SWEET WIND2

5 それでも……


 俺がひょんなことから龍造寺奈緒と知り合いになってから数日が経った。

 彼女とは、彼女が部活に出ない日や、部活が終わった後のわずかな時間を割いて、絵のモデルに付き合ってもらった。

 そんなある日。

 いつものように登校すると、教室に入った途端、友人の山名が俺に飛びつくように走ってきて、いきなり肩を掴んできた。

「雷太。お前、1組の龍造寺と知り合いなのか?」

 血相を変えて、そんなことを聞いてきた。しかも山名の周りには、興味津々といった瞳をこちらに向けた他の男子生徒たちの姿もあった 。

「あ、龍造寺? ああ、奈緒のことか。知ってるけど」

 そう言うと、男たちは色めき立った。

「奈緒だって? お前ら、まさか付き合ってんのか?」

「付き合ってねえよ。あいつがそう呼べっっつったんだよ」

「あいつ? クソッ。お前らどこまで行ってんだ?」

 山名をはじめ、男たちが途端に騒ぎ出す。

「どこまでって何だよ。何もしてねえって。大体お前ら奈緒のこと知ってんのか?」

 逆に聞き返していると、

「何? お前、まさか何も知らないくせに仲良くなってんのか?」

 と山名に凄い形相で睨まれた。

「知らねえよ。この前、初めて知り合いになったばっかだって」

 ところが、山名をはじめ、この話題に興味津々の男子生徒たちは、

「マジで知らないのか? 1組の龍造寺奈緒といえば、ウチの学校のアイドルみたいなもんだぞ」

「そうだ、そうだ。奈緒ちゃん目当ての男子が陸上部に毎日会いに行くほどだぞ。体育会系のアイドルでもある」

「あの、ボン! キュッ! ボン!のスタイルに悩殺される男子は数知れないってのに」

 と、俺の知らない奈緒の実情を興奮気味に話してくれたのだった。

(へえ。あの奈緒がねえ。確かにあいつ、顔もスタイルもいいしな……)

 と、俺も改めて奈緒の姿を思い出すのだった。

 と、同時に、

(あ、だからあいつ、俺がモデルになってくれって言ったら、『私の身体にしか興味ないんでしょ?』とか言ってキレたのか?)

 と、初めて会った時のことを思い出していた。

「雷太。龍造寺と知り合いなら、俺らにも紹介しろよ。自分一人だけいい思いしようったって、そうは行かねえぞ」

 山名が、他の男子たちの気持ちを代弁するように、俺に食ってかかるように言ってきた。

「あ、ああ。別にいいけど、どうするんだ?」

「合コンだよ、合コン。お前が龍造寺に話して合コンを開くんだよ」

「合コンっつったって、奈緒一人にお前ら全員じゃ、全然合コンにならないだろーが。人数つり合わねえって」

 至極当然のことを言う俺に対し、山名が、

「ああ。そんなら高坂……って言ったっけ。この前の生徒手帳の女も連れてこいよ。後は適当にこっちが頭数だけ揃えておくから」

 と半ば一方的に主張してきた。

 そんなわけで、あれよあれよと言う間に、合コン開催の話が持ち上がり、俺が主催することになってしまった。

 とりあえず、奈緒が次に絵のモデルに来てくれる時に話をすることに決めた。

(しかし、あいつが学校のアイドルねえ。どっちかって言うと『女王様』って感じだろうけどな)

 内心、俺は気の強い奈緒を思い出し、ほくそ笑みながら、まず先に高坂美月のいる2組に向かった。

 以前のように男子生徒の一人を捕まえて高坂を呼ぶ。

「あ、片倉くん。どうしたの?」

 相変わらず地味なメガネと格好で彼女は応じた。

「あのさ。ウチのクラスの男子たちと今度合コンをやることになってさ。その……よかったら高坂も来てくれないか?」

「合コン……」

「あ、大したモンじゃないんだ。ウチのクラスのバカどもがさ、1組の龍造寺奈緒っていう女子と、どうしても知り合いになりたいって 言うからさ。まあ、固く考えないでくれよ」

 一瞬、高坂の目が悲しげに見え、一歩引いたようにも見えたので、俺は慌ててフォローに入っていた。

 その高坂はというと、心なしかうつむき加減で、何かを考えているようだった。

 が、やがて、

「片倉くんも参加するの?」

 と上目遣いに聞いてきた。

「まあ、一応な」

 しばし沈黙があった後、高坂が、

「……うん。わかった。参加する」

 そう言ってくれたので、俺はホッと胸を撫で下ろした。

「ありがとうな、高坂。じゃあ詳しいこと決まったらまた連絡する」

 俺は高坂にそう告げると、足早にその場を離れた。

 その日の放課後。

 俺はいつものように美術室で絵を描いていた。

 今日は、奈緒が部活の方を優先させるため、彼女が来るのは大分後になる。

 彼女は陸上部の短距離走のエースらしく、インターハイに向けて毎日遅くまで練習をしているらしい。

 午後6時。ようやく彼女が現れた。

「ちーっす」

 相変わらず、男みたいな挨拶で美術室に入って来た。

「あ、奈緒」

「ごめんねー、片倉。遅くなっちゃって。いやー、部活忙しくてさ。もう走りっぱなしよ」

 彼女は明るい声でそう言うが、さすがに走ってきたばかりで、疲れている様子だった。

「奈緒。疲れてるみたいだから、今日はモデルはいいよ」

 思わず、彼女のことを気遣ってそう言っていた。

「えっ。別にいいよ。私のことは気にしなくても」

 そう否定はするものの、

「いいから。今日はちょっと話があるんだ。俺ももう部活切り上げるから、待っててくれ」

 俺は半ば強引にそう言って、部員たちにも早めに切り上げることを告げた。

 俺と奈緒の仲を邪推してか、部員たちは俺が早めに帰ることに反対せず、むしろ俺と奈緒の仲をからかうのだった。

 俺は急いで美術道具を片付け、奈緒と一緒に美術室を出た。

 とりあえずこのまま一緒に帰ることにし、下校途中に話をすることにした。

 昇降口を出て、正門を二人で並んで出る。

「で、話って何?」

「ああ。実はさ、ウチのクラスの男子どもが合コンをやりたいって言っててさ。奈緒にも参加してほしいんだ」

 ところが、高坂とは対照的に、奈緒は眉を少し吊り上げて、

「合コン? どうせ私が目当てのエロい男子ばっかでしょ? ったく男ってヤツはどうしてどいつもこいつも。私の身体見てはやらしそ うな顔するんだから」

 と怒り出していた。

 だが、その男の一人でもある俺に、その男たちの気持ちはよくわかる。

(このスタイルと胸の大きさじゃ、やらしそうな顔しない方がムリだろ)

 横目でチラッと奈緒の身体つきを見て、ドキドキしながらもそう思った。

 確かに俺は、奈緒の身体にだけ惹かれてモデルの話を持ち出したわけではないが、他の男子たちとそれほど差はないのかもしれない。そ う思うと、少しだけ罪悪感を感じた。

「まあまあ。そう言わずにさ。頼むよ」

 彼女の怒りを抑えようとしながらそう声をかけると、彼女は立ち止まって、

「ねえ。その合コン、片倉も参加するの?」

 と、真剣な眼差しで俺の方を見つめて、言ってきた。

「ああ。一応な」

 そう答えると、彼女が、

「じゃあ参加する」

 と、言ってわずかに微笑んだので、俺は一瞬胸がドキッと高鳴った。

(じゃあ……って俺が参加するから、参加するってことか?)

 そう思うと、奈緒のことを考え、胸がドキドキしている自分に気づいた。

 しかも、

「スケベな男たちに襲われても、片倉が助けてくれるんでしょ?」

 などと、俺に向かってウィンクまでするので、余計に照れ臭くなってしまう。

「あ、ああ」

 一応そう答えたものの、内心では、

(俺が助けなくたって、気の強いコイツのことだ。一人で撃退するだろうけどな……)

 俺はそう思っていた。


 そして、あっと言う間に合コンの話は進んでいき、合コン開催当日を迎えた。

 3月18日、土曜日。

 この日は学校が午前中で終わる。ウチの学校では第1・3土曜日が休日で、第2・4土曜日は午前中のみ授業がある。

 参加者全員の都合を考え、この日の放課後に合コンが開催されることに決まった。

 放課後、打ち合わせ通り、山名たちと一緒に中庭に行ってみると、すでに奈緒の姿がそこにあった。

「おお! 本物の龍造寺さんだ!」

「奈緒ちゃーん!」

 と、すでにクラスメートの3人が奈緒に近づいて行き、携帯電話で写真を撮ったり、握手を求めたりして騒いでいる。

「すげえ人気だな」

 と、俺が目の前で展開されている光景に驚いていると、横から山名が、

「当たり前だろ。あんなグラビアアイドル並みのプロポーションを持つ女、そうはいねえからな」

 と、妙に納得した顔で言ってきた。

「ごめんなさい。遅くなって」

 まもなくそう言って、走って現れたのは、地味な髪型とメガネが一際目立つ高坂美月だった。

 しかも、待ち合わせ場所に走って来て、

「あっ」

 という小さな悲鳴と共に見事に前のめりに転んでいた。

(相変わらずドジだな……)

 その姿に呆れながらも、俺は、

「大丈夫か、高坂?」

 倒れている高坂に近づき、覗き込みながら声をかけていた。

「う、うん。ありがと、片倉くん」

 何とか起き上がる高坂。

「高坂ってこの子か?」

 山名が俺に耳打ちする。

「ああ」

「……随分地味な子だな。まあ、俺としては頭数さえ揃えばいいけど」

 高坂には聞こえないようにボソッとそう言ってきた。山名にしてみれば、地味で目立たないメガネ少女の高坂は眼中にないのだろう。

「後は5組の3人組だけか?」

 山名がポツリと言う。

「5組? お前ら、5組の奴らも呼んだのか?」

「ああ。ちょっとした知り合いでな。まあ、頭数揃えるだけだから、期待はするなよ」

 そう話しているうちに、その5組の3人組が仲良くやって来た。

「ごめーん、山名。遅くなっちゃった」

 可もなく不可もない。そんな感じの普通の少女3人組だった。

 以上で合コンメンバーが全員出揃った。

 男子は俺と山名、それにクラスメートの3人と合わせて5名。

 女子は1組の龍造寺奈緒と2組の高坂美月、そして名前は知らないが5組の3人組で、こちらも5名。

 計10名になった俺たちは、とりあえず山名が企画した通り、池袋にあるカラオケボックスに向かった。

 カラオケボックスは、土曜日ということもあり、賑わっていたが、幸い部屋は取ることができた。

 10人が入る大部屋に通されると、俺たちは各自飲み物を頼み、互いに自己紹介をする。

 俺や山名、それに龍造寺奈緒は無難に挨拶をこなしたが、高坂美月だけは、

「こ、高坂美月です。よ、よろしくお願いします……」

 と、いかにも気弱そうなか細い声で自己紹介をしていた。

 一通り自己紹介が終わると、後は合コンとは名ばかりのカラオケ大会となった。

 だが、見たところ明らかにグループが分かれてしまっていた。

 つまり、龍造寺奈緒と彼女が目当ての男子4人。山名に呼ばれて来たのはいいが、奈緒にばかり男子が集中し、結局女子の仲良し3人で 固まっている5組の3人組。

 俺と高坂だけが明らかに浮いていた。ましてや高坂は2組から一人で参加しているし、知り合いは俺しかいないし、奈緒のように誰とで も話ができる性格でもない。

 実際、俺が見ていても、彼女はジュースと歌の載った本を見ているだけで、どこか所在なさげだった。

 何だか寂しそうにも見えるその横顔が妙に気になった。

 俺と高坂の位置は離れている。

 だが、奈緒がモニターの前に立って歌を歌っている今がチャンスだ。

 俺は立ち上がり、高坂に近づいた。

 が、その直前で後ろから腕を掴まれた。びっくりして振り向くと、今歌い終えたばかりの奈緒が、上気して顔を赤らめて立っていた。

「ちょっとー、片倉。どこ行くのー? 私と歌いなさーい」

 完全に酔っているようだった。

「ちょっと待て。お前ら、奈緒に酒飲ませたのか?」

 慌てて山名に聞くと、

「ああ。家から持ってきた酒をちょっとジュースに入れただけさ」

 と、何でもないことのようにさらっと言ってきた。

「未成年に酒飲ますなよ!」

「カタいこと言うなよ。盛り上がろうぜ!」

 と、山名まで少し酔っているようだった。

「こらー、付き合え!」

 一方、すでに出来上がってしまっている奈緒によって、俺はモニター前に連れていかれ、マイクを持たされ、歌わされた。

 仕方なく彼女に付き合ったのがまずかった。

 それ以降、奈緒の酔ったハイペースに巻き込まれ、高坂の所どころか、自分の席にすら帰してもらえず、ひたすら歌う羽目になったのだ から。

 酔って歌う奈緒。それに付き合わされる俺。それをはやし立てる男子4人。仲良し同士で盛り上がる3人組。そして一人座っている高坂 。

 こんな構造が出来上がってしまい、結局俺と高坂はほとんど話をすることもなく、皆と一緒にカラオケボックスを出ることになってしま った。

 カラオケボックスを出た時には、すでに時刻は午後5時。

 山名たちに酒を飲まされた奈緒は、その後水を飲んで少しは酔いを醒ましたものの、本調子ではなく、帰りたいと主張。

 奈緒しか眼中にない山名たちは、彼女に付き合って帰ることに。名ばかりの合コンに白けた3人組の女子も帰ることになり、結局これで お開きとなった。

(ったく何のための合コンだ)

 俺は内心そう思っていた。

 と、同時にカラオケボックスの前で高坂と二人だけ取り残されたことに気づいた。

「……私たちも帰ろうか、片倉くん?」

 そう声をかけてきた高坂の声が心なしか寂しそうだった。

 俺は咄嗟に声をかけていた。

「高坂。この後、ちょっとだけ付き合ってくれないか?」

「えっ?」

 彼女はびっくりして声を詰まらせる。

「もし、用事がなかったら……だけど」

「う、うん。わかった」

 彼女が頷くのを見て、俺はホッとする。

 俺は彼女を連れ、カラオケボックスを離れると、大勢の人で賑わう60階通りへ入った。

 とりあえず、俺は彼女と一緒に手近なファーストフード店に入った。

 席に着き、向かい合うと、開口一番俺は謝っていた。

「ごめん、高坂」

 頭を下げて言う俺に、逆に高坂の方が驚いていた。

「どうして謝るの?」

「だって合コン、つまらなかっただろ? まさかあんな形になると思ってなかったから……」

 申し訳ない気持ちで一杯だった俺は、出来る限り精一杯謝っていた。そんな俺を見て、高坂は優しく諭すようにこう言ってくれた。

「頭を上げて、片倉くん。片倉くんは何も悪くないから。確かに龍造寺さんは目立っていたけど、あの場を楽しめなかった私にも問題が あるから」

「でも……」

 ようやく頭を上げたが、それでも尚も言おうとしていた俺に彼女は、

「気にしないで。それに私はそれなりに楽しかったから」

 と言って笑顔を作った。

 頭を上げて、その笑顔を見ていた俺は、

(嘘だ。楽しかったはずがない)

 高坂の無理に作ったような笑顔を見て、そう直感した。

 だが、ここで言い争っても仕方がない。これが高坂の優しさと思い、あえて何も言わなかった。

 その後、俺は高坂と小説や映画など、とりとめのない話題で盛り上がった。

 彼女は先程のカラオケ大会の時とは打って変わって、笑顔を見せるようになっていた。

 そんな笑顔の彼女を見て、俺はふとあることに気づいた。

(この子、本当は可愛いんじゃないか?)

 ということにだ。

 人間は外見ばかりに目が行きがちだが、人間の本当の価値は中身だ。

 それに今、目の前で高坂の顔を見ていると、地味なだけで、決してブスではないと思った。

(メガネと髪型で大分損してるよな)

 そう思った俺は、思ったことをそのまま口に出していた。

「なあ、高坂。お前、メガネやめてコンタクトにしたらどうだ? あと、髪も下ろしてみたら?」

「えっ、えっ?」

 いきなりこんなことを言われ、彼女は困惑気味だったが、俺はさらに続ける。

「いや、無理にとは言わないけどさ。その……そういう高坂も見てみたいかなー、なんて」

 自分でも何を言っているのか、よくわからなかった。

 ただ、純粋にその方が高坂には似合うと思い、また可愛いだろうと思ったからだ。

 心なしか緊張しながらそう言うと、高坂は、

「……うん。考えてみるね」

 そう言って、はにかんだような表情を作った。

 その後、俺は高坂と一緒に店を出て、成増駅まで一緒に行き、そこで別れた。

 だが、別れてから家に着くまでの間、俺はずっと高坂のことを考えていた。

(何故だろう。大して可愛いわけでもないし、目立たないのに。でも……)

 地味だし、目立たないし、大人しい。でも、一緒にいて話が合う。それが俺にとっての高坂だった。

 一見大した魅力なんかないように見える。それでも、何となく気になってしまう。彼女はそんな不思議な魅力を俺に感じさせてくれる少 女なのかもしれない。

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