
燕の高祖・黄格帝は徳高い名君であったが、病のため若くして崩じた。
その病は血に混ざって伝わるものであった。
歴代の太子全てにその病は現れ、代を重ねるごとにあつしくなった。
八代皇帝・赫の母は七大皇帝の妹であり、そのため病が最も甚だしかった。
赫帝の御世のころ、燕はひどい日照りに見舞われた。
そこで赫帝は(在命中であったが)年号を改元して「天悌」とした。(※1)
時の宰相が諫めて言うには
「この年号は不吉です。天がへりくだるとはいかなことでしょう。」と。
帝は名をあらわして(※2)その三族もろとも皆殺しにした。
赫帝の暴君なることかくのごとくであった。
また赫帝は美しいものを好んだ。
それは乾いたものが水を求め、飢えたものが粥を求めるより甚だしかった。
西に突厥の絹を求め、東に倭の玉を求め、兵を向けること三度と言わず、
来たに異人の目玉を探し、南に胡人の皮を求めることは
(あまりに多くて)数える事もできない。
赫帝は政治の才あるものや武に長けた者よりも、芸術家を重用し、
職人を集めて多く高禄で召し抱えていた。そのため燕都は職人の都となり、
右に膠(にかわ)を塗る音を聞けば、左からは鑿(のみ)の音がし、
後ろに墨を磨る音を聞けば、眼前に宝剣を鍛える音を聞くのであった。
花崔妙幼(かさいみょうよう)は名を丹(たん)と言い、
父は汪(おう)、祖父は仰(ぎょう)、三人をあわせて「崔三代」と言う。
燕朝に代々召し抱えられる彫り師の名家である。
崔汪が病で死んだので花崔妙幼が若くして当主を継いだ。
(丹は)口数少なく人に交わるを好まなかった。それでなくても
彼は彫り物に長けて帝のおぼえもめでたく、他の彫り師のそねみを
受けることも多く、災いを避けるためにでしゃばらないよう身をつつしんで
暮らしているのは、若いというのにまるで隠遁の老人のようだと
世の人々はやっかみ半分言うのであった。丹は言う。
「工人が作を以って語らず、舌によって語るのは工人にあらず。
日々の衣食に足りて、友がいて、私を解してくれる。
どうして足りないことがありましょうや」
その友とは、翡風孟鹿(ひふうもうろく)である。
翡風孟鹿は武人である。名は朗(ろう)。身の出は賤しかったが戦で功があり、
ついに安南将軍に封じられた。
その眼は翡翠色で肌は赤銅、声は高くその名をあらわした(※3)。
学には暗かったが武に長け、弓馬を取っては右に出るものも無く、
城を落とす事はいちいち上げてはきりが無い。
赤い鎧に白馬を駆り、戦化粧に翡翠の大剣を佩いた彼の姿を
見るたびに、人々が「鬼よ、鬼よ」と脅えるのは歌にまで残る。
風朗を見たか 燕の壮士だ
戦化粧の香を嗅ぎ 十里
悪鬼の顔見て 逃げる千里
翡翠の柄見て 万里退く
この二人は丹が飲みの持ち方もろくに知らず、朗が刀を振るのも
おぼつかないころから、互いがいなければ夜昼も明けない。
丹が朗をたのみ、朗が丹を頼りにするのは右足が出れば
次に左足が出るよりも当たり前で、筆があれば墨がいるほどに
互いに欠くべからざるものであった。
人々は身分も違い性格も違う二人がなぜそんなに仲がよいのか
しきりに不思議がり「弱みでもあるのか」「義兄弟の契りでもあるのか」
と、たずねるのであった。そのたび二人は呆れ顔で
「唯友なり。足らずや(ただ友であるだけです。それでは不足ですか)」
とこたえるのであった。
逢えない時には互いに弧杯に涙を注ぎ、出会えたときには杯を干して
懐かしさにそこに涙するのであり、生まれたときの同じくしないのを恨み、
死ぬときはどうあろう、もう一方を残していくことになんと忍びないことかと
言ってまた泣き、盃の干上がることを知らない。
二人の友情のあつい事はかくのごとくであった。
天悌八年のころ、朗が戦から戻ってくると、丹が泣いてまろび出て言うには
「我が友よ哀れみたまえ。私は帝から死を賜る事になった。」
朗が色を失って言うには
「一体君に何の罪があるのか。君は今まで帝に宝を奉じてきた。
功こそあれ(罪は無いだろう)」
丹がこたえて言うには
「功あればこそである。四十年前、私の祖父の崔仰が勅を受けて
世に二つとない玉を彫れと命じられた。
(完成させると殺されてしまうので)祖父は完成を恐れて
彫り続けること数十年、ついに老いて死んだ。父がそれを継いだ。
父は病で死に、宝玉はいまだ完成しないままである。
私がそれを継いだ。私がそれを完成させなければならない。」
朗は言った。
「父にならえ。(※4)」
しかし丹は断って言うには
「死を免れても家の名を汚すことになる。崔家の名を辱めぬためには
誰かが完成させなければならない。」
朗はおいおい泣いて、友にすがり付いて言う。
「世に人はこんなにいるのに、なぜ君が死ななければならぬのか。」
丹も泣いて言う。
「君を残していくことが自分が死ぬよりも辛い。だが止めるな。
ここで止めるのは匹夫の情だ。私が名を汚さぬよう、笑って九泉の下へ見送れ」
朗は怒っていうには
「私は匹夫とののしられて君を助けよう。」
(そして)立ち去った。