SWEET WIND2

1 平凡な再会


 翌日、俺はけたたましい足音と共に目が覚めた。

「コラ、バカ兄貴! さっさと起きろ!」

 物凄い勢いでドアが開けられ、甲高い声でそう叫んだのは妹のまどかだった。

 中学2年生のまどかは、とにかく口が悪くて、生意気な奴だ。

「うるせえな。朝っぱらから」

 不機嫌そうに起きると、

「だったらあたしに言われる前に起きな」

 と人のことを睨みつけてくる有様だ。

 俺は妹を追い払って着替えると、急いで朝食を食べて家を飛び出した。

 俺の名は片倉雷太(かたくららいた)。現在、都内板橋区にある都立北武台高校の2年生だ。

 家族構成を簡単に言うと、会社員の父・勝(まさる)、専業主婦の母・弥生(やよい)。中学2年生の妹・まどか、それに医大生の兄・ 竜太(りゅうた)の5人家族だが、父は現在大阪に単身赴任中、兄は都内で一人暮らしをしているので、実質母と妹と俺の3人家族という 状態だ。

 俺自身は美術部に所属していて、人より少しだけ絵を描くのが得意なことと、少しだけ足の速さに自信があること以外は大した特徴は ない。

 2年生の2月。そろそろ本格的に受験のことを考えなければいけないのだが、それすらろくに考えていない平凡な、というよりどちらか というと落ちこぼれ気味な学生の一人だ。

 とにかくあの事件があった翌日、俺はいつものように登校した。

 学校は名前の通り、ちょっとした高台の上にある。電車の路線で言うと、私鉄の東武東上線成増(なります)駅に程近く、この街特有の 坂の上にある。

 俺の所属する2年4組の教室に入ると、昨日一緒にカラオケに行ったメンバーが声をかけてきた。

「よう、雷太。昨日はあれから楽しかったぜ。何で来なかったんだ?」

 長い髪を茶色に染め、だらしなく制服を着こなしているこの男が、俺の親友の山名竜一郎(やまなりゅういちろう)だ。

 勝手気ままに振舞うお調子者だが、クラスの中ではムードメーカー的な役割も果たしている。

 生意気なところもあるが、どこか憎めない男だ。

「行くわけねえだろ。男同士のカラオケでもう十分だよ」

「つれねえな」

 そう口にしたところで、山名は思い出したように言ってきた。

「そういえば昨日ニュースで言ってたけど、俺たちがカラオケ出た後、ブクロで事故あったらしいじゃん。トラックが暴走してたとか何とか ……」

「あ、それ知ってる」

「ああ。運転手がかなり飲んでたらしいな」

 周りの友人たちが口を挟む中、俺は事も無げに、

「ああ。それなら俺、現場にいたよ」

 と言ったので、友人たちは色めき立った。

「マジか! どうだった?」

「結構迫力あったんじゃねえ?」

 興味本位で次々に質問を浴びせて来る友人たちに俺は事故の様子を詳しく話した。

「へえ。すげえな」

「ちっ。惜しいな。俺たちも雷太と一緒に帰ってればよかった」

 口々にそう言う友人たちに、俺は例の少女のことを話し、証拠の生徒手帳を出して見せた。

「で、お前らこの子、知らねえ?」

 だが、5人ともその名を見て何の反応も示さず、ただ首を横に振っただけだった。

「知らねえ」

「可愛い子ならクラスと名前くらい知ってるけど、こいつは知らねえな」

「直接、教室に行けばいいだろ?」

 そう言われ、元々そのつもりだった俺は、

「ああ。後で行くよ。行く前に一応聞いておきたかったんだ」

 と言っていた。

 やがて昼休みになった。

 俺は正直、あまり気が乗らなかったが、渋々ながら2年2組に向かった。

 教室の前で、俺の足は自然に止まっていた。

 友人でも恋人でもない。昨日たまたま会っただけの彼女だ。

 いきなり教室の入口で名前を呼ぶのは気が引けた。

 俺はたまたま入口付近にいた男子生徒に声をかけた。

「あのさぁ。高坂っていう生徒、このクラスにいる? 呼んでくれないか?」

 そう言うと、男は物珍しそうに俺を一瞥してから、例の少女の元へ歩いて行った。

 まもなく、例の少女が教室の入口に現れた。昨日と全く同じ七三分けに三つ編み、黒縁メガネという地味極まりない格好だ。

 生徒たちの興味本位の視線を浴びながら、俺たちは向き合った。

「あ、昨日の……」

 小さな声で少女、高坂美月は呟いた。すぐに俺とわかったようだ。

「ほら、落し物」

 生徒手帳を差し出すと、高坂は、

「あ! 私の生徒手帳。どこでそれを?」

 と受け取りながら、尋ねてきた。

「昨日の事故現場だよ。ったく慌て者だな」

「ご、ごめんなさい。い、いえ。ありがとう。えーと……」

 何か言いたそうな彼女の表情に俺は応える。

「2年2組、片倉雷太だ」

「ありがとう、片倉くん。私の名前は……」

「高坂美月だろ?」

「えっ?」

「生徒手帳に書いてあるだろ?」

「あ。そうか」

 頭が悪いのか、それとも単に天然ボケなのか、よくわからない娘だ。

「気をつけろよ。あんたは特にボーッとしてそうだから。事故のことも、生徒手帳のこともな」

 自然と俺の口からそんな言葉が出ていた。地味でパッとしないこの少女を、気にも止めていないはずの俺だが、このボーッとした天然の 入った性格が少し心配になったのかもしれない。

「それじゃな」

 きびすを返す俺。その背に、

「あっ」

 という小さな声が降ってきたため、俺は足を止めて振り向いた。

「何だ?」

「う、ううん。何でもない。本当にありがとう」

「ああ」

 短い、たったこれだけの挨拶程度の会話だけで、俺と彼女は別れた。

(どうも地味だよなぁ。もうちょっとオシャレして、メガネもコンタクトに変えたりすれば、少しは変わるかもしれねえのにな)

 教室に戻る道すがら、自然とそんなことを考えている自分にハッとした。

(何を考えてんだ、俺は。あんな地味でショボイ女、別に気にしてもしょーがねえか)

 そんなことを思い直していた。いや、むしろ自分自身にそう言い聞かせようとしていた。

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