なお、本訳書一九一〜三ページおよび二八六〜七ページの訳注(17)を参照されたい。

(15) ヘーゲルはシェリング哲学の欠陥は、主体と客体、個別と普遍などの対立を無媒介的に統一するところにあるとし、反省によって区別や対立を生み、そうした否定的媒介を経て統一にいたる必要があると説いた(たとえば『精神現象学』の序文を参照)。ここで「媒介的証明」 der vermitelnde Beweis といわれているのは、このヘーゲルの否定的媒介による証明を意味する。

(16) ここでマルクスは、ヘーゲルの『精神現象学』を頭に浮かべながら、皮肉をいっているのである。なぜなら、『精神現象学』は「感覚的確信」 die sinliche Gewißheit という「感じ」 die Enpfindung の段階から出発し、「自己意識」 das Selpstbewußtsein の段階を通過して、「精神」 der Geist の段階に達するからである。

(17) このマルクスの意図は、一八四五年にエンゲルスとの共著として出版された『神聖家族』 Die heilige Familie, oder Kritik der kritischen Kitik, Gegen Bruno Bauer und Consorten となって実現した。邦訳は大月版全集、第二巻所収。またネメシス(Nemesis)は、ギリシア神話の女神であり、人間の思い上がった無礼な行為にたいする神の憤激と罰とを擬人化した神で、復讐を表現している。


労 賃

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〔疎外された労働〕

−p.258−

(1) begreifen を「概念的に把握する」と訳した。この草稿でマルクスが begreifen という言葉を用いるとき、それは往々にして特別の意味をこめて用いられている。ヘーゲルがすでに、「概念」begreiff を通じて、あるいは「概念」において事象をとらえることを、begreifen とよんだのであるが、マルクスはこの用法を自分なりのかたちで受けついだのである。ヘーゲルの場合、概念とは、普通に考えられるように「生命のない、空虚な、抽象的な」形式なのではない。それは、「体系的な全体」であり、みずからの内容の運動を通じて必然的に自己を規定し、自己に形式を与えていくものである。つまり、この概念は、その内に個別的な諸契機を体系的に結びつけつつ含んでおり、内容豊かな具体的なものである(たとえばヘーゲル『小論理学』第一六〇節以下を参照)。したがって、「概念的に把握する」とは、わかりやすく言えば、抽象的形式と具体的内容とに分離したりせずに、内容の必然的な運動に即して形式をとらえてゆくこと、悟性的な反省だけで対象をただ独立のものとして個別的にとらえたり、直観だけで全体を直接に(無媒介に)とらえようとしたりせずに、対象を反省によって分析しその構成契機を明らかにすると同時に、その構成契機のあいだの必然的連関、必然的運動を明らかにし、つねに一つの全体としてとらえ、各契機をつねに全体の中に位置づけつとらえること、を意味すると思われる。マルクスは、ヘーゲルが観念の内部の運動としてとらえたものを、現実そのものの運動として理解した上で、このヘーゲルの用語を受けついでいるのである。

(2) 「確証し」 weist は草稿では「示し」 zeigt となっている〔ア〕。

(3) 国民経済学についての歴史的解明は、本書の〔私有財産と労働〕の章でなされている。なお、ディーツ版の解読によれば、「国民経済学者が動かす唯一の車輪は」となるが、内容的にはほとんど変らず、日本語としては MEGA によった方がむしろ判りやすいので、 MEGA にしたがって訳した。

(4) この当時のマルクスは、労働のもつ主体的な意味と客観的な意味とをはっきり区別していない。したがって、後に「労働力」 Arbeitskraft と名づけられたものが、ここでは「労働」としてとらえられている。

(5) この「同じ関係」とは、これまでマルクスがスミスをはじめとする国民経済学に沿って明らかにしてきた労働と資本との関係をさしていると思われる。

(6) マルクスは、自己から疎外されたものがふたたび自己をとり戻すこと、すなわち疎外の克服の過程を「獲得」 Aneignung と呼んでいる。なお、「訳者解説」を参照。

(7) ここでマルクスは「生活手段」 Lebensmittel をまず労働がそれによって「活動する」 leben 手段という意味にとり、さらに「肉体的生存の手段」 die Mittel der physischen Subsistenz という意味と結びつけている。

(8) この状態は、生存を維持するためには労働者として働かねばならず、労働者として働くためには食わねばならない、というぎりぎりの状態を意味すると思われる。この状態では、生存を維持するためには労働者として働かねばならないから、労働の対象としての対象物に全面的に隷属せねばならず、また、働くためには食わねばならないから、生活手段としての対象物に全面的に隷属せざるをえないのである。

(9) Gattungswessen を「類的存在」と訳した。Gattung の訳としては「種属」も考えられるが、マルクスは他に species という言葉を用いている(たとえば本訳書九十五、九六ページ参照)ので、それとの区別のために「類」を採用した。また、 Wessen は訳しにくい言葉で、「訳者解説」のなかで指摘したように大別三つの意味をふくんでいる。この場合、「本質」と訳すると、抽象的な性質のように誤解されるおそれがあるので「存在」と訳した。

 マルクスがこの Gattungswessen という言葉を重要な意味をもつものとして使いはじめたのは、『独仏年誌』に発表した「ユダヤ人問題によせて」 Zur Judenfrage (一八四三年秋から四四年一月のあいだに執筆)である。その当時のマルクスはフォイエルバッハの主張に強い共感をもっており、とくにフォイエルバッハの『キリスト教の本質』の第二版の序文および『アネクドータ』誌所収の「哲学改革のための提言」がマルクスに強い影響を与えたことは、四三年当時のマルクスの手紙などから明らかである。したがって、マルクスはこの Gattungswessen という言葉をフォイエルバッハの影響のもとで用いていると推定される。フォイエルバッハは、人間が自己の「類的本質」 Gattungswessen を疎遠な対象とみなし、その対象化され外化されたものを主体とみなすところに、宗教(神学)やヘーゲル思弁哲学の自己疎外があるとして激しい攻撃を展開していたが、その場合、「類的本質」とは、人間が類としてもつ独自な本性、すなわち理性・意志・心情(愛)であり、それは個人のなかにありながら個人を超えて類的な性格をもつと考えられた(たとえばフォイエルバッハ『キリスト教の本質』の第一章「人間一般の本質」を参照)。マルクスは、フォイエルバッハが意識の内部での人間の自己疎外を問題としたのに対して、現実の生活活動のなかでの人間の自己疎外をはじめから問題にしていたので(たとえばマルクスの四三年三月十三日付ルーゲあての手紙、また「ヘーゲル法哲学批判、序説」 を参照)、当然、「類的本質」といってもフォイエルバッハのように人間の内面的な性質(能力)ばかりでなく、さらに類としての共同を実現する外的な活動を含むものとしてとらえた。たとえば、「ユダヤ人問題によせて」 のなかでマルクスはこうのべている。「現実の個別的人間が、抽象的な公民を自分のうちにとりもどし、個別的人間のままでありながら、その経験的な生活において、その個人的な労働において、その個人的な関係において、類的存在となったとき、つまり人間が自分の〈固有の力(forces propres)〉を社会的な力として認識し組織し、したがって社会的な力をもはや政治的な力の形で自分から切りはなさないとき、そのときはじめて、人間的解放は完成されたことになる。」 ここではJ・J・ルソーの考えが導入されているが、人間の本質が社会的場面での活動を通じてとらえられている。したがって、「類的本質」というより「類的存在」という方がふさわしくなっているのである。

 この草稿で「類的存在」という場合、マルクスは以上のような展開を頭においていると同時に、ヘーゲルが『精神現象学』の自己意識の段階で述べている「類」の自覚を頭においていると考えられる。ヘーゲルによれば、生命は統一的普遍的であるが、そうした抽象にとどまらず、みずから分裂して個々の生物として個体化した形態をとることになる。しかし個体はやがて普遍的生命のうちに解消してゆき、ふたたび統一が生まれるが、この統一こそ「類」にほかならない、とされる。したがってこの場合、「類」は個別的なものとしての個体のなかにある普遍的な性質を意味すると同時に、個体への分裂をふくむ統一という生命の運動を意味することになる。そしてヘーゲルにおいても、この「類」を自覚できるのは、「自己意識」つまり人間だけであるとされている。大略このようなヘーゲルの考えをマルクスは頭におき、それをより現実的な場面でのべていると思われる。

(10) フォイエルバッハも「人間はけっして動物のような特殊な本質ではなく、普遍的な本質なのであり、それゆえ制限された不自由な本質ではけっしてなく、制限されていない自由な本質である」と語るが、その場合、彼は理論的な意味での普遍性や自由を中心的問題としているので、ここでマルクスが述べているものと内容上完全には一致していない。『将来の哲学の根本命題』、第五三節参照。

(11) Lebenstätigkeit を生命活動と訳した。マルクスは Leben を日本語でいう「生命」と「生活」(つまり「生命」の現実的な営み)という二つの意味をふくむものとして用いている。訳としては、それぞれの場合、どちらの意味がより強くふくまれているかによって、「生命」と「生活」とに訳し分けた。

(12) この「過程」 Prozeß はディーツ版によったもので、アドラツキー版では「発達」Progreß となっている。草稿を読みとるときに生じた相違であろう。訳注(9)で述べたように、マルクスはヘーゲルの『精神現象学』の自己意識の段階を頭において書いているとと思われるので、ここでは「過程」の方を採った。ヘーゲルの叙述を参考のために簡単にわかりやすく紹介すると、生命の統一は自立的な諸形態をとった個体に分裂するのであるが、この諸形態は自分だけで存在するものとして、一般的な実体との流動的関係、連続を拒否し、自分が一般者に解消しているのではなく、この非有機的自然から自己を分離し、この自然を消費することによって自己を保持していると主張する。しかし、この普遍的生命(自然)を摂取し消費することによって自己保存しているということは、つまり自立的な諸形態(個体)が普遍的生命との不断の交流のなかでしか存立できないことを示しているのであリ、したがって形態(個体)の存続は流動的な媒体における生命、過程における生命であることになる。金子武蔵訳『精神現象学』(岩波書店)、上巻一四四ページ以下の「生命」の節を参照。

(13) この箇所およびこの〔疎外された労働〕全体を理解するのに参考となる文章が、J・ミルの『経済学原理』(J.Mill:Éléments d'économie politique, Traduit par J.T.Parisot, Paris, 1823)についてのマルクスの研究ノートにみいだされる。「われわれが人間として生産したと仮定しよう。そうすれば、われわれはそれぞれ、自分の生産において自分自身と他人とを二重に肯定したことになろう。(一)私は、私の生産活動において私の個性とその独自性とを対象化し、したがって活動のあいだに個人的な生命発現を楽しむとともに、対象物を観照することによって個人的な喜びを味わう、すなわち、対象的な力、感覚的に観ることができる力、あらゆる疑惑を超えでた力として自分の人格を知るという個人的な喜びを味わうであろう。(二)私の生産物を君が享受あるいは使用することのうちに、私は直接につぎのような喜びをもつであろう。すなわち、 私の労働によって、ある人間的な欲求を満足させるとともに人間的な本質を対象化したと、したがって他の人間的存在の欲求にその適当な対象を供給したと意識する喜びであり、(三)君にとって私は、君と類との媒介者であったのであり、したがって君自身が私を君の固有の本質の補足物、君自身の不可欠の部分であると知り感じており、したがって君の思惟においても君の愛においても君が私を確証していると知る喜びであリ、(四)私は、私の個人的生命発現によって直接に君の生命発現をつくりだしたのであり、したがって私の個人的活動のうちに直接に私の真の本質、私の人間的本質、私の共同的本質を確証し実現したのだという喜びである。」(MEGA, Erste Abteilung , Bd, 3 S.546 f. 邦訳『経済学ノート』、一一七〜八ページ、参照)。

(14) この段落の前に、次の文が消してある。「われわれは自分自身から疎外された労働から出発し、そしてこの概念をただ分析〈し〉てきただけである」〔ア〕。

(15) 本訳書、八四ページおよび訳注(1)を参照

(16) この箇所に次の文が消してある。「われわれは私有財産という概念を前提してはこなかった」〔ア〕。

(17) 本訳書の〔私有財産と共産主義〕の章を参照。

(18) この段落の前に、次の文が消してある。「自然によって自然を獲得する者は、自然から疎外される、というのは同語反復的な命題である」〔ア〕。


〔私有財産と労働〕

−p.119−

(1) この一節の最初に、「三六ページへの付論」と書いてある。しかし、「訳者解説」のなかで述べたように、第一草稿は<27>で終っており、第二草稿は<40>から始まっているので、<36>に当る部分は紛失してしまっているわけである。

(2) この場合、マルクスは特別の意味をこめて für sich という言葉を用いているので、「対自的」と訳した。この für sich は、もともとヘーゲルの好んで使った用語で、「即自的」 an sich 「即自・対自的」 an und für sich と対応している。この草稿の時期のマルクスは、ヘーゲルの場合とほとんど同じ意味内容をもつものとして、これらの用語を使っている。「即自的」とは「それ自身に即して」という意味で、そのものがまだ自覚的な媒介を経ずに直接的にのみあり、したがって他のものとの区別や関係があらわになっていない状態(未発展な潜在的状態)をさす。それに対して、「対自的」とは、この「即自的」なものが発展し顕現した状態をさすのであり、そのものが他のものの否定、他のものとの区別をした上での独立性をもち、自己を自覚している状態であることを示している。したがって本訳書で「それだけ独立して」などと文脈に即して訳した部分もある。「即自・対自的」とは、「即自的」な状態が「対自的」な状態を経てふたたび自己に還帰した状態、したがってたんなる直接的潜在状態ではなく、否定・媒介を通じてふたたび得られた直接的統一状態であり、他のものとの区別(「対自的」)のなかで同時に他のものとの連関を自覚している状態である。それゆえ「即自・対自的」は文脈にそって「絶対的」と訳した場合もある。

(3) 「私有財産の現実的なエネルギーおよび運動の一産物」の後にマルクスの手によるつぎの注記がある。「それ(国民経済学をさすと思われる)は、意識のなかで対自的(自覚的)となった私有財産の自立的運動であり、自己〔Selbst〕としての近代産業である」〔ア〕。

(4) 「発見した」 entdeckt hat は草稿では entdekt haben となっている〔ア〕。

(5) Martin Luther(1493〜1546) はドイツの宗教改革運動の創始者として有名である。

 なお、エンゲルスが名づけたのは「国民経済学批判大綱」 Umrisse zu einer Kritik der Nationalökonomie, 1844 である。この論文は『独仏年誌』に掲載され、マルクスの経済学研究の直接の手引きとなった。

(6) 「没思想的」 gedankenlos とは思想がはいりこめないという意味で、主体の運動によって媒介されていることが、まだ自覚されていない状態をさす。

(7) 「以前には人間の……になるのである」は後から挿入されたもの〔ア〕。

 ここでマルクスは、ドイツ語の語感を生かして、以前には、外面的な存在、状態とされていたものが、主体的な運動、過程そのものとされるという変化を指摘している。

(8) François Quesnay(1694〜1774) はフランスの重農主義経済学者として有名である。

(9) ein Naturelement を「自然的基盤」と訳した。ヘーゲルは Element という語を、要素という意味でなく、あるものが存在し生存するために必要な境地、環境という意味に用いることが多かったが、マルクスもここではそのような意味で用いている。一例をあげれば水は魚にとって Element なのである。

(10) 「また産業資本が……である」はこの欄の上の余白に後から書きこまれ、*印でここへと指定されている〔ア〕。


〔私有財産と共産主義〕

−p.269−

(1) このパラグラフの最初に「三十九ページへの付論」と書いてある。しかし三十九ページに相当する部分は紛失してしまっている〔「私有財産と労働」の訳注(1)を参照〕。

(2) このパラグラフの最初にも「同ページへの付論」と書いてある。

(3) Charles Fourier(1972〜1837) はフランスの空想社会主義者として有名である。

(4) 「それは暴力的な……しようとする」は余白の下欄に後から書きこまれ、*印でここへと指定されている〔ア〕。

(5) ディーツ版では die Bestimmung des Albeiters(労働者という規定)となっている。この方が意味がはっきりするかもしれない〔ア〕。

(6) 後に示す訳注(10)を参照。そこに訳出したマルクスの脚注は、この箇所についてのものと思われる。

(7) 「この自然的な類関係のなかでは……人間の全文化段階を判断することができる」という三つの文章は、第<4>ページの右欄にあリ、*印でここへと指定されている〔ア〕。

(8) Etienne Cabet(1788〜1856) はフランスの初期共産主義者で、彼の著 Voyage en Icaris, 1840 は有名である。

(9) François Villengardelle(1810〜56) はフランスのフーリエ主義者、Besoins de communes Accord des intérêts dans l'association, 1844 などの著作がある。

(10) このところ、このページの下欄につぎの注がある。「売淫〔Prostitution〕はただ労働者一般的な身売り〔Prostitution〕の特殊な表現であるにすぎない。そして身売りは、たんに身売りさせられる者だけでなく、身売りさせる者――後ろの者の下劣さはさらにいっそう激しい――もまたなかにはいる関係だから、資本家などもこの範疇にはいる」〔ア〕。

(11) MEGA では Geist〔精神〕となっているが、ディーツ版では Genuß〔享受〕と解読されなおしてある。この場合、内容からみて享受の方が適合しているので、ディーツ版によった。この後に続く文章内でもこれに準じ訂正しておいた。

(12) 前項と同様に、MEGA では Entstenhungsweise〔成立の仕方〕となっている。ここではディーツ版の Existenzweise〔現存の仕方〕によったが、意味上からは、どちらが理解しやすいか断定できない。

(13) 「同様に人間的現実の……現存するからである」は後から挿入されたもの〔ア〕。

(14) MEGA では eine Tätigkeit, die ich selber in unmittelbarer Gemeinschaft mit andern ausführen kann,(これは私自身が他人との直接的共同のもとに遂行できる活動なのであるが)となっている。ディーツ版では selber を selten と解読しなおしてある。意味上からディーツ版の解読の方が正しいと思われるので、それにより訳出した。

(15) この文章の最初から本書一四〇ページの「粗野な実際的な欲求にとらわれている感覚は、また偏狭な感覚しかもっていない。」までは色鉛筆で縦に消されている。またマルクスはこの文章に(4)と書くのをおそらく誤って(5)と記している。なぜなら(5)はずっと後(本訳書、一四五ページ)にでてくるからである〔ア〕。

(16) 「現実性」には後から加えられた注がついている。「それゆえ、それ〔人間的現実性〕は人間的本質諸規定諸活動が多種多様であるのと同様に、多種多様である」〔ア〕。なお、ディーツ版ではこの注が本文のなかに入れられている。

(17) この Leiden は苦悩、受難という意味で普通用いられる言葉であるが、マルクスはここで「能動性」との対比において、「受動」というニュアンスを生かして用いているのである。

(18) M.Hess:Einundzwanzig Bogen aus der Schweiz, hrsg. von Georg Herwegh, Erster Teil, Zürich und Winterthur, 1843,p.329. この『二一ボーゲン』所載のヘスの論文「行為の哲学」 Philosophie der Tat につぎのような一節がある。「物質的財産とは、固定観念になった精神の対自存在である。この精神は労働を、つまり自己自身を形成し表出する働きを、自己の自由な活動、自己本来の生活として精神的に把握しないで、むしろ物質的な他者として把握しているから、この精神は自分が無限者のうちに失われてしまわないために、つまり対自存在に達するために、それを自分のために固く保持しなければならない。……それはまさに存在渇望、つまり限定された個人として、制限された自我として、有限な存在として存在し続けようとする渇望であり、これは所有渇望に通ずる。それはふたたび、一切の被規定性の否定であり、抽象的自我と抽象的共産主義であり、批判主義の空虚な物自体の帰結であり、そして存在と所有とに導いた満たされざる当為の帰結なのである」(Moses Hess:Philosophisische und Sozialistische Schriften 1837〜50. Eine Auswahl, hrsg. und eingeleitet von A.Cornu und W.Mönke, Akademie-Verlag, Berlin, 1961, S/ 256 f.)

 またマルクス・エンゲルスはこの「所有」という範疇について『神聖家族』の第四章の「批判的傍注第三」の最後の部分でとりあつかっている(大月書店版全集、第二巻、三六ページ以下参照)。

(19) 「また人間にたいする」は後から挿入されたものものであり、それに加えて、このページの下欄につぎの注がある。「事物が人間にたいして人間的にふるまう場合、私は実践的には事物にたいしてただ人間的にのみふるまうことができる」〔ア〕。

(20) このパラグラフに述べられていることは、フォイエルバッハの見解と密接な結びつきをもっている。たとえば『キリスト教の本質』の第一章にあるつぎの一節、「それゆえに人間は対象において自己自身を意識する。すなわち対象の意識は人間の自己意識なのである。君は対象から人間を意識するのであって、この対象において人間の本質が君に現われるのである。すなわち対象こそ人間の開示された本質であり、人間の真のまた客観的な自我である。そして、このことはたんに精神的な対象についてだけ真であるどころでなく感性的な対象についてもまたあてはまるのである。人間にとってどれほど遠くかけ離れた対象であるにもせよ、それらは人間にとって対象であるがゆえに、またそれらが人間にとって対象である限り、それらはまた人間の本質の開示なのである」(L.Feuerbach:Das Wesen des Christenthums, Sämtliche Werke nue hrsg. von W.Bolin und F.Jodl, Bd. VI. S. 6. 邦訳、河出書房版、世界大思想全集、三〇〜一ページ)、および『将来の哲学の根本命題』にあるつぎの一節、「一つの本質が何であるかは、ただその対象からのみ認識される。一つの本質が必然的に関係するところの対象は、それの開示された本質にほかならない。たとえば、菜食動物の対象は植物である。しかもこの対象によってこの動物は他の肉食動物から本質的に区別される。同様にまた、目の対象は光であって、音でもなく、匂いでもない。しかも目の対象においてわれわれに目の本質が開示される。それゆえ、ひとが見ないということと目をもっていないということとは同一なのである」(L.Feuerbach:Grundsätze der Philosophie der Zukunft, Sämtliche Werke, II, S. 250. 邦訳、岩波文庫版四五〜六ページ)を参照されれば、マルクスがどのようなかたちで、フォイエルバッハの見解を批判的に継承しているかがわかるであろう。

(21) フォイエルバッハは『キリスト教の本質』第一章でこう述べている。「もし君が音楽にたいして一向に感覚や感情をもっていないとすれば、たとえ君がどんなに美しい音楽に接したところで、君の聞きとるものは、君の耳もとをざわざわと吹き去る嵐や、君の足もとをさらさらと流れ去る小川のなかに聞きとるもの以上のものではなかろう」(op. cit, S. 10. 上掲邦訳書、三四ページ)。

(22) このパラグラフは色鉛筆で消されている〔ア〕。

(23) ここからこのパラグラフの終りまで、色鉛筆で消されている〔ア〕。

(24) 「知らなかった」 Wußte は草稿では Wurde となっている〔ア〕。

(25) マルクスは Industie が産業(工業)を意味すると同時に、勤労をも意味することを念頭においていると思われる。

(26) このパラグラフの最初の「産業の歴史」からここまでは色鉛筆で縦に消されている〔ア〕。

(27) 「について」 von は草稿では zu になっている〔ア〕。

(28) 「人間の歴史――人間社会の成立行為……真の人間学的自然である」は色鉛筆で消されている〔ア〕。

(29) ディーツ版では「準備および発展の歴史」(die Vorbereitungs-Entwicklungsgeschichte)となっている。

(30) このパラグラフは全部色鉛筆で縦に消されている〔ア〕。

 なお「熱情」 Leidenschaft は受動的な意味をもっており、それが社会主義を前提する場合は、同時に能動的な「活動」 Tätigkeit となる、ということをマルクスは延べようとしているのである。このパラグラフはフォイエルバッハの「哲学改革のための暫定的提言」のなかのつぎの一節と対照してみると両者の共通点と相違点とがはっきりする。「なんらの限界なんらの時間なんらの窮迫限界〔Noth〕もないところそこにはまたなんらの性質なんらのエネルギーなんらの活気なんらの火焔なんらの愛、も存在しない。ただ窮迫に悩む〔nothleidend〕存在のみが、必然的〔notwendig〕な存在である。欲求を失った生存は余計な生存である。欲求一般から自由なものは、またなんら生存の欲求をもたない。そのようなものは、存在しようがしなかろうが、同じ一つのことである――そのもの自身にとっても、他のものにとっても一つのことである。窮迫のない存在は、根拠のない存在である。ただ苦悩〔leiden〕しうるもののみが生存するに価する。ただ苦痛にみちた存在のみが神的な存在である苦悩のない存在は本質のない存在である。しかし苦悩のない存在とは、感性なき物質なき存在にほかならない」(Sämtliche Werke, II, S. 234. 上掲邦訳書、二〇〜一ページ)。

(31) 「そして私の生活が……根拠をもつことになる」は後から挿入されたもの〔ア〕。

(32) これは Geologie〔地質学〕の旧称であるので、ここでは地質学と訳した。

(33) 物質の発生と発展とが自然的・自発的であって、他のなにものかの意志や目的とかかわりないとする説のことである。

(34) 「あの進行そのものが……自問してみたまえ」は後から挿入されたもの〔ア〕。

(35) この共産主義について、モスクワ版英訳およびロシア語訳の編集者注では、粗野な平等主義的共産主義、すなわちバブーフやその追随者たちの共産主義を意味している、とされている。しかし、この解釈は偏った理解にもとづいていると思う。一八四三〜五年当時のマルクスは一般にそうだが、ここで「社会主義としての社会主義」と呼ばれているのは、私有財産の止揚のための実践的運動としての共産主義が達成されたときに、はじめて現われる社会状態であり、今日の(レーニンによる規定に代表される)言葉の用法によるならば、「社会主義」を過渡的第一段階とする運動の到達目標である「共産主義」にほかならない。それにたいし、ここで「共産主義」と呼ばれているのは、あくまでも私有財産を止揚する実践運動、したがって過渡的段階そのものを意味し、今日の普通の用語でいえば、「社会主義」を意味する。このように理解すれば、「共産主義」が「もっとも近い将来の必然的形態であり、エネルギッシュな原理である」が、しかし、「そのようなものとして、人間的発展の到達目標」ではない、というマルクスの表現が、はっきり把握されるであろう。

(36) 草稿では、この後(<11>の中途から)にひきつづいて<13>にかけて、ヘーゲル哲学をあつかった文章(これまでつづいてきた箇条書きの (6) の部分)が書いてあるが、それは「訳者解説」に記した理由で、第三草稿の最後にまとめてある。そのため、箇条書きの (6) の部分はここでは抜け、(7) につづくことになる。


〕ヘーゲル弁証法と哲学一般との批判〕

−p.281−

(1) この (6) という箇条書きの数字は、〔私有財産と共産主義〕の最初から二つめのパラグラフの中途に始まる箇条書きの第六番目を意味する(「訳者解説」、〔私有財産と共産主義〕の訳注(36)を参照)。したがって、「おそらくここは」の「ここ」というのは、草稿において位置していた箇所を意味するであろう。それゆえ、内容に即していえば、共産主義の三つの段階を区別し、とくに第三の共産主義というべき「人間の自己疎外としての私有財産を積極的に止揚した」段階における人間のあり方を、自然と社会とへの連関のなかで明らかにし、私有財産の止揚が人間にとってもつ意味、人間と自然と歴史との本質的関係、などを考察した後のこの箇所で、ということになるであろう。

(2) David Friedrich Strauss(1808〜74) はドイツの青年ヘーゲル派の哲学者。その著『イエスの生涯』 Das Leben Jesus, 1835 は新約聖書の歴史的・批判的解釈を企てたもので、当時の学界、宗教界に大きな波紋をよびおこし、ヘーゲル学派の左右両派への分裂をもたらした。

(3) B. Bauer:Kritik der evangelischen Geschichte der Synoptiker, Bd. I〜II, Leipzig, 1841, Bd. III, 1842. Cf. Bd. I. 154f.

(4) ( )内は後から挿入されたもの〔ア〕。

 なお、このバウアーのシュトラウス批判について、後にマルクスは『神聖家族』のなかで詳しく述べている。直接に参考になる箇所だけつぎに引用しておこう。

 「実体自己意識にかんするシュトラウスバウアーの闘争は、ヘーゲル的思弁の内部での闘争である。ヘーゲルのうちには三つの要素がある。すなわちスピノザの実体と、フィヒテの自己意識と、この両者の批判的な矛盾にみちたヘーゲルの統一すなわち、絶対精神である。第一の要素は人間から分離されて形而上学的に改作された自然であり、第二のものは自然から分離されて形而上学的に改作された精神であり、第三のものは、これら両者の形而上学的に改作された統一であり、現実の人間と現実の人類である。

 シュトラウスヘーゲルスピノザ的立場から、バウアーヘーゲルフィヒテ的立場から、それぞれ神学の領域内で首尾一貫して展開している。ヘーゲルにおいて、この二つの要素のうちの一方が他方のものによって偽造されているかぎり、この二人はヘーゲルを批判した。それとともに彼らは二つの要素のおのおのを、それぞれ一面的に、したがって一貫して敷衍しながら発展させた。――だから二人とも批判にあたってヘーゲルをのりこえている。だが二人ともヘーゲルの思弁の内部にたちどまり、それぞれヘーゲルの体系の面だけを代表している。」

(5) B. Bauer:Das entdeckte Christentum. Eine Erinnerung an das achtzehnte Jahrhundert und ein Beitrag zur Krisis das neunzehnten, Zürich und Winterthur, 1843.

(6) 上掲書、一一三ページ参照。ただし「まるで自己意識が、この運動のなかで、自分の目的をもっていないかのようである」 als ob es nicht in dieser Bewegung seinen Zweck hätte はバウアーの原本では「まるで自己意識が、自己自身であるこの運動のなかで、自分の目的をもっておらず、自己自身をはじめて所有したのではないないかのように」 als ob es nicht in dieser Bewegung, die es selber ist, seinen Zweck hätte und sich selbst erst besäße となっている。

(7) 上掲書、一一四ページ以下。

(8) バウアーの『あばかれたキリスト教』からのこれら二つの引用を、マルクスは『神聖家族』の第六章の 3 「絶対的批判の第三次征伐」のなかの f 「絶対的批判の思弁的循環と自己意識の哲学」において、ふたたび試みている。その際マルクスは、この草稿での引用より前後の文脈を理解しやすいよう長く引用しており、しかも、その内容が普通のドイツ語でいえばどんなことになるかを詳しく述べている。この草稿では言葉づかいに重点がおかれているので、引用が不十分となり内容が理解しにくくなっったのであろう。『神聖家族』の説明を参照されたい(大月書店版全集、第二巻、一四七〜八ページ)。

(9) B. Bauer:Die gute Sache der Freiheit und meine eigen Angelegenheit, Zürich und Winterthur, 1842.

(10) Otto Friedrich Gruppe(1804〜76) はドイツの反ヘーゲル主義哲学者。なお、グルッペのこの質問について、マルクスは『神聖家族』第七章の 3 「批判的批判でない大衆」のなかで触れている(大月書店版全集、第二巻、一六六ページ参照)。

(11) 「哲学改革のための暫定的提言」のこと。 L.Feuerbach:Vorläufige Thesen zur Reform der Philosophie, in "Anekdota zur neuesten deutschen Philosophie und Publicistik," hrsg. von Arnold Runge, Zürich und Winterthur, 1843.

(12) 『将来の哲学の根本命題』のこと。 L.Feuerbach:Grundsätze der Philosophie der Zukunft, Zürich und Winterthur, 1843.

(13) 「そして最後に批判が、滅びつつある全人類……批判的な最後の審判を予告した」という文章は、『一般文学新聞』第五号(一八四四年四月号)に掲げられたヒルツェル(Konrad Melchior Hirzel)の「チューリヒだより」Correspondenz aus Zürich の一節の要約である。 ヒルツェルの論文はつぎのように書かれている。「最後にすべてのものが批判に対抗して団結するとき――この時はもう遠いことではない――崩壊しつつある全世界が最後の攻撃のために批判をかこんで結集するとき、そのときこそ批判の勇気と意義とが最大の承認をうけることになろう。われわれには、その結末について心配することがあるはずがない。万事はつぎのような結果となるだろう。すなわち、われわれが個々のグループごとに勘定をつけ、敵である騎士たちに一般的な貧困証明書を交付することになろう。」

 なおマルクスは、『神聖家族』の第五章「批判的批判の最後の審判」で、ヒルツェルのこの文章を引用しつつ、そのところどころにヨハネ伝やマタイ伝の句をはめこんで辛辣な皮肉を述べている(大月書店版全集、第二巻、二二一ページ参照)。

 また、草稿の邦訳にあたって、「批判によってグループごとに探査され」と訳した箇所の原文 von ihr in Gruppen sondiert, の sondiert をどう訳すかが藤野渉氏によって問題となっているが、これが上掲のヒルツェルの文章の要約であリ、その箇所にあたるヒルツェルの文章は Das Ganze wird darauf hinauslanfen, daß wir das Contro mit den einzelnen Gruppen schließen …(「われわれが個々のグループごとに勘定をつけ」)であると推定されるから、sondiert は「探査され」と訳されるべきだと思う(国民文庫版邦訳の「訳者あとがき」参照)。

(14) 「また批判は、世間を超越して……活字に印刷させた後でも」は、後から挿入されたもの〔ア〕。

 なお、この「哄笑」や「超絶性」について、マルクスは『神聖家族』第七章の 3 「批判的批判でない大衆」のなかで詳しく述べている(大月書店版全集、第二巻、一六七〜七一ページ参照)。

(15) フォイエルバッハのこれらの業績については「訳者解説」を参照されたい。

(16) ここの原文は、Hegel geht aus von der Entfremdung (Logisch:dem Unendlichen, abstrakt Allgemeinen) der Substanz, となっているが、文脈から見ても、意味内容からいっても、「実体の疎外から」と訳すべきではなく、「実体という疎外態から」と訳すか、ランズフートの解読のようにカッコの直後にコンマを補って「疎外態(……)から、すなわち実体から」と訳すべきだと思われる。ここでは日本語で原文により近いニュアンスを出すために。一番後の訳し方をした。

(17) このパラグラフに対するつもりであったと推測されるマルクス自身の注がある。この後の訳注(21)を参照されたい。このパラグラフおよび直前のパラグラフでとりあつかわれているフォイエルバッハの「否定の否定」または「肯定」をめぐる見解について、詳しくは『将来の哲学の根本命題』、第二一、第二九、第三〇、第三七、第三八、などの各節を参照されたい。直接に参考になる箇所だけ引用すると、

 「物質はたしかに神のうちに措定される。すなわち神として措定される。そして物質が神として措定されるということは、いかなる神も存在しない、と語ることに等しく、したがって、神学を止揚し唯物論の真理を承認すると語ることに等しい。だがしかし、同時にまた神学の本質の真理であることが、まだ前提されている。だから無神論、神学の否定は、ふたたび否定される。すなわち、神学は哲学によって再興される。神は、物質を、神の否定を克服し否定することによって、はじめてなのである。そして否定の否定こそが、ヘーゲルによれば、はじめて真の肯定〔Position〕なのである。だから結局のところわれわれは、われわれがそこから最初に出発したところ――キリスト教神学の膝にふたたび抱かれているのだ。」 「ヘーゲル弁証法の秘密は結局、彼が神学を哲学によって否定し、それからつぎに哲学を神学によって否定するということにすぎない。最初と終末をなすのが神学であり、その中間に哲学が最初の肯定の否定として立っている。だが否定の否定は神学なのである」(以上、第二一節より)。

 「なんらの証明も必要としないもの、直接に自己自身によって確実であるもの、直接に自己に対して語り魅きつけるもの、直接に、それであるという肯定をもたらすもの――そのままで決定的なものそのままで疑いなきもの太陽のように明白なもの、それらのみが、まさにであり神的である。」 「一切のものが媒介されている、とヘーゲル哲学は語る。しかし、あるものがであるのは、ただそれがもはや媒介されたものでなく、直接的なものであるときのみである」(以上、第三八節より)。

(18) 以下の『精神現象学』の内容を示す表において、マルクスは I、II、III という区分の内では改行せずにつづけて書いているが、わかりにくいので改行して訳した。なお、この表を訳するさいに、金子武蔵氏の邦訳(岩波書店刊)を参照したが、訳語は必ずしもそれに従ってはいない。

(19) G.W.F.Hegel:Encyclopädie der Philosophischen Wissenschaften im Grundrisse, 1. Ausgabe, 1817, 3. Ausgabe, 1830. これはヘーゲルが自分の哲学体系を一冊にまとめて概観したもので、第一部「論理学」、第二部「自然哲学」、第三部「精神哲学」の三つの部分からなっている。

(20) 「いいかえれば絶対的な……抽象的精神」は後から挿入されたもの〔ア〕。

(21) 「哲学的精神」の後、左欄下部に挿入箇所を示していないつぎの注がある。「フォイエルバッハはなお、否定の否定、具体的概念を、思惟において自分の力以上のことをしている思惟として、また思惟でありながら直接に直観、自然、現実性であろうと欲する思惟として捉えている。」〔ア〕。なお、この注はおそらく、『現象学』の目次より三節前の「否定の否定のうちに存している肯定……直接にまた無媒介に対置されるのである」という節に付するつもりであったろう、と推測される。フォイエルバッハ『将来の哲学の根本命題』第二九〜第三〇節を参照(後出の訳注(34)も参照されたい)。直接に参考になる箇所だけ引用すると、

 「”おのれの他者”――だが”思惟の他者”とは、有である――を”侵害する”ような思惟とは、おのれの自然的限界を踏み越すような思惟である。思惟がおのれの反対のものを侵害する、とは、思惟が、思惟にではなくて有に属するところのものをおのれのものとして要求することである。だが、有には個別性個体性が属し、思惟には普遍性が属する。思惟はそれゆえ個別性をおのれのものとして要求する――思惟は普遍性の否定、すなわち感性の本質的形態、すなわち個別性を思惟の一つの契機たらしめる。こうして、”抽象的”思惟、あるいは、有をおのれの外に有する抽象的概念は”具体的”概念となる。」

(22) 「思惟」の前に草稿では「(十三ページ参照)と書いてある〔ア〕。これはおそらく前掲の『精神現象学』第三版のページ数であろう。

(23) 「他のすべての諸対立と……意味を与えているのである」は後から挿入されたもの〔ア〕。

(24) この言葉は、Ent-gegenständlichung という二部分からなるといえるが、ent は普通には対向・反対・否定・分離・生成・ある状態への移動・変質などを意味する分綴である。Gegenständlichun は「対象」Gegenstand とすることという意味であるから、ent の解し方によって、Entgegenständlichung は対象でなくすること、分離して対象とすること、対象を対立するものとして置くこと、等々の意味にとれることになる。英訳を参照すると、M・ミリガンもT・B・ボットモアも loss of the object と訳しており、対象の喪失と解している。本訳書八七ページの〔疎外された労働〕のところでは、労働の「対象化」が労働者の「対象の喪失および対象への隷属」 Verlust unt Knechtschaft des Gegenstandes として現われるとマルクスは述べている。したがって、「対象喪失」と訳すことも考えられるが、これはあくまでも人間(労働者)または主体(ヘーゲルにあっては精神・意識)にとっての「対象喪失」であって、対象そのものがなくなるわけではない。それは対象が主体から独立し離脱すること、対象を主体から剥離すること、を意味するのである。他方、この Vergegenständlichung と Entgegenständlichung との対応は、「現実化」Verwirklichung と「現実性剥奪」 Entwirklichung との対応と一種の類比関係にあるから、その訳語の上での連関を考えて、Entgegenständlichung を「対象剥離」と訳することにした。

(25) die sich denkende entäußerte Wissenschaft を「自己を思惟しつつある外化された学問」と訳した。ヘーゲルによると、「学問」Wissenschaft は「知」Wissen の内的な必然性にしたがって自己展開し、体系化するものであり、その過程において、「自己意識」と結びつくものである。したがって、個々の歴史的個人の精神的労働(哲学)は、「学問」の自己展開(自己を思惟することでもあり一つの労働でもある)の一契機とみなされる。そしてヘーゲルの「哲学」は精神の自己展開を把握したものとして「学問」そのものに一致すると考えられるから、過去の哲学はすべてヘーゲルの哲学の一契機として総括されることになるのである。『精神現象学』の序文を参照。

(26) 「哲学の行為」とは、ヘーゲルのいう「学問」すなわち真の哲学の自己展開を意味すると思われる。前訳注を参照。

(27) 「われわれにとって」 für uns という言葉は、ヘーゲルの『精神現象学』では特別の意味がこめられている。精神現象学は自然的意識がしだいに経験をつんで「絶対知」の境地にまで到達するのであるが、そのさい各段階でつねに二つの立場から叙述がなされている。すなわち、しだいに経験をつみつつある意識にとっての事態と、すでに絶対知に達している哲学的観察者にとっての事態とである。この「哲学的観察者にとって」というのが「われわれにとって」と語られるのであり、したがって「われわれにとって」の事態は、そのもの自体の「即自的」にもつ事態と一致するのである。

(28) この(1)から(8)までの箇条書きは原文では改行なしに書かれているが、わかりやすいように改行を設けて訳した。また、この(1)から(8)までは、ヘーゲル『精神現象学』の最後の章「絶対知」の初めのパラグラフからの抜き書きであるが、かなり自由な抜粋である。第四草稿のノートを参照されたい。

(29) このパラグラフの余白に二重の目印線がある〔ア〕。本訳書、二〇九ページ参照。

(30) 「人間は……あるいは第三者にたいしてみずからが対象、自然、感性であるということは、同一のことである」は縦線で消されている〔ア〕。

(31) 「しかし人間は……自然は――客体的にも――主体的にも、直接に人間的本質に適合するように存在してはいない」は色鉛筆で縦に消されている〔ア〕。

(32) ここでマルクスは、自然の「生成」が、人間の歴史の段階においては「ひとつの意識された生成行為」 eine gewüßte Entstehungsakt となり、したがって歴史はたんなる自然的な生成行為の自己止揚としての生成行為となると述べているのである。

(33) このパラグラフの余白に二重の目印線がある〔ア〕。本訳書、二〇五ページ参照。

(34) das im Denken sich überbietende Denken を「思惟において自分の力以上のことをしている思惟」と訳した。überbieten はもともと「高値をつける」という意味であるが、そこから実質が伴わないのに高値をつけすぎるという sich überbieten という言葉が生まれ、自分の力以上のことをしようとする、またはしている状態をさすことになった。ここでは、感性や現実性や生命は意識とは別のものであるにもかかわらず、それらもまた意識の自己展開の一契機であるとするヘーゲル哲学に対して、フォイエルバッハが、そのような意識は自分の力を過信し、力以上のことをしていると指摘したことを、マルクスは念頭においているのである。フォイエルバッハ『将来の哲学の根本命題』、第三〇節参照(前出の訳注(21)も参照されたい)。参考のためその箇所を引用しておこう。

 「ヘーゲルは実在論者である。だが純粋に観念論的な、あるいはむしろ抽象的な実在論者――あらゆる実在性の抽象における実在論者である。彼は思惟を、すなわち抽象的思惟を否定する。しかし、この否定すること自身ふたたび抽象的な思惟のなかでおこなわれる。したがって、抽象の否定そのものが、ふたたび抽象なのだ。ヘーゲルによれば、哲学はもっぱら”あるところのもの”〔was ist〕を対象とする。しかしこの”ある”〔Ist〕は、それ自身ただ或る抽象されたもの、思惟されたものなのである。ヘーゲルは思惟において自分の力以上のことをしている思想家である。――彼はそのものをとらえようとする。だが、物の観念〔Gedanke〕においてとらえようとするのだ。彼は思惟の外部にあろうとする。だが、思惟自身においてそうあろうとするのだ。――ここから”具体的”概念をとらえる困難が生じてきているのである。」

(35) 「たんなる意識としての意識が……含まれるのである」は後から下欄につけくわえられたもの〔ア〕。

(36) フォイエルバッハ『将来の哲学の根本命題』、第二一節参照。前出の訳注(17)に引用した箇所のほかにつぎのような箇所もある。

 「こうしてわれわれは、すでにヘーゲル哲学の最高原理のうちに、彼の宗教哲学の原理と成果とをもっている。すなわち、哲学は神学の諸教義を廃棄するのではなく、ただ合理主義の否定から出発してそれらの諸教義を再興するだけであり、それらを媒介するだけだということが判明する。」

(37) 「または」からこのパラグラフの終りまでは後から挿入されたもの〔ア〕。

(38) ヘーゲルの『法の哲学』 Grundlinien der Philosophie des Rechts, 1821 を参照。

(39) このパラグラフ全体は後から紙面の右欄に追加され、ここへと指示されている〔ア〕。

(40) このパラグラフでのマルクスの記述は『エンチュクロペディー』の区分に沿ってなされている〔ア〕。

(41) 「これは」からこのパラグラフの終りまで色鉛筆で縦に消されている〔ア〕。

(42) 「要するに」からこのパラグラフの終りまで色鉛筆で縦に消されている〔ア〕。

(43) このパラグラフの欄外に小さな二つの目印線がある〔ア〕。

(44) ヘーゲル『小論理学』第二四四節参照。

(45) 「哲学者を……内容への憧憬である」は後から挿入されたもの〔ア〕。

(46) この後に最初はつぎの文がつづいていたが、後に消されている。「われわれはしばらくヘーゲルの自然規定および自然から精神への移行を考察することにしよう。〈自然〉は他在という形式における理念として現われた。理〈念〉は」〔ア〕。

(47) ヘーゲル『自然哲学』第二五七節参照。

(48) 同右、第二四五節参照。

(49) 同右、第二四七節参照。

(50) ヘーゲル『精神哲学』第三八一節参照。

(51)(52) 同右、第三八四節参照。




 
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