SWEET WIND2

3 運命のモデル


 俺が高坂美月と出逢ってから数週間が経った。

 月が変わり、3月に入ると、関東にも春の兆しが現れ始まる。

 春一番が吹き、花粉が飛び始める。気温も寒い日と暖かい日を繰り返しながら少しずつ春へと進んで行く。

 そんな早春のある日。その出逢いは起こった。

 その日は3月上旬とは思えないほど暖かい1日で、日中の気温は15度以上、まさに春の陽気だった。

 あまりにも晴れて、天気のよい1日だったので、俺は放課後すぐに美術室に行き、部活の先輩に外で写生をすることを告げ、愛用の スケッチブックと水彩絵の具を持って外に出た。

 うちの学校には体育館とグラウンドを繋ぐ間に丁度中庭のような場所があり、芝生になっている。

 俺は芝生の上に胡座をかいて座り、ここから見える早春の中庭の風景をスケッチブックに描こうと思った。

 俺の得意分野は風景画だ。人物画が描けないわけではないが、風景画の方が好きだし、個人的に描きやすい。

 まだ何も描かれていないまっさらなスケッチブックのページに鉛筆を走らせる。この瞬間が俺は好きだった。

 一度絵を描くことに集中すると、俺は周りの物が見えなくなるし、聞こえなくなる。

 そうやって意識を自然の風景だけに集中して筆を進めていた。

 ところが、描き始めて30分もしないうちに俺の目にある物が止まった。

 それは一人の女子生徒の姿だった。

 体育館からグラウンドに向かって歩いていくその姿が一際目立ったため、集中していた俺の目にもすぐに止まったのだろう。

 彼女は女性にしてはやけに長身で足が長く、おまけに抜群のスタイルを持っていた。その上、髪の毛は違和感のない栗色で、綺麗に ポニーテールにまとめている。長身のためか、ブレザーの制服姿もよく映えている。どれを取っても他の生徒とは際立っていた。

(綺麗だ……)

 それは女性としてはもちろんだが、一種の完成された美術品を見るのに近い感覚でもあった。

 俺は目の前を通り過ぎようとしていた彼女に思わず声をかけていた。

「あの、ちょっと」

 立ち上がり、近づきつつ声をかける。

 女は足を止め、驚いたような顔でこっちを見た。

 切れ長の目、整った鼻先、小さくまとまった口元。見れば見るほど美しい女性とわかる。

「何、あんた? 私、今急いでるんだけど?」

 だが、美貌とは裏腹に気の強そうな鋭い声が飛んできた。

「俺、美術部の片倉っていうんだけど、君、絵のモデルになってくれないか?」

 俺の勢いは止まらなかった。

 本来、人物画はあまり描かないはずの俺が、この美術品のように完成された美しさを持つ彼女を見て、絵心をくすぐられたのだ。

 純粋に彼女を描きたいと思った。

 ところが、女は意外な態度に出た。

「モデルだって? どうせヌードでしょ! 男なんてみんな同じよ。私の身体にしか興味ないんでしょ?」

 と言ってきたのだから、俺は面食らってしまった。

 女は呆気に取られている俺を尻目に、ぷいと顔を背け、また歩き出す。

「ちょっと待て! 誰がヌードなんて言った? 一言も言ってねえだろーが」

 俺は、思い込みの激しすぎるその女を呼び止め、声を荒げていた。

 女はようやく立ち止まり、しかし首だけをこちらに向けた。

「信じらんないわ。じゃあ、あんたは何で私を描きたいの?」

 逆に質問されるとは思わなかったため、俺は少し気圧される形になったが、すぐに本心を言葉にしていた。

「綺麗だからだよ」

「えっ?」

 女は目を丸くしている。

「君が純粋に綺麗だからだよ。俺は仮にも美術部の部員だ。綺麗だと思う物は素直に描きたい。ただ、それだけさ。ヌードとかそんなのは 関係ない。そのままの君で十分だ」

 俺は少々興奮気味に話していた。俺の絵心に彼女は火をつけたのかもしれない。

 彼女は少しうつむき加減で、考え込んでいるようだった。

 が、やがて顔を上げ、俺の目の前まで歩いてきた。

「……わかった。そんなに言うなら面白そうだから乗ってあげる」

「マジか!」

 俺にはとてつもなく嬉しい一言だった。

「うん。ただ、今日はこれから部活だから、この件は明日からね」

 ようやく少し笑顔を見せてそう言う彼女に、俺はホッとした。

「ああ。わかった。明日の放課後、いつでもいいから美術室に来てくれ」

「わかった。えーと、片倉……だったっけ?」

「ああ」

「私は2年1組、龍造寺奈緒(りゅうぞうじなお)。よろしく」

「片倉雷太だ。よろしく」

「んじゃ、私は部活行くから。じゃあね」

 最後には手を軽く振り、上機嫌で彼女は走り去って行った。

 ちょっと、いやかなり思い込みが激しく、早とちりで単純な奴だけど、それでもいいモデルに出会うことができた。

 普段は風景画しか描かない俺が、一目で彼女を描きたいと思った。それほど彼女は際立っていた。

 俺を衝動的に人物画に駆り立てるほど、彼女は美しく魅力的だったのかもしれない。

 ある意味、高坂とは別の意味で彼女との出逢いは「運命的な」出逢いだった。

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